私は狼。名前はまだない。
だが通称はある。鬱蒼とした森の住民たちは揃いも揃って私の事をこう呼ぶ。「なさけないけもの」
確かに私は情けない。
たとえば、銃を持つ人間が森に狩りをしにやって来れば我先に逃げ出すし、自分よりも大きな動物とは決して闘いはしない。
これは情けないのだろうか? 疑問に思うときもあったが森の住人たちが声高らかに「なさけない!」と叫ぶため、いつしか納得していた。
───ぐぅー。
腹の虫が鳴った。久しく頭を使ったからだろうか、普段よりも大きく腹の虫は自己主張をしてきた。
「おい、お前」目の前を歩く自分のことを世界で一番美しいと勘違いしていそうな兎に話しかける。
「なによ…」兎は声を強張らせた。
呼び止めたもののどうしたものか、と頭を捻っているとその隙を見計らい、兎はご自慢の脚力を駆使し逃げ出した。「待て!」
時折、邪魔に思える木々の生い茂る森を兎が駆けていく。それを狼が追いかける。
兎と狼。どちらが勝者になったかは、わざわざ説明する意味はない。
「捕まえたぜ…」
───ぐぅー。
腹の虫が鳴る。はやく腹を満たさなくては。
兎の上に覆いかぶさるような体勢で狼は「いただきます」と律儀な言葉を発した。
「やめて!」これが兎の断末魔となった。
この断末魔が小動物、つまるところ狼の餌となる森の住人たちの耳に届いた。
「またか…」
「狼の野郎…」
「あいつは本当に…」
「自分の事以外はどうでも良いのか…?」
森の住民たちは心痛な思いで、狼の事をこう呼ぶ。「情けない獣」
次に食べられるのは自分かも知れないと恐怖を抱き、自然の摂理だから仕方のない事だと諦めつつも、いつしか狼が情けを持つ者になる日が来る事を小動物らしく弱々しく願っていた。
森にまた、情けのない断末魔が響いた。
―終―
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