初夢
正月二日目の六畳間は、かなり賑やかだった。
「ロト殿。おモチは。いくつにしますかな?」
「ぼく15――」
今日もがんばろうとしている、ろとの口を塞いで――。
俺は台所に立つゾーマに、そう言った。
「ろとは3つ。俺は4つで」
「了解いたしました」
ゾーマが来ると、鍋だけでなく、キッチンも仕切られる。
俺も、ろとのために料理はするが、べつに得意というわけではない。
手伝ってもいいわけだが、ゾーマは嬉々としてやってる感じなので、今日は任せっきりにしている。
あれ? ワードナーには聞かねえの? モチの数?
なるほどー。
ちょっと考えたら、その理由はわかった。
その事実は……、深いなぁ。
そのワードナーは、正月のバラエティ番組を見ながら、あはははは、とか笑っている。
のっし、と、おっぱいが、二つほど――コタツの上にのっかっている。
俺はカゴからミカンを取り出した。
二つの山にわけて、自分の前に積み上げてゆく。
同体積を作りだすには、左右、それぞれ、ミカン4個ずつのピラミッド構造が必要となった。
けっこーデカイな。
ミカン4個ずつを重ねて、両方の手のひらで、もみもみと、やっていると――。
「そういえばさー」
と、ワードナーが言った。
「なにかな?」
積み上げたミカンを、ずびっと崩して――俺は聞いた。
「今朝――っていうか、昨夜? へんな夢みたのよねー」
ミカンを一個持っていって、ワードナーは言う。
「夢? 初夢っていうやつか?」
「とれぼー。はつゆめって、なーにー?」
ろとが会話に入ってきた。
さっきまで、ワードナーと一緒に、テレビの正月特番を、じーっと集中して見ていた。ワードナーが、「あははは」と笑うところで、ワードナーとテレビとを交互に見比べていたりしたから、ダジャレ以上の、高レベル「お笑い」を習得しようと頑張っているところなのだろう。
俺は剥いてやったミカンの半分を、ろとにパスした。
半分は自分で食べる。
「初夢ってのは、一月二日の朝起きたとき、覚えてた夢のことだな」
「はじめて見る夢なら、一月一日の夢なんじゃないのー?」
「え?」
あれ? 言われてみれば……、たしかに?
ささっとノートパソコンを引っぱってきて、Google先生に訊いてみた。
「いや……、一月二日の夢で、あってるらしーぞ」
「なんでー?」
「さあ……、なんでだろうなー。――で、初夢が、どーしたって? どんな夢をみたんだ?」
俺はワードナーに顔を向ける。誓って言うが、おっぱいは見ていない。顔を見ている。
「それがさー。こたつでロトちゃんとトレボーと、あんたら二人と、ミカン食ってる夢なわけ」
美女はそう言った。手をぱたぱたと動かすから、そこへミカンを一個のせてやった。これで、元・右乳部分は、もう1個しか残っていない。
「かなったじゃないか。その初夢。正夢になったぞ」
「よかないわよー。そんなの、わざわざ夢に見るようなもんでもないでしょー」
「ねー? ぞーまは、いないのー?」
「ああ。……そういえば。いたよーな。たしか雑煮作ってたっけ」
「いま作っておりますぞー。もうすぐ出来ますぞー」
ゾーマは仕上げに入っている。なんか味噌とか入れている。
あれじゃ味噌汁か豚汁に思えるが……。
雑煮の作りかたにも色々あるんだなー。ちなみに、我がろと家は鶏ガラの清んだスープで作る醤油味の雑煮だ。
「ぼくも、なんか、夢みたよー。おぼえてるよー」
「へー。どんなんだ?」
「んっとね……」
唇に指先をあてて、ろとは天井を見る。
「わーどなーと、とれぼーがねー、……ぷろれす? やってる夢ー」
ギクギクギクー、と、俺は身を強ばらせた。
「ほうほう。それはそれはぁ」
ワードナーは大変面白そうな顔で、ニマニマと笑っている。
「――で、どっちが勝ってた? その夜のプロレスっ?」
聞くな。やめとけ。
こっちがどうやって話題を逸らすか一生懸命考えているのに、このアマ、すこしは火消しに協力しやがれ。
だが無駄なようだ。
俺が全力で回避したいと思う話題も、セクハラ上等のオヤジ的感性を持つ彼女にとっては、すごく関心のある話題なのだろう。
「えっとねー……、とれぼーの、勝ちー!」
ぜんぜんわかっていない、ろとは、あっけらかんと言う。
「わーどなーはー、負けちゃってー、泣いてたよー。すすり泣きー」
「あっはっはっは!」
ばしばしと畳をぶっ叩いて、ワードナーが超ウケている。
「あたし? 負けてんのー? ――えっひゃっひゃ!! ないないない。20年はええわ。あたしがどんだけ年季積んでると――おおう!」
ワードナーが妙な声をあげる。俺がコタツの中で足を蹴った声だ。
そしたら、蹴り返された。
「いてっ」
俺は蹴った。蹴った。
蹴りっく。蹴りっく。
蹴られた蹴られた。
――うおおおい! ヘンなとこに足あてんな! この痴女めえぇ!
「なにしてるのー?」
ろとがコタツの布団をめくる。
そのとき俺は、足をつかまえられて、ワードナーに技をかけられつつあるところだった。
「痛ててててててて! ギブ! ギブギブ!」
俺は畳をばしばしとタップした。だがワードナーは、力を緩めず、ギリギリと締め上げてくる。
たしかこれ、〝4の字固め〟とかいうやつ。プロレス技の一つ。
片葭が、ワードナーの股間とおっぱいとに押しあてられていたりするが、そんなもん、気にすることができるような状況ではない。
「ぷろれす? ぷろれす?」
ろとが聞いてくる。
だが答えることもできない。
「痛い痛い痛い! マジ痛い! 折れる折れる折れるって! すいませんした! ナマ言ってすいませんしたあああぁ!」
「お雑煮がー。できましたぞー」
レフェリー・ゾーマがやってきて、ようやくブレイクで、切り離してくれた。
あー。ひでえ目にあったー。
「ほらー、ねっ? ロトちゃーん? ――泣いてるの、トレボーのほうでしょー? あたしじゃないでしょー?」
「ほんとだー」
ほんとだー、じゃねえよー。
まあ、しかし――。
ろとが夢でみた「ぷろれす?」が、すっかり本当のプロレスの話になっていて、よかったよかった。
安全かつ安心だ。
1月2日の話を、なんとか2日中にあげられましたー。