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あおの、そら。シリーズ

あおの、そら。 ─Your commit.─

 

 きみは、ぼくに、似ていたんだ。

 だけども、とっても可愛かったんだ。







 戦争が起きたのは、僕が生まれる前だった。祖父も生まれる前か、生まれたあとか、そのくらいだった。子供のころ習った気がするけれど、もう覚えてもいない。僕の今に必要な知識では無いからだ。

香津(かづ)

 僕には、同じ敷地で育った再従姉がいた。彼女の名は。

「どうしたの、朋香(ともか)

 朋香は一見すると深窓のお嬢様なのだけど、とっても行動的だった。体が弱いのに、そんなことを気にもせず走り回るし、木にも登るし男子と取っ組み合いの喧嘩をしようとするしで、いつだって、僕は胃を擂り潰していた。その朋香と離れもせず、大学までいっしょなのは周囲が勘繰るような関係だからではなかった。

 僕の家、鳴海家は朋香の家の阿佐前家とは古くは主従関係に在ったのだ。と言っても、今の大戦と違いこの国が主導していた先の大戦後には、両家は婚姻を結び、親戚となったのだが。

 僕と朋香だって再従姉弟と言う間柄だ。曽祖父母が結婚し僕の祖父と朋香の祖母が兄妹なので。けれど血なのか習慣なのか、未だ鳴海は阿佐前に尽くしている。特に本家同士は、同じ敷地に住み、家族のようで在りながら、どうしても、従者と主になってしまう。

 僕は朋香を一番に考えてしまうし、朋香も何か在れば僕へ一番に来る。

 コレが意図的でないから困る。さすがに朋香の体調ために、高等学校から医療技術コースを選択し大学も医学部に入ったのは、自分でも病的だ、と自覚していた。御蔭様で彼女が出来ても長続きしたためしが無い。朋香は性格か「理解出来ないなら仕方ないな」実にあっけらかんとしているけれど。

「あのな、あのな、香津に会わせたいヤツがいるんだ」

 彼女は日頃から明るい。だが常より明るく弾んだ調子で告げて来る。誰、と尋ねても「機械情報工学科の子だ。他は秘密っ」笑って躱されてしまった。顔色の良さから無理している訳でも無さそうだ。

「良いけど……いつ?」

「今日のお昼! 香津の講義終わったらで良いからさ!」

「今日……ね。今日は実技在るから遅くなるよ?」

「良いんだー。今日は私も繁都(しげと)も昼以降講義休みなんだー」

 にかっと笑って見せる朋香。繁都は僕の友人で航空宇宙工学を学んでいる。朋香は教育学部なので。

「……ふぅん。僕初耳なんだけど。繁都の講義も休みなんて」

 つまりは、そう言うことなんだろう。

「っな、ち、違うぞ! 話の流れで、」

「へぇ。知らない間に二人で会ってたんだ? それとも電話? メール?」

 わたわた慌てる朋香に意地悪く微笑むと顔を真っ赤にして黙り込んだ。そして。

(いた)っ」

「香津の意地悪!」

 殴られた。勢い良かったせいで痛くは無かったけど、眼鏡が飛んだ。ころんころん地面を転がる。幸い、芝生の上で大した傷は無いだろう……が。

「あ痛っ」

「すぐに手を出さないの!」

 一応僕も朋香に軽くデコピンする。朋香のほうが数箇月上だと言うのに、僕がまるで躾係と化しているのは、果たして血筋か因果か。まったく、と、僕が転がった眼鏡を拾いに向かおうとしたとき。

「コレ、香津のか?」

「繁都。……朋香に吹っ飛ばされたんだよ」

「ふはっ。さすが朋香ちゃん」

 タイミング良く繁都がやって来た。ここは中庭で、繁都の工学部とも僕の医学部とも比較的に近い。僕を捜しに来たのか朋香に会いに来たのか。にしても。

「お前、汚いなぁ」

「おう。作業中だったからな」

「小型飛行機だっけ」

「そ。小型無人機」

 塗料なのか燃料なのか、繁都の作業着があちこち黒く染まっていた。僕の白衣とは大違いだ。まぁ当たり前だけど。

「ふーん。小型無人機ねぇ……」

「機械情報工学科とのコラボ作品なんだって」

「……何で朋香が知ってるの?」

 ほほう、と、にやり僕が笑えば、朋香は猫が毛を逆立てたような動きをして繁都の背後に隠れた。機械情報工学科って言うと、朋香が会わせたいって人と関係在るのかな。そう推察しつつこっちを威嚇して来る朋香を後目に、僕は口の横に手を添えると繁都へ耳打ちした。

「順調じゃん……?」

「うーん。御蔭様でー?」

 僕の問いにへらーっと笑う繁都だったけども、朋香から腰の辺りへパンチを食らって「ぐへえっ」変な声を上げていた。僕はふと時計へ目線を落とす。時間だった。

「朋香、急がないと遅れるぞ」

「あ、香津! お昼!」

「わかってるよ。終わったら電話する」

 朋香の肩を軽く叩くと僕も身を翻す。高等学校時代は、規則で僕しか持たせてもらえなかった携帯通信端末も、大学からは朋香も持てるようになった。連絡手段は、大人になって楽になったことの一つだ。僕はこっそり、後ろを振り返る。置いて来た朋香と繁都が、仲良さげに話しているのが見えた。僕はふっと笑いを洩らして歩きを再開する。

 繁都は良いヤツだ。僕と朋香の関係を気にもせずいてくれる。……そりゃあ、多少本意では気にしているのかもしれないけれど。

 今までのヤツらみたいに勝手に引っ掻き回して、朋香を傷付けようとはしないだろう、と言う確信は在った。


 僕と朋香の関係は、強いて言うなら姉弟が近い。ただし、血の繋がりは殆ど無いし、僕が傅くと言うか、過保護にしている節が在るので他人からは奇異に映るのだろう。わかっていた。僕だって、離れるべきだと考えていた時期は、在った。

 けれども、無鉄砲な朋香がどうしたって心配で。朋香も身近な僕を頼るから。あと。

 一度距離を取った中等部時代、朋香が血を吐いて倒れたのだ。

 ストレスから来る胃潰瘍だった。朋香は、僕がいないと誰ともコミュニケーションを取れない人間ではない。今も昔も、朋香の大雑把だけど快活で人を選んで付き合わない懐の深さゆえか友人は多い。

 だと言うのに、朋香はストレスを感じていた。原因は、僕がいなかったからだ。

 他人はおかしいと思うだろう。けれど、現実だった。

 朋香は僕がいたから奔放に、好き勝手出来る。倒れても怪我をしても僕が対処していたから。この僕が、共にいない。朋香はちゃんと自身の脆弱さを認識している。無自覚じゃなかったのだ。

 そうして、朋香は我慢していた。周りに迷惑を掛けるから。

 で、結果がアレだった。朋香が倒れたとき、吐血したと聞いたとき、僕は肝が冷えた。指先も感覚が無くなった。とんでもない罪を犯したみたいだった。

 勿論、朋香も朋香の両親も僕を責めなかったが……僕は自責の念に駆られて悶絶した。


 こう言う経緯を経て、僕は朋香といることを選んだ。次は無い気がしたし、二度は御免被る。

 ここら辺の事情を飲み込めないヤツらが、僕らに近付いては朋香を傷付けようとするので、困り者だった。

「……」

 まぁ、でも。

「そろそろ、大丈夫そう、かな」

 繁都は僕らのことを話しても平然としてくれているから。……以前にも、表面上は理解した面してやっぱり駄目だったヤツいたけど、まったく違うし。えーと、人間性? が。

 大学からの付き合いだけれど、アイツは僕より良いヤツだと思う。事実、アイツを慕う人間は多いしな。裏表が余り無いと言うか。何と言うか。

 平たく言えば、莫迦と言うか。素直と言うか。……僕と朋香の過去を聞いて真剣な様で開口一番が「幾つまで風呂いっしょに入ってた?」だったもんな。僕は思い至って噴き出し、足が止まってしまった。危ない、急がないと。講義始まったら切り換えて集中しなくちゃならないし。医療技術コースを専攻していた僕は、その分同期の誰より進んでいて、その分教授たちの目も厳しかった。しっかりやらないと点数が下がってしまう。

「……」

“え、入ってないの? ちぇー。じゃあ別に羨ましくないや”

「……うん、今のところは」

 繁都なら、朋香を任せても良いのかもしれない。僕の友人で、朋香が好きな、繁都なら。




「……悪い、遅くなった」

 今日の昼前の講義は実技だった。僕が助手をやるくらい簡単な手術だったはずが、開腹したら予想外の状態で執刀医の先生が切除に手間取ったのだ。食堂で電話し居場所を教えてもらった僕は、二人の元へ駆け寄り謝った。

「お疲れ香津ー。安心して良いぞ。繁都も私を超待たせたからな」

「それでこのパフェですよ」

 確かに朋香の前には座った朋香の上背と変わらない大きさのグラスが置いて在る。もしかして、噂の学食特大パフェだろうか。大きなプリンアラモード三つ並に在ると言う……僕は現在空になった器を眺めながら想像して、吐き気が少々込み上げた。

「む! 私だけじゃないぞ! 絹香にお裾分けしたんだ!」

「絹香ちゃんにあげたのなんか、ちょっとだけだろうに……」

「“きぬか”?」

「あ、私です」

 僕が耳慣れない単語に首を傾げたのと、後背で声がしたのは同時だった。僕は反射的に振り向いた。

「あ、……」

 急な僕の動きにびっくりしたのか、声の主は一文字発声して身を引いていた。呆然と僕を見返していたのは、両手にカップを持った女性だった。僕と同様に白衣を着ていた。ショートの……いや、前下がりボブって言うんだっけ? サイドの髪の毛が長いヤツ。あんな髪型。前髪はヘアピンで留めている。露になった顔は、一重で切れ長の瞳で、鼻筋の通った、朋香とは違った種類の美人だった。

「えっと、ごめん……」

 取り敢えず、僕は謝罪しつつハンカチを差し出した。自失していた彼女も、僕のこの行動で己の手にカップの飲み物が零れて掛かっていたことに気が付いた。ところが、両手にカップを持つ彼女は、当然僕からハンカチを受け取れない。僕は密かに狼狽しているらしい彼女へ手を伸ばした。彼女の持つカップを取り、空いた手にハンカチを渡す。一度は僕のハンカチを握った彼女ははっとして、「じ、自分の在りますから……っ」断ろうとした。けど僕はさっくりスルーし、カップをテーブルに置くと、もう片方も取り上げて同じように置き。

「え、あの、」

「良いから。僕が悪いんだし」

 彼女の手を取ると彼女の握ったままだったハンカチを引き抜いて、彼女の拭い始めた。彼女の焦りもピークに達したようで「じ、自分でっ」吃って僕から手を引き剥がそうとしたけれど残念ながらすでに拭き終っていた。僕はじっと彼女の手を見る。ほっそりとした、白い手は赤く変色していないから火傷はしていなそうだ。良かった。彼女の両手を引っ繰り返したりじっくり見ていると視界の端に、彼女の困った顔が入った。しまった。つい。

「コレ、珈琲?」

「いえ、あの、」

「私がお願いしたココアだ。絹香と二つ。香津が絹香を驚かせるから、駄目になってしまったじゃないか。まったく香津はー」

 白いハンカチの茶色い染みに訊けば、カップを覗いている朋香から返って来る。つまり、朋香が頼んでいた飲み物を彼女が運んで来て、両手が塞がっていたと。

「何で自分で行かないの。少なくともいっしょに行ってたら、両手が塞がって拭くことも出来ない状況は免れたでしょう。てか、怪我だって何か在ったらするんだよ? 両手塞がってたら対応出来ないでしょ」

「む。責任転嫁だー!」

「違います。ちゃんと弁償はします。……てことだから、ごめん、きみも来てもらえる?」

「え、」

「驚かせちゃったんでしょう? お詫びに奢るよ。それに、手を洗ったほうが良いかな」

 ココア、べた付くものね。僕が言えば彼女は眉を下げた。さっきから思ってたんだけど、彼女、表情の変動が小さい。吃驚した様子も微かに目を見開いただけ、動揺してた面立ちも眉毛が寄ってただけ、困っていたときは眉が下がっただけ。

 感情が表に出にくいのかもしれない。加えて、喋るのも得意じゃなさそう。僕も気持ちを表に出す人間じゃないから、ちょっと親近感湧くかも。僕がじっと彼女から返答を待っていれば。

「香津!」

 朋香が僕の白衣の裾を引っ張った。何、と僕が尋ねると「絹香のこと見過ぎだぞ!」窘められた。や、だって、返事待ち、と反論しようとしたが、ふと言われた通り、見詰めすぎたかもしれないと考え直した。初対面の、もしかしたら対人が不得手かもしれない相手に悪かったか。

「ええと、ごめん……」

「い、いえっ……あ、大丈夫です。私こそごめんなさい。あの……大丈夫です。鳴海さん、医学部ですものね……人を診るのが仕事ですから……観察するの、癖ですよね」

 彼女はそうフォローすると微笑んだ。本当に微かに、笑んだのだ。何か。

「……花みたい」

「え?」

「ああ、ごめん。何か花みたいだなって。ほら、きみって背が高くてすらっとしてるから。そうやって笑うと、木に咲くきれいで可愛い花みたいだなって。桜とかさ」

 朋香は小柄だけど彼女は背が高かった。僕も低いほうじゃないけど、一歩分離れているとは言え、彼女とはあんまり目線が動かない。ヒールは高くなさそうだし、きっと彼女自体身長が在るんだろう。通常はクールそうな美人だし、笑うと可愛いし、花が咲くのってこんな感じだと思うんだ。だから、僕が説明すると、最初固まっていた彼女は次第に目を見開いて赤面し始めた。

「あれ、まさか発熱してる? どうかしたのかな……」

 僕が熱を測ろうと彼女の額に触れると、弾かれるように彼女が先程より大きく引いた。

「だ、大丈夫です! わ、私、手を洗って来ます!」

「え」

 一気に喋ると、彼女は走って行ってしまった。今度は、僕が唖然と停止する番だった。

「香津……」

 朋香の唸る声音に、彼女の逃亡の際若干振動でズレた眼鏡を直しつつ僕は朋香に質問を投げた。

「……。僕、何か悪いことしたかな?」

 思い返してみると、思い当たるところは在るんだけど。見過ぎたとか。手を放さなかったとか。僕の質疑に、次は二つ分、溜め息が返った。

「この、天然……!」

「絹香ちゃん……可哀そうに」

「ああ、そうだ、“きぬか”さんだっけ。あとでちゃんと謝らないと……」

 そう。『きぬか』さんだ。

「『きぬか』さん、ね。どんな字?」

「え、布の『絹』に香津や朋香ちゃんと同じ香りの『香』」

「ああ、成程。よく似合ってるね」

『絹香』さんか。うん。よく似合ってる。僕が一つ頷くと更に二人から溜め息が。

「何?」

「何、じゃない。香津。お前それ、絶対絹香ちゃんに言うなよ」

「何で」

「何でって……」

「この天然誑(てんねんたら)しがぁあああっ」

 なぜか、繁都に絶句されて朋香に喚かれた。食堂で、丁度人の多い時間帯なので「うるさい」朋香を注意する。もう、朋香ってば。

 少しは、絹香さんの物静かなところを見習ってほしい。幾つになっても落ち着き無いんだから。


 僕は二人が黙った傍らで帰って来たらココアを買ってきちんと謝ろう、なんて考えながら絹香さんを待っていた。


 後に、このとき絹香さんが手を洗ってからもしばらく懊悩して戻れなかったことを、僕は結婚してから教えられたのだった。







   【Fin.】

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