大晦日
「なぁ。ろと」
「んー。なーにー。……ちゅるん」
そばをすすって飲みこんで、ろとが返事を返す。
俺たちは年越し蕎麦を食いながら、紅白を見ていた。
「大晦日の歌は、ないのか?」
「ふえっ?」
ろとは妙なかわいい声をあげて、目をぱちくり。
「えっと。えっとえっと。えっと……、お……、おーみそかー、おーみそかー♪ とれぼーとふたりのー、おーみそかー♪」
ろとは即興で「おおみそかの唄」を作った。
作詞/作曲ろと(C)。
「でも、そこの歌詞なー。〝ふたり〟じゃないみたいだぞー」
俺はドアの向こうの気配に、とっくに気がついていた。
入ってくるタイミングを計って、ドアを薄く開いて覗きこんでいたりいるので、すっかりバレバレだ。
「四人にしとけ」
「うん? 四人にするの? わかったー。よにんでー、たのしいー、おーみそかー♪」
ろとが可愛い声でそう歌う。
その途端――。
「はっぴいぃぃぃー! にゅーいやぁああぁーっ!」
奇声を上げて、二人の男女が部屋の中に乱入してきた。
先頭の女は着物を着ていた。振り袖だ。しかし裾丈だけは、なぜかミニスカだった。――いや。ミニスカなんて生やさしいものでなくて、マイクロとかそんな凶悪な丈だ。
女はこたつの上に飛び乗ると、扇子をふりふり、激しいダンスをはじめた。
おい! 年越し蕎麦が! ――と思ったのだが、紋付き袴を着込んだゾーマが、すすっと、そばの丼を待避させている。
まあ、得に実害もないので――。
ぱんつ見せつける勢いで踊る美女が気の済むまで――俺はそいつの好きにさせておいた。
なんか妙に古くさいノリの、レイブ系ミュージックも流れている。ゾーマがBGM係もやっている。
ろとは、小さな手をぱちぱちと叩いて、わー、と、踊り狂う美女を見上げている。
「ひゅう!」
曲が終わると、美女はこたつの上で、ポーズを付けて停止した。
「……で。なんなんだ?」
「ハッピーニューイヤー!」
「ですぞ」
「それはもう聞いた。てゆうか。まだ年明けてねえし」
「じゃあ、年越しパーティってことで」
「いまハッピーニューイヤーって言っただろ」
「もう、トレボーってば、そんなにロトちゃんと二人で、しっぽり、愉しみたいわけー?」
「ちがうし」
「ゾーマの顔なんか見ていたって、つまんないのよー。あたしたちもまぜてよー。一緒にロトちゃん犯しましょうよー」
「しねえし」
ろとにちらりと目をやる。
わかってないからいいようなものの、なに口走ってんだこの痴女めが。
「だいたい、なんなんだ。なんで人んちのこたつの上でレイブすんだおまえは」
そしてなぜ、ぱんつを見せつける?
あと、マイクロミニの着物はともかく、その羽根扇子はなんなんだ?
なにか、見覚えがあるような、ないような……。ひょっとして〝ジュリアナ〟とか〝ジュリ扇〟とかいうやつか?
「小学校の頃、あたし大人になったら絶対あそこ上がって踊るんだーッ! って思っていたのに、大人になったら終わっちゃってたのよー! ジュリアナもマハラジャも! あたしになんの断りもなく!」
「そりゃ終わるだろうなー。断りを入れる必要もないだろうなー」
「トレボーが冷たい! あたしの味方してくれない!」
「俺はろとの味方であって、おまえの味方じゃないからな」
俺はまた、ろとを見た。
突然の闖入者にも、ろとは、「わーい」と楽しげだ。
まー、ろとが喜んでいるなら、こいつらがいても――。
仏頂面で腕組みを続けていた俺が、慈悲を言葉をかけようとしたところで――。
「あっ、そ」
ワードナーたちは、あっさりと、引き上げていってしまった。
……えっ?
おや?
あれ? 帰っちゃうの?
もう一押しくらい、していかねえの?
拍子抜けした気分で、俺は、ぱたんと締まってゆくドアを見ていた。
「とれぼー。わーどなー、帰っちゃったよー? ぞーまもー」
「いや。待て」
なにか音がする。
なんか、ごそごそ、がさがさと――。
ドアの前あたりで……。
これは、着換えでもやってる音か?
おいおい。着替えてんのかよ。
外から丸見えだろ。うちのアパートは安アパートだ。よってドアの外は、すぐ廊下と階段になっていて――。
しっかし、この寒空で……。
待つこと、しばし――。
その間に、ろとと二人で、蕎麦の残りを片付けてしまう。
◇
「じゃーん!!」
ようやく出てきたワードナーは、ポーズを付けてモデル立ちをした。
「うおー……」
思わず声が出た。
それをめざとく見つけられてしまう。
ワードナーは、ますます、ドヤ顔になった。
「どや!」
「すっげーな……、それ手作りか?」
ワードナーとゾーマの着ているのは、俺たちのゲームの――キャラの衣装だった。
つまりワードナーは、爆炎の魔法使い露出狂エロ仕様。ゾーマは神官衣だ。
「ふっふーん、知りあいのプロに頼んだのよ」
よくあるコスプレの衣装とは、クオリティからして違う。まるで本物の衣装だ。プロはプロでも、コスプレ衣装のプロではなくて、本物の服飾デザイナーとか、そっちのほうなのか?
「しかし……」
俺は、じーっと見た。
ゲームの中で見る分には、気にもならないが……。
こうして、リアルで見ると……。
エロいな。マジで。
俺の視線をめざとく見つけ、ワードナーは――。
「ふっふーん……♡」
――赤い唇を舐めて、ポーズを替えた。ますますエロく凶悪になる。
もっと見ていたい気も、しないでもなかったが……。ろとがいるので、そのくらいにしておく。
「あー、まー、おほん。……衣装はすごいと思うが。しかしハッピーニューイヤーで、仮装パーティはやらないと思うぞ。やるならハロウィンとかじゃないか?」
「外国じゃ仮装して楽しむのが普通よ」
俺はすさかずノートパソコンを引き寄せて、Google先生に訊いてみた。
「うそだな」
「いいじゃんー。ケチぃー」
「いや。ケチとかそういうことではなくてだな――」
ろとを見る。
ろとのやつは――。キラキラした目を、ワードナーとゾーマの二人に向けている。
「ろとちゃーん、こっち、いらっしゃーい。ほーら、ろとちゃんの衣装も、あるわよ~?」
「ほんとっ!?」
ろとが釣れた。まっしぐらだった。
◇
ゾーマと二人で、正座して向こうを向いているうちに、着替えは終わった。
「じゃーん!」
ろとがいた。伝説の青い鎧の着た、ガチ物理――重戦士が、そこにいた。
ただしゲームの中とは違って、ひげ面のおっさんではなく、鎧を着ているのは、ロリ体系の外見だけなら〝美少女〟といっても過言ではない少女である。
「おい……、そ、それって……、金属製か?」
「そうよお、ああでも。軽いから。NASAで開発された特殊な金属で、見た目よりも、ずーっと軽いから、平気よー」
「とれぼ~、かるいよ~」
ろとはくるくる回ってから、ぴたっと止まった。
ああ。これ。ゲーム内で、ろとがよくやるエモーションだ。
「どうおー? いーいー?」
ろとが聞く。
イイ。すごくいい。 鎧を着た美少女、すごくイイ!
俺は「いいね」を押しまくった。
「ねー、トレボー。じつはあんたのもー……、あったりするんだけどー?」
「こ、コスプレとか……、しないっ」
俺は言った。精一杯の抵抗を試みた。
「ぼく。みてみたいなー。とれぼー。すごく。カッコいいと思うんだー」
「そうか?」
俺の精一杯の抵抗は、ろとの一言によって、あっけなく、打ち破られてしまった。
ろとが見たいってゆーなら……、まー……、しかたないなぁ!
◇
「イイヨイイヨー! トレボーちゃん、可愛いわよーっ!! ひゅーひゅー!! 回ってまわってー!!」
「くっ……」
俺は恥辱に打ち震えていた。
そう――。
俺は忘れていたのだ。俺のゲーム内キャラが――「森の乙女、ぴちぴちハーフエルフ15歳美少女」だったということを……。
「スカートめくってめくってー! めくんなさーい! てゆうか! 犯させろーッ!」
痴女が叫ぶ。
死ね。死にさらせ。
てゆうか。いっそ殺して。
くっ……、殺せ。
俺は恥辱に震えた。
「とれぼー。だいじょうぶだよー。カッコいいよー」
ろとの言葉も、ぜんぜん、なぐさめになっていない。
俺たちの年末年始は、ぐだぐだでポンコツな感じに過ぎていった。