相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主
「ねー。トレボー。みかん取ってよー」
こたつにずっぽし埋まった赤毛の美女が、一センチも動かずに、口だけで言ってくる。
このゴージャス美女は、昼間っからうちに寄って「休憩」とかいって、何十分か居座ってゆく。
こたつの一面は、もうほとんど専用となっているくらいだ。
「やなこった。てめーで取れ」
俺は当然の返事を、あたりまえのように返した。
「みかん取りなさいよ」
「こんどは命令形かよ。お願いとかプリーズとか付ける気はないのか」
「取ってくんなきゃ、いますぐ電話してゾーマ呼んで、取らす」
「それは脅迫なのか? 脅迫になるのか? もしNOっていったら、どういうことになるんだ? 本当に実行するんだな?」
言いあう俺たち二人を、ろとは、右をみて左をみて右をみて左をみて――とやっていたが、自分も口を開いて――。
「ねー。とれぼー。ぼくもミカンたべたーい」
「ああ」
俺は立ちあがった。
台所からみかんを持ってきて、ろとの前に置く。
「わーい」
お供えされたみかんを前に、ろとは無邪気によろこぶ。
「ちょっとォ――あたしのみかんはー?」
「その重たいケツを持ちあげて自分で取りにいけよ。好きに食え。代金までは請求しねでおいてやる」
「まー、トレボーってば、ハードボイルドぉー」
「とれぼー。むいてー」
「ああ」
俺は、ろとのために、みかんを剥きはじめた。
「もー、過保護ねー」
「いいんだよ」
俺は言った。
べつに甘やかしているわけではない。これは仕方がない。ろとだから。
「で。あたしのみかんは?」
「そんなに意地になるほどのことか?」
「意地をはってんのは、どっちなのかしらー?」
「すくなくとも俺ではないな」
彼女は携帯電話を取りだした。なんでか二つ折りのガラケーを、彼女はいまだに使っている。
「これが最後通告よ。ハードボイルドな坊や。――あんたが取ってくるか、ゾーマに取らせるか、どちらかを選びなさい」
「どちらを選んでも後悔しそうな選択肢だな」
「そうよ。どちらで後悔したいか、選ばせてあげるって言ってるの」
俺とワードナーが、ハードボイルドごっこをやって、遊んでいると――。
「ねーねー? わーどなー、みかん、食べたいのー?」
「そうなの。でもトレボーが、この可哀想な継母をいじめるの」
「だれが継母だ」
「じゃあ、ぼくが持ってきてあげるー」
ろとはこたつを出た。たたっと走って、たたっと戻ってくる。
たった六畳間のなかでも一生懸命。
「はい」
ワードナーの前に、みかんがお供えされる。
「みかんむくのは、とれぼーが、上手なんだよー」
「あーもう! ロトちゃん、くっそかわいいわぁー!」
ワードナーはそう叫ぶと、がばりと、ろとに覆いかぶさった。襲いかかった。
「ああもうかわいい! しんぼーたまんないわ! 犯していい? ねえ犯していいっ!? いいわよねーっ!」
くんずほくれつ。あっちをもみもみ。こっちをもみもみ。ちゅっちゅっ。
以前から両刀使いの疑惑があった彼女ではあるが、やはり、噂は真実だったらしい。
「とれぼー、たすけてー!」
ろとが助けを求めていたので、俺は手頃な凶器を探しはじめた。
うんこれがいいな。
カラーボックスに刺さっていた「辞書」を手にして――。
ごいん、と、ろとに覆いかぶさるワードナーの脳天に落とした。
頭を抑えて、振り返ってきたワードナーは――。
「なによ? ――混ざりたいの?」
ケツを蹴っ飛ばす。
半分ずりさがった真っ赤なショーツが目に飛びこんでくる。
「とれぼー、こわいよー! わーどなーが、ハァハァ言ってたよー!」
「おー。よしよし」
ろとがすがりついてくる。
ずり上がっておヘソの露出していた裾を直す。プルオーバーのフードも頭にかぶせてやる。ハム耳がぴょんと立つ。
「オバさんはコワいから。おまえ。こっちに座っとけ」
ろとを違う面に座らせた。
ワードナーとの間には、俺が座る。
「あんま、ろとを怖がらせんなよ」
「あんた意外と平気なのね。あたしにロトちゃん取られても、いいの?」
いや取られんし。
「そういえば。あんたと、ろとって……どんな関係?」
彼女に言われて、ちょっと考えた。
「トモダチだよー」
考えていたら、ろとに即答されていた。
「とれぼーはねー、一番のトモダチー!」
「あたしから見ると、相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主……ってところに見えるんだけど」
「ヒモは余計だ」
相棒については異存はない。
執事――についても、まあいいだろう。
ママってところには、若干、見解の相違がありそうだ。
飼い主……は、言い得て妙?
俺は、ろとを見た。
ハーフトップのフードについてる、ハム耳が、ぴこぴこ動いた。
「そういや。あんたとゾーマは、どんな仲なんだよ?」
「うふっ。気になる? 気になるー? 気になるうぅ?」
「べつに」
俺はそっぽを向いた。
あー。ほうじ茶が、うんめえ。
感想欄で、ろととトレボーの関係が、「相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主」と、ナイスな言い回しをいただきましたので! そういう話を書いてみましたー!