ワードナーとワードナ
「ふははははは! 誰にケンカを売ったか思い知らせてやるわあぁぁ! 爆炎の魔法使いワードナー様とは! あたしのことよっ!」
いつもの夕方。いつものネトゲ。
狩り場に行く途中で、アクティブになって絡んできた、ザコとも呼べないような無害なモブに、極大魔法を撃ち込んでいるワードナーに……。
俺は、声を掛けた。
「なあ。ワードナー」
「なによ? MPの無駄遣いとでも言う気? この効率厨めが。あーあー、日本人ってこれだから嫌よねー。そんなに効率化したいんなら、狩りなんかに出ないで、農耕やってりいいのよ」
「いや。そうじゃなくてだな」
「じゃあ? なに? 団体行動を乱すなって? あんたは引率の先生かなにか?」
「いや。べつに三人だけだしなー。団体行動もなにも、ないよなー?」
俺は、ろとと顔を見合わせた。
ろとが、誰かの行動が思い通りにならないとか言って、不満になる様は、ちょっと想像しがたい。
ていうか。そもそも、不満な顔をしているところを、見たことがない。
いつもローテンションで、ほにゃらんと幸せそうな顔をしているのが、ろとという娘だ。
「なーにー? とれぼー? なんでぼくの顔みるのー?」
「いや。べつに意味はない。なんとなくだな」
そして俺は、つぎに、ワードナーの顔をみた。
「こんどはなんで。あたしの顔みるのよ?」
ワードナーは、いつもハイテンションで、怒っているか、叫んでいるかしている。それがワードナーというイキモノであると――。学習している。
「ろと。おまえの名前って、くじの名前だったよな?」
「そうだよー。くじ。だいすきだよー。四億円ロト当たって、とれぼーと、幸せだよー」
「なに? こんどはノロケ? 言っとくけど。お金が幸せの基準ってところには、ちょっと異論あるわよ? 結婚が女の幸せとかいうのには、もっと異論あるわよ。当方に迎撃の用意あり、よ? ……まあ、あんたらの場合には、お金があるおかげで幸せそうですこと! ああもう結婚しちゃえばいいのに」
ワードナーが結婚できずにいるのは、その面倒な性格のせいだと思うのだが……。
付きあうと、果てしなく脱線してゆくだろうことが目に見えているので、まったく無視して、話を〝本題〟へと戻す。
「ワードナー。おまえの〝ワードナー〟って、それ、どこから取った名前?」
「言葉のはじめと後ろに〝ぷりーず〟って付けて、〝お姉様♡〟って言ったら、教えてあげても……、よろしくってよ?」
「じゃあ、いいや」
俺はゲーム画面に戻った。前衛のろとが、もう戦闘をはじめていたので、フォロー、フォロー、そしてフォロー。
「きーいーてーよー! ききなさいよー!」
こたつのなかで、ワードナーは、足をばたばたとやった。
あー、めんどくせえ。
「ぷりーずと、お姉様を、つけなくていいなら」
「いいから。もうそんなのべつにいいから。聞いて聞いて聞いて。ちゃんと聞いて」
俺はため息をついて――。
「ワードナーって名前。なにから取ったんだー?」
「ふっ。ふふふっ……。それを聞く本当の覚悟は、あなたにあるのかしら?」
「ああ。もう本当にどうでもいいや」
「聞いて聞いてっ! ――ごめん! ほんとごめん! ちゃんと話すから! もう絶対二度とやらないからぁ! だから聞いて! ね! ね! 言うよ? いいよね? 言うよ? 聞いてよねっ?」
「言えよ」
面倒くさいを通り越えて、ちょっと楽しくなってきたが――。俺はあえて、関心ないかのように、冷たく振る舞った。
「ほらっ。ゲームで、あるでしょ? あたしとあんたの名前が出てくるゲーム」
「いや。普通しらんし」
「だからっ。ほらっ。ヒントはっ。昔のゲームっ」
「おまえの感覚で〝昔〟って言うからには、俺が知らないような大昔なんじゃないのか?」
「うっそ。――たかだか、25年とか、そんなんよ?」
それを大昔というんじゃないのか。
「ほら、ほらっ、アレえっ――。ダンジョンに挑むゲームっ」
「いや。だから知らんし」
俺はそう言った。
だがじつは知っていた。
ワードナーが、よく、「トレボーとワードナーがいたら、もー、組むっきゃないでしょー!」とか言ってきて――。
陽気に肩を抱いてきて、無駄にそのでっかいそのオッパイを押しつけてくるものだから――。Google先生に訊ねてみたら、意外と、すぐに原典が判明した。
ワードナーの言うとおりに、古いゲームだった。
ちなみに、「ろと」と「ゾーマ」の関係も、ついでに判明した。
「ヒントー、そのいっちー!」
得意げな顔で、ワードナーが言う。
「ろと。だいじょうぶか。リンクして増えたぞ」
俺は――ろとに話しかけた。
「うん見えてるよー。ぼく。がんばるよー」
「そうか」
「ヒントの一個目くらい言わせてよー!」
「おい、ろと。ワードナーがおもしろいぞー」
「ぼく。いそがしいよー。とれぼー。かわりにみてよー」
「腐れバカップルが、あたしのことをイジめるー!!」
「俺も、見るのは、嫌だなー」
どんどん、おもしろくなってきたので、俺はそう言ってみた。
「ほら! 見てよ! あたしのこと見てよ!」
見ない。見ない。ぷっ。くすくす。
「いまあたしブラしてないから! ぱんつも見えてるから!」
見てもらえれば、どうでもいいんか?
――見ないけど。
「もういい! ゾーマ呼ぶ! ぞーまになぐさめてもらううぅぅ!」
さすがに可哀想になってきた。――ゾーマがだが。
俺は、ワードナーに言った。
「ゲームの原典も知ってるし。名前の由来も知ってるし。……知ったのはこのあいだだけどな」
「あ! 知ってる!? 知ってるの!? やってみた? 遊んでみた?」
「やってないし、遊んでないし、
「オートマッピングなんてついてるバージョンは邪道よー? 方眼紙使うのが、王道、だかんねー」
「おい。ろと。おばさんが、なんか、昔の定規を振り回しているんだが……。俺。どうしたらいい?」
「ヒールしてー。ぼくしんじゃうよー」
「おう」
「ごめーん! オートマップ! いいわよねーっ! 最高よねーっ!」
ワードナーのやつは、もはや挙動不審なレベル。
「んで。俺。本題に入ってもいいかな? さっきから、ずっと、言いたいことが言えずにいるんだが……」
「言って! 言って! どんどん言って!」
「そのゲームに出てくるダンジョンの主の名前なんだが……。〝ワードナ〟じゃないかな?」
「そうよ? ワードナーよ?」
「いや、だからそこ……、最後、伸びる棒、つかなくなくね?」
「へ?」
「だから、〝ワードナー〟じゃなくて、〝ワードナ〟じゃね?」
「へ?」
俺が言うべきことは、言い終わった。
ゲームに戻って、ろとのやつを、ヒール、ヒール、ヒール。ちんまいヒールを連発して、忙しい。
ワードナーのやつは、目の前のノートパソコンで、調べ物をはじめていた。
ゲーム内キャラは、そこに突っ立っているままだから――ザコにたかられないように、俺が掃除をしてやっていた。
しばらくして、検索が一段落したころ――。
ワードナーが、ぽつりと、口を開いた。
「えとね。……ワードナ。だった」
「で、どうすんの?」
「なまえ。かえるよ? ……あたし。きょうから。なまえ。かわるよ?」
なんか、三歳児ぐらいの声とか口調で、そんなことを言っている。
そんなにショックだったのか?
「いいんじゃね? いまのままで。――なあ。ろと。どう思う?」
「ワードナーはぁー。ワードナーのままでー、いいと思うよー」
「そっかぁ」
ワードナーは、にぱっと、明るく笑った。
以前、「ワードナー」の名前が、「ワードナ」ではないかというご指摘を、感想欄で受けまして……。
新木が間違えていたのだ! ――という、事実無根の疑惑を晴らすために、この話を書きましたっ!
ほら! ごらんの通りにッ! 新木が間違えていたのではなくッ! ワードナーが間違えていたのですわー!
いやー、かわいいですねー、ワードナー! あっはっはっはーッ!