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猫と旅をする

作者:来宮悠里
 物語は始まりは、そうだな……異世界の文学作品から少し頂戴しようか。

 我は猫である。名はクロエ。
 黒の体毛と、エメラルドグリーンの瞳の色からそう名付けられた。
 こう見えて、齢百はとうに越えた魔物の猫である。

 昼間はご主人の頭の上か肩の上か背嚢の中で昼寝をし、夜の我は見張りだ。
 ご主人は人間の男。黒髪をざっくりと切りそろえた短髪に、時折子供に間違われるほどの童顔。背は高くもなく、低くもなく。太っているわけでもなければ痩せすぎているわけでもなく、程ほどに鍛えられている。
 そんなご主人の名前は、ベルナ。どこにでもいる村の平凡な男だ。少しばかり外への憧れが強いようだが、外に出る強さがあるかと言えば否だろう。
 ただ、ケガをした我を甲斐甲斐しく世話をするというお人好しさから、心底のバカなのであろうと思う。
 今のご時勢、魔王の遣いと言われる黒猫を好き好んで世話する人間なんていないというのに。

 そんなご主人と放浪の旅を続けてもう何年になるだろうか、あてどもなく旅をし、その度に事件に巻き込まれるご主人を見るのは中々に面白い。
 我がいるせいではあるのだが、ご主人と基本的に意思疎通を取らない我にとって、気にしても仕方が無い。魔王の遣いである我は事件を呼び寄せる性質を持っているからな。

 ぽかぽかの陽気のお陰で、くあぁっと欠伸が漏れる。
 ご主人の頭の上で器用に丸くなって、片目片耳だけで、周囲の警戒だけは常に続けている。

「クロエ、今日はどこに行こうか」
「にゃーん」

 どこでもいいという合図を尻尾でぺしぺしと出してやり、今日も相変わらずのんびり気楽に旅をする。
 死に掛けを救われた恩義がある。そして、黒猫を暫くの間養っていたという理由で住んでいる村を追い出されるという事があった負い目もある。
 まあ、その日から暫くして、その村は滅ぼしては置いたけれども。

 我からすれば、今のようにあっちへふらふら、こっちへふらふら、野良の魔物と戦ってその日の糧を得て過ごすご主人を見るのは、中々に楽しいのである。

「うーん、それじゃあどうするかなあ」

 体よくあった木陰に腰を下ろしたご主人。
 頭から飛び降りると、ご主人の膝の上に座り丸くなる。
 うむ……やはりこの体勢が一番落ち着くのである。在りし日の魔王様の膝の上を思い出すのだ。

 さらさらと耳を揺らすそよ風を浴びながら、ああでもないこうでもないと地図を睨み付けるご主人に欠伸が出る。
 世界は平和だ。
 魔物もでるし、夜盗なんかもでる。
 でもそれは、平和じゃなくても事象として存在していたものだ。
 魔王様は殺された訳ではないことは分かっているが、同時に勇者も死んでいないのも分かる。大方どこかの異世界に飛んでまだまだ戦っているのだろう。

「んなー」

 暫く、うんうん唸るご主人を見ていたが、余りにも煮え切らない態度のご主人にいらだちが募る。
 しょうがなくかりかりとご主人の服に爪を立てて食事の催促をすることにした。
 我は腹が減ったのである。

「どうしたー?」

 そんなことを言って、我の頭を気安く撫でるご主人。割とイラッとくるのだが、食事を摂らなければ飢えて死んでしまう。我慢だ。
 野性味を完全に忘れてしまった我にとって、人間から食物を与えられるというのは大事な事なのである。味の善し悪しはさておき、食べなければやっていけないのは人間も動物も変わらぬ。
 あまりにも察しの悪いご主人に辟易した我は、顎を軽くひっかいてやり、膝の上から飛び降りると脇に置いてあった背嚢に頭を突っ込んだ。

「あ、こら! クロエ、ダメだろ!」
「んなー!」
「腹減ったのか」
「なー」

 うむ、どうやら我の思いは通じたらしい。
 猫の姿ではどうも思うように欲しい物を得ることができない。
 全くもって面倒だ。
 ごそごそと背嚢を漁るご主人の姿を我は行儀良く眺める。
 前足を揃えて、行儀良く座る。

「ほら、ご飯だぞー」
「にゃぁ!」

 動物用の保存食。
 我は人間と同じ物を食える。だが、こうやって我の事を考えて薄味の獣肉の燻製を用意してくれている心遣いは受けている側が心地良い物だ。
 塩気は薄く香りの強い木材で燻製した独特の味が口いっぱいに広がる。
 美味い。生肉の血の滴る味わいも良いが、やはり人の手によって加工された物も悪くはない。

「俺も昼飯にしようかな」

 そういって、自分の分の食料を取り出したご主人。
 そんなとき我の耳に微かな足音が聞こえた。

「フーッ!!」
「クロエ、どうした?」

 いつもの野良の魔物か賊の襲撃だろうと言う事は分かる。
 警戒心を露わに、耳をしきりに動かして、音の出所を探る。
 丘陵地帯の岩陰から四人ほどの足音。
 疲れが見え隠れしているが、武装している事がよくわかる金属の鎧の音がする。
 賊の方で当たりのようだ。

「襲撃、か……?」
「フーッ! フーッ!!」
「そうか、わかった。いつもありがとな」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、ご主人は脇に置いていた剣を取る。
 我の配下によって鍛えられたご主人は割と強い。
 夜の我よりか弱いが、それでもそこら辺の魔物になら負けはしない。
 勿論なよっちぃ賊なんかは鎧袖一触である。

 我は警戒を解き、背嚢の中で丸くなる。
 野良の魔物の中でも我の事を知っている人間がいたら逃げ出してしまうからな。
 勿論人語を解すことができる魔族ならば、我の今の姿を見たところで平伏するだけだ。
 そういうのを避け、ご主人を鍛えるために我は身を隠す。あわよくばそのままお昼寝の時間だ。

 怒声と罵声と剣戟の音が暫く続いた。
 心地良い寝物語の代わりに聞いて、うとうとしていたらいつの間にか音は収っていた。
 前足で顔を洗い、背嚢からでてみれば、そこには傷一つなく立つご主人と、綺麗に伸された賊の姿があった。

「怖がらせてごめんなー」

 ご主人はそんなことを言って、我の頭を撫でる。
 戦が嫌いな訳ではないのだが、こう、言葉を伝えることができないのがもどかしい。

「どうも、腹が減ってたみたいなんだ、この人達。クロエの飯も渡してしまっていいか?」

 良いわけなどないのだが、このお人好しのご主人の事だ、旅に重要な食料を簡単に分け与えるのだろう。
 我は空腹を我慢できる。だが人というのは腹が減れば動きが鈍る、食事を必要とする存在のはずだ。
 まあ、だが、我が気を揉んでもしょうもないことだ。
 尻尾を左右にゆっくりと振って、肯定の意思を見せる。目はしっかりとご主人から離しはしない。
 食料は夜、我が木の実でも探してきてやれば良いだろう。世話の掛かるご主人め。

「いいのかな……?」
「うなぁご」

 相変わらずのにぶちんだ。いいと言っている。
 我は背嚢から食料の一部を取り出してご主人の前に持っていく。それを尻尾でぺしぺしと叩いて、くれてやれという意思を改めて見せた。

「はは……ごめんなー。最低限は残すけど」

 改めて、ご主人が背嚢の側に寄ると一抱えほどもある食料を取り出し、気絶している賊の側に置いた。

「まあ、起こすのも面倒だし、気付いて食料があったら食べるだろ」

 お人好しなのか、薄情なのか時折分からなくなるが、ご主人なりに面倒事を避けたのだろう。とても良い判断と思える。

「そんじゃ、追いつかれないうちに少しでも先に進もうか。あんまり休憩にならなかったなあ……」
「うなー」

 身支度を調えたご主人の肩に張り付くようによじ登る。
 我の爪痕で、随分と痛んだ外套を見ると長い間旅をしているのだなあと言う感慨が湧いてくる。

「さあ、いくぞー」
「にゃあ!」

 ご主人の音頭に合わせて、我も鳴く。
 そして、いつものように、あてどもない旅が続くのであった。

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