日記
いつもの大六畳間。いつもの昼過ぎ。
「なー。ろと」
俺は、マウスを、かちこちかちこち、クリックしながら、ロトに聞いた。
「なーにー? とれぼー?」
ろとはパソコンには向かっているが、ゲームにはログインしていない。
俺は一人で生産スキル上げという名の、ほとんど意味のない行為に没頭していた。スキルを上げたからといって、たいしたものが作れるというわけでもない。
ではなぜスキルを上げるのか?
なぜなら、そこにスキルがあるからだ!
――とか、そんなしょーもないことを考えなから、マウスをクリッククリッククリック。
……あ。忘れてた。
ろとに話しかけていたところだったっけ。
「なー。ろと」
「なーにー? とれぼー?」
ろとは何事もなかったかのように、返事をしてくる。
「さっきから、なにやってるんだー?」
ろとがさっきからキーボードを打っているのは知っていた。
いったいなにをやっているのだろうか。
決して、遊んでくれないから、気になっているわけではない。
ろとがどんな一人遊びをしているのか。気になっているだけである。相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主――のうちの、いずれかとしては、気になってしかるべき。
けっして、遊んでくれないから、さびしいなー、などということはなくて――。
ソロプレイかつ放置プレイは、もうそろそろカンベンしてください、とかでもなくて――。
「んー。にっきー」
「へ?」
予想もしていなかった答えが返ってきて、俺は思わず、変な声をあげてしまった。
「にっき? あ、ああ……、日記か……。ああ。うん。い、いいんじゃないかな……」
俺はめっちゃ動揺していた。
なぜ動揺しているのか、自分でもわからない。
もし誰かわかるやつがいたら、ぜひ、教えてほしいところだ。
決して、手のかかる小動物的存在だった、ろとが、なんか自分で自主的になにかをはじめたから、喪失感とかを感じているわけでは、絶対にない。断じてない。
もしそんな指摘をするやつがいたとしたら、月の果てまでぶっ飛ばす。
俺が動揺しまくっているということは、幸い、ろとにはバレていなかった。
ろとはそういうことに気がつくような子ではない。
「あ……。そ、そ、そうだ……。ろ、ろと……?」
「なーにー?」
ろとの声は、ほら、普段とまったく変わりがない。
「日記、つけてるんだろ……? じゃあ、日記帳とか、買うかー? ショッピング・モールとか、これから、行くかー?」
ろとは、けっこう、お出かけが好きな子。
日曜とか休日とか、人出の多いときにはちょっと怖がることもあるが、平日昼間のこんな時間なら、ぜんぜん大丈夫だ。
そして俺たちは、平日昼間のこんな時間からショッピング・モールをうろつくここともできるわけで――。
「にっきちょう? ……ううん。いらないよー」
ろとは首を振ってそう言った。
「そうか。いらないのか」
「青い鳥さんのにっきちょうに書いてるからー」
「そうか。青い鳥さんか。……うん?」
俺は首をひねった。青い鳥の日記帳……?
日記帳……。
ええと……。つまり……?
「それって、140字の?」
「うん? えっと? そうなのかなー? ……うん。だいたいそのくらいのー」
あー。あー。あー。
やっぱりだった。
「ひょっとすると、それは日記帳じゃないかもしれないぞ?
「えー? でもみんなも、にっきかいてるよー?」
ああ。まあ。たしかに……。
日記みたいなことが、いっぱい書いてあるが。
「ちなみに……、ろとは……、どんなことを書いているんだ?」
「んーっ、とねー。みんなが書いているようなことー」
「そうか。みんなが書いてあるようなことか」
なら平気だろうか。
「きょうはー、とれぼーがー、ゲームをやってます」
「ぼくはー。天気がいいから、楽しいです」
「窓の下の塀をー、いまー、にゃんこが通っていきましたー」
「え? うそ?」
俺は窓から外を見た。そんなとこに猫の通り道があったなんて――。いま知った。
まあ……。その手のことを書くだけだったら、平気かなー?
住所とか名前とか――。あとこれがいちばん大事なことであるが、お金をたくさん持ってることなどは、絶対、書いてはならないわけだが……。
ろとの自主性は大事にしたいところであるが、気になってしかたがなかったので――。
あとで、こっそり内緒で、ろとのアカウントを探してみた。
ろとのアカウント……。フォローは0人。
うん。まあ。心配ないな。
前回更新から、だいぶ空いてしまって、もうしわけありません!
連載再開です!