ボタン付け
お洗濯。お洗濯。
そして乾いた洗濯物を。たたむ。たたむ。
俺は、日々の仕事――「相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主」のうちのどれか、たぶんいまのこれは「ママ」あたり――に勤しんでいた。
乾燥機能付き全自動洗濯機。あれは良いものだ。
突っこんでボタン押すと、あとは放置で、乾いた状態の洗濯物が出てくる。
あと、やることといえば――洗濯物をたたむくらい。
洗濯だけやって、乾燥まではしないで、外に干したほうがいいという意見も、Google先生で調べると出てくるのだが……。
なぜ、わざわざ手間を掛けなければいけないのか、理解に苦しむ。
なるべく簡単に家事を済ませて、浮いた時間を二人で――ええと、べつに〝いちゃいちゃ〟だとか、そういった意味ではないのだけども、浮いた時間は、二人で過ごせばいいじゃないかと、そう思う。
たとえば、二人で、ネトゲをするとか。単にテレビを観るとか。
洗濯物をたたむ行為も、サボろうと思えばサボれるところであるが――。
たたんで衣装ケースに整理してしまっておけば、ろとは自分で新しい服を見つけることができるし、自分で服を着ることもできる。
ごちゃっとカゴの中に突っこんであるだけだと、靴下もパンツも自分で見つけられずに、「とれぼー。ないよー?」と、困った顔をして半裸でやってきたりする。
まじヤバい。いやヤバくはない。
ぜんぜんヤバくはないのだが。しかしマズい。
よって俺は、洗い終わった洗濯物は、ごちゃっと山のままにせず、きちんとオカンみたいにたたんでしまっているわけだった。
「ねー。とれぼー」
「なんだー」
洗濯物をたたんでいると、背中のほうから声がした。ろとが、とことこと歩いてくる気配。
「あのねー。あのねー」
ろとが、ぐずっている。
俺は、「いま忙しいから、あとでなー」とか言うかわりに、振り返って――。
「なんだー、どうしたー?」
そして、ぎょっとなった。
「とれぼー。ぼたんー。これー。取れちゃってるのー」
「おま。あの。ちょっと……、な?」
俺は動揺していた。ろとのやつが、シャツ一枚で俺の前にいるからだ。
服を着ていた途中なのだろう。見れば、シャツのボタンの一番下が止まっていない。そのせいで、かわいいおへそばかりでなく、しまむらぱんつまでもが、見えてしまっていた。
「とれぼー? ぼたんー?」
ろとが言う。
「あ。ああ。……つけてやるから」
俺は、なんとか、かろうじて……。そう口にした。
裁縫道具の箱をあける。
裁縫は本を買って勉強した。ボタン付けくらいはできるようになった。
自分でもすごいと思う。俺はろとのためなら、なんだってできるのだ。
「じゃあー、つけてー」
ろとは着ていたシャツを、その場で――。
「ぬぐなー!」
「……? ぬがないと? つけられないよ?」
「そうだけど。そこでは脱ぐな。――ああ。ていうか」
ああ。背中を向ければいいのか。俺が。
俺はくるりんと後ろを向いた。ろとに背中を向けた。
背中側で、衣擦れの音がする。ろとがシャツを脱いでいる。さっき見たところでは、身に着けていたのは、シャツのほかには、ぱんつ一丁のみ。
「ぬいだよー」
ろとが言う。
ああ。つまり。いま。俺の背中の後ろには、ぱんつ一丁の、見た目だけは完全美少女がいるわけだな。
「はーい」
肩越しに、シャツが渡される。
俺は手元の仕事に集中した。針と糸とを操って、穴を通して、布を通して、穴を通して、布を通して――。
「とれぼー。すごーい」
ろとは肩のうしろに、ぺとりと張りついて、俺の作業をじいっと見ている。
つまりそれは上半身ハダカの美少女が――以下略。
俺は集中した。かつてないほどに集中した。
背中の感触のほうではなく、手元のほうに集中した。
「ねー。とれぼー。ぱんつすきー?」
ろとが聞いてくる。
俺はもちろん集中しているのでまったく聞こえない。
さっきぱんつ見てたの、気づいたのかな。
俺が無視をしつづけていると、ろとはそれ以上、言わなくなった。
ボタン付けが進む。もりもりと進む。
ボタンの穴に何回か糸を通して、くるくるって巻きつけて、最後に犬歯で噛んで、ぷちんと糸を切る。犬歯は糸切り歯ともいうらしい。なるほど。たしかに。
「ほら。できたぞ」
ボタンの直ったシャツを、ろとに渡してやった。
「わーい♪」
ろとはシャツを着た。
くるくるとその場で回った。ネトゲのゲームの中で、ろとがよくやる、お気に入りのエモーション。
くるくると回って、片足で立つ。
気づけば、俺は、額に汗をびっしょりとかいていた。
まったく無邪気な、ろとに、すっごく汗をかかされてしまった。