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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

姉とガハハと妹とそれから……

笑う妹達

作者:8D
 悪い奴が、さらに悪い奴に潰される構図が好きです。
 それから、貴族の知り合いがいないので、貴族社会についてよくわかりません。


 これは短編「いいんだよ」「野蛮な男はガハハと笑う」の別視点作品です。
 前二作を先に読む事を推奨します。
 作中「それは違うよ」という部分があったらご指摘ください。

               !!注意!!
 復讐と暗殺を話のメインにしているため、前二作とかなり雰囲気の違う作品です。
 イメージを壊される可能性があります。
 それでも良いという方。
 殺伐とした話が好きな方。
 意地でも話の全容を知りたい方。
 貴族達の暗い裏側を見たい方。
 王子の死にざまぁを詳しく知りたい方。
 以外の方は、見ない方がいいかもしれません。

 あと、話の都合上、アナちゃんがびっくりするぐらい出てきません。

 地味に修正しました。
 私と、お姉様の話をしよう。


 いや、むしろ私の話なんてどうでもいいね。
 そんな事よりお姉様の話だけをしよう。
 私はお姉様が家族の中で一番好きだ。
 それどころか、この世の誰よりも好きだ。
 私はお姉様を心から愛してるっ!
 だから、それ以外はゴミみたいなものだよ。
 お姉様は優しく、美しく、とても清らかな心を持つ、純真無垢な人だった。
 それこそ微笑みかけられれば、悪い心を持つ人間は浄化されて消滅してしまいそうになるくらいに聖なる存在だ。
 まぁ、あんまり感情を表に出す事はないから、誰かに微笑むという事は稀なんだけど。
 そのおかげで私は助かったよ。
 お姉様が感情豊かな人間だったら、私みたいに真っ黒な人間はすでにこの世の人じゃなかっただろう。
 浄化されちゃったら私なんて何も残らない。骨すら残さず、溶けちゃうよ。

 そんなお姉様だから、知らなかった。
 知らされる事はなかった。
 私は知っていた。
 知らされていないのはお姉様だけだったろう。
 何の話かって?
 第一王子の暗殺計画さ。


 第一王子暗殺計画。
 それを簡単に説明すれば概要はこういうものだよ。
 まず、王子に我が家の令嬢をあてがいます。
 家の者を婚約者とする事で、私はあなたの味方ですよとアピールするためだ。
 その方が、暗殺の準備やその後にも疑われにくいから。
 でも、実際に我が家は第二王子派だ。第一王子を擁立するつもりなんてさらさら無い。
 第一王子の無能さは有名だったからね。
 婚約者をあてがって、第一王子が王位を継いだ際の保険……なんて考えすらなかった。
 彼が王位を継ぐ事など、絶対にありえないと思われていた。
 だけど、第一継承者だからね。生きている限りはどうあっても継いじゃうんだよ。
 我が国は王位継承権が絶対で、王様ですら覆せない国法がある。
 王様だって王子が無能な事を知っているから、どうにか継承を先延ばしにしようと尽力している。
 それなりにお歳を召しているのに、引退せず頑張っておられるわけだ。
 無能だろうが子供は可愛いのか、王がいなくても政が動くように国政院の改革を行っているらしい。
 あんな無能のためにご苦労な事だ。敬意すら懐くよ。
 確かに、頭がなくても動く国政というのは悪くないかもしれない。
 だけど、そんな事をしたら王なんて形骸になる。
 そうならないためには、唯一無二の存在とならなくてはならない。
 必要とされる人間にならなくてはならない。
 あの王子にそんな器や能力があると思う?
 最終的には可愛い第一王子の首を絞める事になると思うんだけど、その辺りはどう考えているんだろう?
 官僚の権力が増すのも問題かな。腐敗の原因になりそうだ。
 どう足掻いてもダメになる気がするんだよねぇ。
 そんな事するより、排除した方が早いし楽じゃない?
 だから、暗殺する事にした。というわけだ。

 で、そのあてがわれた令嬢というのがお姉様だ。
 私としてはそう評するのが心苦しいけど、お姉様は我が家において劣等だった。
 あまりにも人に優しすぎるし、人を信じすぎる。
 それは貴族全体の価値観から見ても同じ事。
 人の裏を測れないなんて、貴族としては無能だ。
 お姉様にとって社交界というものは煌びやかで華やかに見えていたかもしれないが、それは大きな間違いだ。
 煌びやかで華やかに見える裏側には、肥溜めに浸かった方がまだ健康的だと思える程のドロドロと濁りきった汚泥が湛えられている。
 それに気付かず居続ければ、きっとお姉様はその汚泥に落ちて引きずり込まれていただろう。
 目も当てられないくらい悲惨な目にあって死んでいたかもしれない。
 だからある意味、良かったのかもね。
 お姉様が貴族社会から捨てられたのは……。


 え? 私の話?
 だからどうでもいいでしょ。そんなもん。
 そんな事よりお姉様の話の方が楽しいよ。
 基本無表情で何も考えていないように見えるけど、実際は心の中でいろいろ考える事が好きな性分みたいだし。
 みんなその事に気付かないで、無愛想な人だと思ってたみたい。
 だけど私は、お姉様の本性を知ってた。
 私は仕草とか息遣いで、人の考えている事を察するのが得意なんだ。
 社交で生きる貴族には必須の技術なんだよ。
 そういう事も含めて、私は天才らしい。
 貴族に必要な事はだいたいできる。
 お姉様と違って感情的で表情は豊かだし、社交界での渡り方も難なくこなせる。魔法も得意。
 でも違うんだよね。勘違いなんだよ。
 本当に感情的なのはお姉様の方だ。
 感情が顔に出ないだけで、お姉様はなかなかの激情家だ。
 で、私の場合は表情をよく変えるけど、その実はほとんど感情が動いていない。
 ただ、感情を出しているフリをしているだけ。
 思っている事と全く関係ない表情を作るのも、貴族としては必須の技術だからね。
 だから、貴族として天才と言われる私がそんな人間である事は必然だ。
 そんな人間だからこそ、私はお姉様ですら知らない婚約の裏側を家族から聞かされていたわけである。
 ただ、例外があるとすれば、お姉様に関する事だ。
 どうしてかわからないけど、私はお姉様が関わるとちょっと感情的になる。
 これは、好きだからって事なのかな?

 ね? 私の話なんてつまらないでしょ?
 そんなものより、お姉様の話をしよう。
 とは言っても……。
 私が語れるお姉様の話なんて、たかが知れているんだけどね。



 お姉様が暗殺者から王子を庇い、怪我を負った。
 私がその話を聞いたのは、母に連れられて行った社交パーティから帰ってきた時の事だ。
 お姉様は今、自室で休んでいるという。
 私はいても立ってもいられず、お姉様の部屋へ走った。
 部屋のドアを少し強めにノックした。
 とても不安な気分だった。
 気が急いて、体に余計な力が入ってしまう。
 ノックの返事を待つ、わずかな時間がとてももどかしく思える。
 こんな気分は初めてだった。
 今まで、こんなに感情を掻き立てられた事はなかった。
 それくらいに私はお姉様の事を愛していて、だからこそ心配でならなかった。

「どうぞ」

 返事を聞いて中へ入る。
 お姉様は、ベッドの上で座っていた。
 私から顔を背け、窓の外を見ている。
 少しだけホッとした。
 少なくとも、起き上がれるくらいには軽い怪我だったらしい。

「お姉様。酷い怪我じゃなかったんですね。よかった……」

 私が声をかけると、お姉様はこちらに顔を向けた。

「っ!」

 その変わり果てた顔に私は息を呑んだ。
 表情を強張らせる。

 お姉様の顔。その左半分が、火傷で爛れていた。

 そして、そんな態度をとってしまった事を私はずっと後悔する事になる。
 お姉様の表情は変わらない。
 そこに感情が乗せられる事は無い。
 でも、私にはわかった。
 私の態度に、お姉様は深く傷ついた。
 言い繕おうと口を開く。けれど言葉は出なかった。
 ただ、申し訳なさで頭がいっぱいになる。
 こんな事は初めてだった。
 これがお姉様でなければ、私は平然としていただろう。
 とてもお美しいですね。と、にこやかな笑顔で言う事もできただろう。
 でも、お姉様を相手にはできなかった。

「心配をかけましたね」
「あ、いえ、お姉様が生きていてくださって、安心しました」

 私は俯いた。
 顔を上げられなかった。

「少し、眠りたいです」
「……はい。では、お暇させていただきます」

 こんな時でも、お姉様が取り乱す事は無い。
 その胸中がどれ程苦痛に満ちていても、それを表に出す事はない。
 それだけじゃなく、私を気遣ってくれているのがわかった。
 ボロボロになった自分の心よりも、私の心を案じてくれているのだ。
 俯いたまま、私は笑顔を作ろうとする。
 せめて、別れ際ぐらい笑顔を向けたかった。
 でも、できなかった。
 結局私は、お姉様の顔を見ないまま部屋を後にした。

 それから、何度もお姉様と顔を合わせる機会はあったが、私はその機会の全てをふいにした。
 笑顔を取り繕う事は一度としてできなかった。
 居たたまれなく、悲しくて、力になれない自分がもどかしくて……。
 私は、お姉様の心を慰める事ができなかった。
 それどころか、会うたびにその心を傷つけていった。
 だが、私以上にお姉様を傷付ける人間がいる事を私は知る。

 お姉様は第一王子との婚約を解消された。
 送られた書状はとても一方的な物で、王子個人の署名だけがあった。
 恐らく、この解消は王子の独断だったのだろう。
 それから程なくして、お姉様は修道院へ送られる事となる。
 そしてその馬車は修道院へ辿り着く事無く、どこかへ消えた。
 失意に陥ったまま、お姉様は消息を絶った。

 私は、第一王子を心の底から殺してやりたいと思った。



 第一王子の暗殺計画にお姉様が巻き込まれたのは、お姉様が家にとって取るに足らない存在だったからだ。
 お姉様は父から、いつもできの悪い子だと思われていた。
 お姉様は気付かなかっただろうけど、お父様はいつもそんな目であなたを見ていたんだよ。
 お父様は年季の入った貴族だからね。
 そんな素振りを全然表に出さなかったけどさ。
 第一王子の婚約者になった時、お姉様はとても喜んでいたね。
 けど、それはもし暗殺に巻き込まれて命を落としたとしても、別にどうでもいいと思われていたからなんだよ。

 でもそのせいで予定外があった。
 お姉様の優しさ、その献身的な愛情をお父様は知らなかった。
 そのせいで、王子の暗殺は失敗した。
 お姉様のおかげで、ありもしない第一王子への忠誠心は証明された。
 でも、肝心の目的は果たされなかった。
 しかも、暗殺を計画していた当の家の娘が暗殺を阻止したから、他に暗殺へ関わっていた貴族達からそっぽ向かれる事になった。
 それらの理由とほとぼりが冷めるのを見計らうため、しばらく計画を凍結しなければならなくなったわけだ。
 それだけは、いい気味だね。
 お父様。
 計画ができそこないに狂わされて、とても腹が立ったんでしょ?
 だから、王様がお姉様の献身を評価していたのに、方便で丸め込んでお姉様を隔離させる事にしたんだ。

「娘は自分の容姿が王子に相応しくないと言い張り、人目につかない場所でひっそり暮らしたいと申しております。報いていただけるというのなら、どうか娘に静かな余生をご配慮ください」

 だったっけ?
 あんなに悲壮な声音で言われたら、そりゃあ配慮してくださるよ。
 今の王様は、あの第一王子を可愛がれるくらいに慈悲深い人だからね。
 そしてその場で、第一王子への変わらぬ忠誠を誓うフリをするため、虎の子である私を惜しみながら次の婚約者へ仕立てたわけだ。
 私は快くそれを引き受けた。

「はい。王子の婚約者として、立派に役目を果たさせていただきます。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 と可愛らしく応じてあげた。

 近くにいた方が、手は出しやすいからね。



「このような夜更けに呼び出すなど、どう言った用件かな? まさか、姦通の相手にお選びか? 義姉上様」

 私が呼び出したその男は、すでに待ち合わせの場所に居た。
 そこは人の出入りが少なく、密会に使われる事の多い城の一室だった。
 待ち合わせの相手は、赤髪を綺麗に撫で付けた童顔の青年だ。

「ベッドの上の方が気分よく話を聞いてくれると言うのなら、考えなくも無いですよ」

 私が答えると、男は皮肉っぽい笑みに口元を歪めた。
 童顔でそんな表情を取られると、少し奇妙な印象を受ける。

「思っていたより、気さくな方だな。正直驚いた」
「あなたは思っていたよりも性格が悪そうですね。第二王子様」

 彼は第一王子の次に高い王位継承権を持つ第二王子だ。
 あのクソ王子の実弟で、容姿はそれなりに似ている。
 だが、その中身は別物だ。
 彼はあらゆる分野で優秀な能力を持っていた。
 だからこそ周りの人間が彼の王位就任を願い、支持し、宮廷内での争いの種になっているわけだ。
 存在その物がはた迷惑な方だ。

「お互い様だ。それで、私に何の用かな?」
「内容は単純ですよ。第二王子様。あなた、王様になりたくありません?」

 訊ねると、王子は「ふむ」と唸った。
 そこに一切の動揺などは見られない。

「協力を申し出たいと受け取ってもいいのか? そなたの父上にも、同じ事を言われたな」
「私と父は別です。私の手を取ってくださるなら、父ではなく私があなたを王に押し上げて差し上げます」
「どういう意図だ? 何故、家を通さずに協力を申し出る?」

 言葉の意図を疑い、怪訝な顔で私を睨む。
 こんな小娘相手にも、警戒を怠らない。
 実に優秀な貴族らしい。
 いや、王族か。

「私には個人的な願いがありますので」
「家に隠すという事は、その「願い」、そなたの見た目通りに可愛らしい物ではあるまい」
「あら、お上手です事。ふふ。……私には、目的があるんですよ。それを知られるとまずいのです。どうです? 今の父は正直落ち目ですし、家そのものと付き合うより気軽ですよ」
「落ち目の家より、落ち目の家の娘の方が魅力的だと思えぬがな」

 まぁ、そうですよね。

「ほら、可愛い女の子が頼ってくれるって利点がありますよ」
「たいした自信だな」
「毎日、鏡を見ていれば自信だって付きますとも」
「それで、実際の所はどうだ? そなたには手を組むに足る魅力があるのか?」

 あら、聞き流されたし。

「それなりに顔は広いです。父とは別に独自の関係を方々で持っております。公爵様とも面識があります」
「ほう……。その歳でたいしたものだな。……味方に引き入れられるか」
「小生の顔を裸足で踏みつけてくれれば何でも言う事を聞こう。とか言われているので大丈夫だと思いますよ」
「そうか、それは頼もしいな。なら、手を組んでも良い」

 動じない人だな。
 でも、それくらいの方が頼もしい。

「だが、その前に聞いておこうか。そなたの「願い」を明かせ。手を組むのはそれからだ」
「そこは誤魔化されてくださいよ。見た目通り、可愛い女の子の可愛いお願いですよ? たかが知れていますって」
「そなたの中身が、見た目通り可愛くない事など、この短いやり取りだけで十分わかる。その願いを聞くまで、信用はできぬな」
「……そうですか。なら、仕方ありませんね」

 私の願い。
 今強く、願う事。
 それは――

「お姉様を傷付けた人間。その全員に例外なく罰を与えてやりたい。それだけですよ。私の願いなんて」




「お姉様は王子に会う度、とても嬉しそうにして帰ってきたんだ。私はそれが気に入らなかった。お姉様が他の人に取られちゃうのは嫌、っていう可愛らしい妹心だよ」

 私は屋敷の庭で語りかける。
 その相手は、赤い花が咲き誇る大きな花壇だ。

「でも、お姉様が幸せそうだったから、私は何も言わなかった。よかったですね、お姉様なんて一緒に喜ぶフリをしていたよ。あの時から、王子がろくでもない人間だと知っていたのにね」

 赤い花に手を伸ばし、軽く撫でる。

「もし、あの時に無理やりでも止められたなら……。いや、無理だね。お父様が許さない。でも、私が王子の婚約者になりたいって言えば、お姉様は婚約を諦めただろうか? ……諦めそうだな。きっと、悲しい思いをしながらも譲ってくれる。そんな人だ」

 目に浮かぶようだよ。その光景が。
 私にはどう足掻いても、お姉様を傷付ける事しかできないんだなぁ……。

 そんな時、使用人が私を呼びに来た。

「お嬢様、マーガレット様という方の馬車が門の前でお待ちですが?」

 言われて目を向けると、門の前に見慣れぬ馬車が停まっていた。
 お喋りに夢中で気付かなかったらしい。
 っていうか、マーガレットって誰だよ。
 私の友達にはいないよ。

 とはいえ、心当たりがないわけじゃない。

「はい。これから向かいますね」

 元々、その人を待つために外へ出ていたんだった。
 忘れていた。

 私は馬車に乗り込んだ。

「ああ、マーガレットちゃん久し振り! 元気してた?」
「昨日密会しただろう」

 馬車の中では、第二王子が待っていた。
 マーガレットというのは偽名だ。
 第一王子派と目される我が家に、第二王子がおおっぴらに訪れるのはまずいので偽名を使ってもらったのだ。

 王子が背中の壁を叩くと、それを合図に馬車が走り出す。
 盗み聞きを防止するためだ。
 今日はこの馬車で密談する予定である。
 密談デートである。

「花に語りかけるとは、可愛げのある趣味もあったものだな」
「私は可愛らしいですからね。よく似合うでしょう?」

 にっこりと笑いかけてやる。
 第二王子は一つ溜息を吐く。
 何の溜息ですか?

「それでそなたには、どのような展望があるのだ? 私を王へ押し上げる、その計画は考えているのだろう?」
「計画なんて大層なものでは無いですよ。もう一度、茶会の時にでも暗殺してやるだけです」
「それは失敗したはずだ」
「次は失敗しません。絶対です」

 私は声を荒らげないように、けれど強い口調で断言した。
 あんな失敗は二度とない。
 私はそれも証明してやりたいのだ。

「失敗はありえません。ある程度力のある貴族なら、今すぐにでも実行できますよ。ただ、我が家の失敗で及び腰になって、誰もしないだけです」
「王を軽んじるな。それだけではない。あの事件以降、父が兄の警護に力を入れている。前ほど容易くはない」
「……なるほど。でも、あなたには関係ないんじゃありません?」
「どういう意味だ?」
「何人か掌握なさっているでしょう? 陛下の家臣を」

 王子は低く唸った。
 肯定と見ていいのかな?

「そんな殿下の協力があれば、暗殺は可能でしょう?」
「不可能ではない、な。だが、私では直接手を出せないぞ。ただでさえ、王は私を警戒している。妙な動きを見せれば、瞬く間に察知されるだろう。手引きすらできぬ」
「だったら、王が見ていない時を選べばいいのですよ」

 私はニヤリと笑いかける。
 王子は眉根を上げた。

「どういう事だ? 話してみよ」
「陛下の老いさらばえた体は、いつまで王という名の激務に耐えられるのでしょうか?」
「そういう事か。一概に、遠大な計画とは言い切れぬ。あながち、すぐに事は成るやもしれんな。納得した。当面はその計画に乗ろう」
「ありがとうございます。で、ここで一つ提案があるのですが……」
「なんだ? 言ってみよ」
「暗殺者を確保するために、何人か兵士を貸してほしいのです」

 怪訝な顔をされた。
 あれぇ? 私は何かおかしな事を言ったかしら?

「そなたの家のお抱えを使うのではないのか? 前の暗殺計画の下手人、あの後逃げ果せただろう?」
「ああ、そういう事ですか」

 確かに、あの時の暗殺者は父の手引きで逃げる事に成功した。
 彼がまだ、我が家の手元にいると王子は思っているのだろう。
 まぁ、間違ってはいないが。

「彼はもう、暗殺の仕事ができないのです」
「ほう……。捕らえられた時に体でも壊したか?」
「いえ、そもそも体が無いんです」
「何だと?」

 訊ね返す王子に私は笑みを返す。

「だって、じっくり足元から焼かれて灰になってしまったのですよ? そんな体で働かせるなんて無体ですよ」

 体が無いから無体。なんちゃって。

「今は、花壇の肥料という仕事を全うしております。とても頑張ってくださっているので、私たまに話し相手をしておりますのよ。ほほほ」

 王子が目を見開いた。
 驚いているのだろう。
 お姉様ほどじゃないにしろ、この王子も感情表現が控えめだ。

 私の父は、前に暗殺計画に使った暗殺者をとても気に入っていた。
 それこそ、失敗したのに牢から逃して手元に置こうとする程だった。
 私はそんな父を言い包めて、彼を消すように説得したのだ。
 そして、彼を消す役目は私が担った。

「家の娘として、貴族としての非情さを覚えたいのです」

 なんて健気を装って言ってやれば、ころっと許可してくれた。
 まぁ、そんな気持ちなんてサラサラないけどね。

 私が、お姉様の体を焼いた張本人を許すはずはない。

 彼をこの手で始末してやりたかったのだ。
 私は魔法の炎で、その全身を丁寧に灰へ変えてやった。



 王子から借りた私兵を用いて、私は領境の山を調査させた。
 借り受けたのは、諜報に長けた者と魔法使いの二十名だ。
 目的は、この山に住み着いているという山賊を探す事。
 後腐れなく、その上で王都の誰とも繋がりがなく足が付く事もない、荒事に慣れている人材を確保するためだ。
 というのは半分建前で、実はこの山自体に個人的な用事があった。
 もちろんそれは、お姉様の消息についてだ。
 もっと早く探しに来たかったが、そうもできなかった。
 私が家の私兵を使おうものなら、それはお父様の知る所となる。
 知られると私の行動から、目的がばれてしまうかもしれなかった。
 それを避けるためには、こうして誰かに兵士を貸してもらう必要があった。
 そのかいがあって、調べてすぐに成果は出た。
 お姉様の乗った馬車は、この山の森で消息を絶った。
 戦いの跡が見られる中、空の馬車と荷車が捨て置かれていたらしい。
 恐らく、山賊の仕業だ。
 この道は山賊が出るため、別の領を経由して迂回する人間が多い。
 だけどお父様はわざわざその山賊に襲わせるためこの道を選び、ご丁寧にも質の悪い護衛騎士をあてがってお姉様を向かわせたのだ。
 私の邪魔をするできそこないは死ね! って事ですね。
 そんなにお姉様が嫌いだったんですか?
 だけど、そんなお父様に朗報です。
 お姉様、多分生きてますよ。

 やったねっ!

 現場にはお姉様の死体がなかった。
 つまり、少なくともその場では殺されず、連れ去られたという事だ。
 生きている可能性はある。
 暗殺者だけでなく、私の求める答えも同じ場所にありそうだった。
 そして私の予想通り、お姉様は生きていた。
 私兵の調査よれば、顔に火傷の走る女が山賊頭領の慰み者として飼われているらしい。
 報告を聞き終わって気付いたら、手の平に爪が食い込んで出血していた。



 山賊団の捕縛は、驚くほど簡単に済んだ。
 豪華な馬車と荷車で誘い出すと、襲い掛かってきた所に魔法使いで満たされた荷車を展開。
 雷撃の魔法で自由を奪った。
 チョロい。
 そして今。
 拘束された山賊達。
 その中でもとりわけ野蛮そうな男が、並んで座らされた山賊達の前にいた。
 彼が山賊の頭領だ。

「少し話をしましょうか。山賊のお兄さん」

 私は男に声をかけた。
 ついでに、窓のレースカーテン越しに眺めてやる。
 こいつがお姉様を……。
 おっと、イカンイカン。
 あくまでも今の目的は暗殺者の確保。
 殺すのはそれらが終わってからだ。
 終わったら燃やしてやる。
 もう一つ花壇を造ってやるんだから。

 護衛騎士に扮した諜報の私兵が、男を引っ立ててこちらへ連れてくる。

「馬車に入ってください」

 よく見るとこの男、何か犬っぽいな……ぐおぉっ!

「待ってください」

 思わず、止めてしまった。
 今まで嗅いだ事のない、形容しがたい臭いだ。
 風呂に入っていなければ、生きた人間はこんな臭いがするのか?
 そんなんでお姉様の前によく出れたな、テメェ!
 もしかして、同じ環境にいるお姉様も今は臭いんじゃ……。
 臭いお姉様はちょっと興味があるな……。
 いや、イカンイカン。
 今はそんな事考えている場合じゃない。

「お兄さん、すごく臭いですけどいつお風呂に入りました?」
「ガハハ! ちゃんと五日に一度は入ってるぜ!」
「そうですか。それはちゃんとしてますね。でも、私には許容できないので、洗わせてもらいます」

 この馬車に入れるわけにいかない。
 馬車に臭いがこもると即死しそうだ。最悪焼却処分だ。
 何より、これから王子に合わせるつもりなのに、この臭いはまずい。
 顔を合わせた時点で「臭い!」って斬り捨てられそうだ。

 私の言葉に反応して、護衛騎士が男を馬車から離す。
 丁度良い距離で、男から離れた。
 王子の私兵はよく躾られている。
 言葉の端から、命じるまでもなく私の求める行動を取ってくれた。

 さてと、じゃあ気合入れて洗いますか。
 えーと「高貴にして清らかな」でいいかな?
 これだけ強い臭いを消すには、やっぱり強力な詠唱魔法じゃないとダメだよね。
 べ、別に殺意なんてないよ。
 それくらいが適切だと思うだけさ。
 本当だよ?

 山賊の頭領が、水の球体に閉じ込められた。
 球体の中に生じた激流にその身を委ねる。

「ごぼぼぼぼっ!」

 魔法を解くと、その場で地べたに這いずりながら盛大に水を吐き出した。
 あ、濡れたままじゃダメだよね。
 このまま王子と顔を合わせたら、「濡れてる!」って斬り捨てられるかもしれない。
 だからダメだ。乾かさなきゃ。
 えーと、「残酷にして苛烈なる炎帝」でいいかな?
 いや、イカンイカン。
 流石に死ぬ。「苛烈なる炎帝」だけでいいや。

「苛烈なる炎帝よ。我が意に沿いて熱き暴風を吹き荒れさせよ」

 詠唱すると、魔法陣から放たれた熱風が山賊の頭領を襲う。

「ぐおおおおおぉっっっ!」

 よし、これでばっちりだ。
 私が満足していると、山賊の頭領は顔を上げた。
 明らかにくたくたなのに、顔には不敵な笑顔を作っている。

「ガハハ、死ぬかと思ったぜ!」
「まさか。話があるって言ったでしょう? 殺すわけがないじゃないですか」

 殺すわけないでしょ。
 こんな簡単に……。



 男の拘束を解かせて車内に招き入れた。
 死角から襲われない限り、魔法の使えない人間に一対一で遅れを取る事なんてない。
 私は意外と強いんだぞ。

 馬車を走らせる。

「ガハハ。どういうつもりだ?」

 どこへ連れて行かれるのか警戒して、男が訊ねて来る。
 そんなに怖がらなくっていいですよ。

「これから、ある人物に会ってもらおうと思いまして。あ、もちろん、話をしたいっていうのも本当ですよ」

 本当は私が話をする必要は無い。
 ただ、私は計画と別にこの男と話がしてみたかった。
 どんな人間なのか、ちょっと気になった。
 どんな人間でも殺してやる事には変わりないが、人となりによっては殺し方にも違いが出る。
 灰にするか、凍らせて砕くか、生で摩り下ろすか、ぐらいに変わってくる。

「安心してください。手下の方々には手を出しませんので。あなたがマズイ事をしなければ」

 手下の一人二人どうなってもいいので、マズイ事をしてくれてもいいんですよ?
 何て事を考えていたら、男に睨みつけられた。
 気に入らねぇって感じの顔だ。
 男が口を開く。

「で、何の話だよ?」
「実は、あなたに頼みがあるんですよ」
「頼み?」
「ええ。これから会ってもらう人も同じ話をすると思うのですけどね」
「じゃあ、今話す意味はねぇんじゃないか?」

 おやおや、嫌われちゃいましたねぇ。
 私への嫌悪感が滲み出てるよ。

「話を円滑に進めるための下準備みたいなものですよ。で、あなたに頼みたい事ですが、ある人物の暗殺なのです」
「ガハハ。笑えるな。頼む相手を間違ってやがる。俺は殺し屋じゃねぇぜ」
「こっちにも事情があるんですよ。あなたは丁度よかったので、話を持ってきました」
「やだね。気が乗らねぇ」

 反抗的だ。
 でも、実際の心情は違うでしょ?
 私が気に入らないから、ちょっと反抗して意趣返ししたいって所でしょう。
 そういうの私、わかっちゃうんだから。
 だって貴族だもの。
 あなたはたまに「ガハハ」って笑うけど、その直前にちょっと目を泳がせるんだよね。
 不安をかき消すために、あえて笑い飛ばしてるんだ。
 そっちがその気なら、私もちょっと試させてもらう。

 男に笑みを向けてやる。

「少し調べさせてもらったんですが……。あなたには美人の奥さんがいるそうですね」

 さて、どんな反応を見せるかな?
 あんまり淡白だったら、殺し方が少し派手になるかもしれないよ。

 私が口にしてすぐ、男は表情を変えた。
 怒りの形相だ。
 ぶち殺してやる。
 そう顔に書いてあった。

「あいつに手を出したら、ぶち殺してやる!」

 それは言われる前からわかる。

 男は私へ襲いかかった。
 掴みかかろうとする。
 私はそれを魔法で迎撃した。
 黒い魔法の球体で顔を打ち、殴り飛ばされてもまだ向かってこようとする男に拘束の魔法をかけて身動きを封じる。
 私の顔にとても近くへ彼の顔が迫り、そして止まった。
 強く睨みつけてくる。

 驚いた。
 え、意外。そんなにお姉様の事好きなの?
 この男は、感情がそのまま表に出る。
 私ともお姉様とも違うタイプの人間だ。
 だから、ここでそんな演技をする事もないだろうし、する意味もない。
 つまりそれは、この男がそれくらい怒るほど、お姉様を特別に想っているという事だ。

 アハハ。

 思わず笑ってしまう。

「意外と元気ですね。抵抗する気力なんて残ってないと思ってましたのに」

 言ってやると、男は歯を剥き出しにしてさらに強く睨み付ける。
 どうやら、無謀にも魔法の縄を引き千切ろうともしているようだ。

「いやですねぇ。ただの世間話ですよ。友好を結びたい相手とは言葉を交わして解かり合いたいものでしょう? それも快く頼みを聞いてもらいたい人が相手ですからね。そういう努力をするのは当然ですよ」

 あらあら、信用できないって顔してるね。
 でも、それくらい用心してもらわないとね。
 大事なものを護れませんよ。

「で、その世間話の延長なんですけど、あなたは奥さんの素性って知っています?」
「知らねぇ。どうでもいいからな」
「でも、ちょっと気になるでしょ? 好きな相手の事って、どんな事でも知りたくなるものじゃないですか」
「ガハハ! わかってねぇな! 女は穴さえありゃいいんだよ」

 素直じゃないなぁ。

「殿方はそうかもしれませんね。だから、私には理解できません。じゃあ、これはどうです?」

 けれど私は確信を持っていた。
 彼に任せれば、必ず事を成してくれる、と。
 男の耳元へ口を寄せた。
 こちらへと誘うように囁く。

「殺して欲しい相手は、あなたの奥さんを傷付けて、絶望に叩き落とした人間なんですよ」


 それから、男は驚くほどおとなしくなった。
 ある山小屋で行われた王子との会合はすんなりと運び、彼は第一王子の暗殺を請け負った。

「終われば消すのではなかったのか?」

 男を帰すと、王子は私に訊ねた。

「ああ。それは中止です。生きていてもらった方が、私には都合がいいみたいですから」

 当初私は、事が終わればお姉様を第二王子に匿ってもらうつもりだった。
 だけど、そんな事はもう考えない。

 あんなにお姉様を大事に想っていてくれるのだ。
 きっと、どんな物からもお姉様を護ってくれようとするだろう。
 そういう点で見れば、彼は王都にいる誰よりも上等な男だ。
 第二王子に匿ってもらうより、彼の元にいた方がお姉様はずっと安全だ。

 お姉様を傷付けた一人だろうけど、それはあの魔法で許してやるよ。
 感謝しな!

「ふふっ」
「そなたがそんなに嬉しそうなのは珍しい」
「そうですか? いつも楽しそうな顔してるつもりなんですけどね」
「顔だけは、な」

 流石は王族。
 本質を見抜いていらっしゃる。


 後日。

 私はお姉様をあの男に任せようと思った。
 けれど、仕事柄収入が安定しないので、お姉様が苦労するんじゃないかと心配になった。
 なので、こちらから仕事を割り振って、報酬を渡す事にした。
 これなら、お姉様が飢える事はないはずだ。
 私自身、自由にできる駒ができて万々歳である。
 末永くよろしくお願いします! お兄さん!



 婚約してから今まで、第一王子が私に会いに来た事は数えるほどしかない。
 やりとりは、だいたいが手紙で済まされる。
 それというのも、とてもわかりやすい話だが、王子が私に興味を持っていないからだ。
 私としては、殺したいほど嫌いな相手に殺す準備も整っていない状態で会うなんて無意味に思えるから大歓迎である。
 自分が今は無駄な事をしている。という自覚を持って行われる行為は苦痛だ。
 ただし、世間体のためか、定期的に社交パーティで会おうと誘われる。
 その時は仕方なく向かわなければならないが。
 折角なので、そういう時は王子の人となりを観察するようにしていた。

 パーティに行けば、まず一番に王子が挨拶に来る。
 この辺りは王族として、婚約者として、しっかり作法が整っていると言えるだろう。

「おお、我が愛しの婚約者よ。あなたに会えぬ日は苦痛に満ち、今にも胸が張り裂けて死んでしまいそうだった」

 じゃあ死ねよ。

「わたくしもです。あなたのせいで胸が苦しくて、今にも倒れてしまいそう」

 言葉を返し、少しやり取りすると王子は私から離れていった。
 次に向かうのは別のご夫人方が集まる場所だ。
 あの王子は女性が好きだ。
 特に胸部に溜まる脂肪が豊満であればあるほど好きらしい。
 だから私に興味がないのである。
 おかげで、王子は私に手を出そうとしない。
 興味を持たれないのは、興味を持たれないよう私がサラシをきつく巻いているからだけどね。
 だから、あなたのせいで物理的に胸が苦しいですのん。
 もう乳だけ見てろよ、王子。
 そうして顔を気にしない人間だったら、お姉様が傷つく事もなかったのに……。
 ………………。
 ……お姉様、おっぱいにも火傷があるのかな?
 今度、知ってそうな人に聞こう。

 女性が好きな王子だが、社交界の女性方にも案外に人気がある。
 顔もルックスも悪くなく、言葉選びも芝居がかってはいるが女性受けが良い。
 家柄も文句なく最上級だ。
 そういう理由から人気なのだろう。

 両思いだよ。やったね。

 でも、そんな物は血統書付きの犬を愛でているのと変わらない。
 本心から人間として、王子を愛している人間などこの王都にはいない。

 いずれ、私がそれを証明しよう。



 その日、王が倒れたという報せが王都中を走った。
 そして、第一王子即位という情報もセットで伝えられた。

 それは同時に、私達の計画が実行されるという事でもあった。
 関係各所、と言っても第二王子とあの男だけなのだが、彼らに手紙を送り、戴冠式の前日に計画を実行する事を伝える。
 すぐ会いに来た第二王子と詳しい段取りを決め、私達はその日を待った。


 予想していた事なのだが、第一王子は即位前日に自分で自分のために、自分を祝わせるお茶会を開いた。
 自分の気に入った令嬢と数少ない男友達を招いての庭園茶会だ。
 もちろん、そこには婚約者である私も居る。
 相変わらず、王子は私への挨拶もそこそこに女性達の方へ向かった。
今はチヤホヤされている。
 私は手頃なテーブルに着き、一人その様を眺めていた。

 後は、待つだけだ。

 準備は全て整っている。
 王が倒れ、第二王子の動向を見張る者はいない。
 王の命令を護ろうとする忠義の人もいたのだが、第一王子が次代の王になる事を厭う人間の方が多い。
 そういった人間が尽力してくれた結果、この場には王子を積極的に護ろうとする人間がいない。
 みんな、第二王子の息がかかった衛兵達だ。
 配置から見ても、咄嗟に護る事はできない。
 今の王子は丸裸だ。

「おめでとうございます、殿下」
「いやぁ、ありがとう。みんなのおかげだ」
「いえ、もう殿下とお呼びするのも失礼かもしれませんね」

そんな事も知らずに、王子は楽しげな笑顔をご婦人方へ振りまいている。



 その時だった。
 王子へ走る一人の男を見つけた。
 手にはナイフを持っている。
 あの男だ。
 まだ距離があるから、誰も気付いていない。
 私は王子を見る。
 相変わらず、楽しげな顔をしている。

 さて、それじゃあ証明しようか。

 私は一息吸い込み、叫びを上げた。

「キャアッ! 賊よ! 暗殺者よ! 王子を狙っているわ!」

 私の叫びで、王子を囲んでいたご夫人方が血相を変える。
 我先に、と王子から離れて逃げ出した。
 その間にも男は王子へ迫る。
 王子は逃げ出そうとするが、男はそれを許さない。
 王子の肩を掴み、そして――。

 王子の腹に深々とナイフが刺さる。

 成功だ。
 そう思った瞬間、男は王子の襟を両手で掴んで思い切り頭突きをかました。
 王子がそのあまりの威力に、床に体を叩きつけられバウンドする。

 あ、余計な事してる。
 ちょっと傷付けるだけでいいって言ったのに。
 私も言ってやりたい事があるのに、これで死んでしまったらどうしてくれる!

 見ている間に、男はその場から逃げ出した。
 このまま予定されていたルートで逃げ果せる事だろう。
 さてと、私は私で王子との最後の挨拶を交わしておこうか。
 椅子から立ち上がり、私は王子へ歩み寄った。

「衛兵! この場にいる者達を下がらせなさい。ただし、暗殺者がまだいるかもしれません。別室へ通し、御守りしてさしあげなさい」

 私が命令すると、一人の衛兵を残して他の衛兵達が皆、茶会に参加していた客達を案内させ始める。
 私はその様子をチラリと見てから、仰向けに倒れる王子の顔を見下ろした。

 アハハッ! 無様無様、超無様。

 互いの顔が逆さまに見える形で視線を合わせ、しゃがみ込む。
 王子はまだ生きている。
 私は表情を消して、言葉をかけた。

「ごきげんよう、王子。本日は大変な事になりましたね。治療して差し上げますよ」

 王子の腹から、ナイフを抜く。
 血に濡れたナイフをコトリと床に置くと、ナイフの傷口へ修復の魔法をかけた。
 傷口はすぐ元通りになる。

「ほら、元通りです。……おや? 大変ですよ、王子。どうやら、お体が毒に侵されているようです。どうしましょう? 私は解毒の魔法が使えないのです」

 私は肩を竦めて見せる。
 その間も、王子は一切反応を見せなかった。
 でも、確かに生きている。
 呼吸して、胸が上下していた。

「ああ、これは珍しい毒です。毒による苦痛は無いのですが、体の自由を完全に奪ってしまうものです。安心してください。苦しむ事はありません。死ぬ寸前まで意識は綺麗に保たれますから、死に行く恐怖はじっくり味わえますよ。大丈夫、その時までお側におりますから」

 安心させるような声音で、私は告げる。

「本当に珍しい毒ですねぇ。これの原料となる花、この王都では滅多に見られないものですよ。私だって、我が家の温室でしか見た事がありません」

 アハハ……ッ!

「そういえば、前にもこんな事がありましたね。あの時は、どうなったんでしたっけ? ああ、思い出しました。お姉様があなたを助けてくれたんでしたね。どうして、今回は助けてくれなかったんでしょうね? こんな大事な時にお姉様はどこへ行ってしまったのでしょう?」

 成長した私の顔は、とてもお姉様に似ている。
 だからこそ、私は笑顔を消した。

 思い出せ。

 その意味を込めて。
 だからこの一時の間、王子が死ぬまで、私はどうあっても笑顔を見せないつもりだった。
 お姉様への後悔を引き摺って、そのまま地獄へ落ちてもらうために。

 だが、これじゃあ足りない。
 もっと思い出してもらおう。

 左手に薄っすらと炎の魔法を纏い、王子の顔の左側を撫でる。
 撫でた部分が火傷になり、膨れ上がった。
 お姉様はこんな目に合ったんだ。
 お前の代わりに……。

 いい気味だ。
 が、私はすぐに火傷を修復した。
 お姉様とお揃いかと思ったら腹が立った。

「まぁ、お姉様の一人ぐらいいなくたって、王子を愛してくださる人間は多くおりますものね。わたくし、いつも嫉妬しておりましたのよ。あなたは多くの女性に囲まれておりましたから。でもおかしいですね? その方々は今どこにいらっしゃるのでしょう? あなたを愛してくださっていた方々ですのに」

 不思議だねぇ。
 誰もいないよぉ!
 アハハッ!

「そんな事はいいですね。それより聞きたい事があるのですが……」

 私は王子の耳元に口を寄せ、囁くように訊ねる。

「もうすぐあんなに欲しがっていた王位を戴けるというのに、こんな所で死ぬのはどんな気分ですか?」

 私の囁きを聞くと、王子の双眸から涙が溢れ出した。
 体の自由は利かなくとも涙だけは流せるようだ。
 でもこれはいい。
 無反応は少し味気なかった所だ。

「何故、泣いているのです? お姉様を護れなかったからですか? それとも、お姉様と婚約破棄した事、後悔しているからですか? あ、わかりましたよ! お姉様に謝る機会がもうないからでしょう? 当たりですよね?」

 当然ながら彼は答えない。
 ただ、その瞼がゆっくりと閉じられ始めてきた。
 毒の効果が、その命に届いたのだ。

 おやすみ、王子。
 お別れです。

 アハハハハッ!

「ヒャハ……ッ」

 不意に、笑い声が聞こえた。
 誰の笑い声だろうと思った。
 だがそれが、自分の喉から出た物だと気付いた。

「ヒャハハ……ッ。ヒャハッヒャハハハハハハハハ……ッ」

 笑うつもりなんて毛頭なかった。
 王子だってまだ目を閉じきっていない。
 なのに、閉じたはずの口、その喉からは笑い声が漏れる。
 おし留めようとしても、笑い声は自然に漏れ出てきた。
 それ程に今は、楽しすぎる。
 閉じられた喉を強引にこじ開けた笑い声は、掠れているのに妙な甲高さを持っていた。
 さながらそれは、人間の笑い声ではないようだ。
 私は王子の顔に両手を沿え、目の前で笑い続けた。

 死に行くおまえを思うとこんなに楽しく愉快なのだと、そう見せ付けるように。



 しばらくおし留めようとしていたその笑いを、いつの間にか私は止めようとしなくなっていた。
 もう、笑いをおし留めたくなかった。
 王子は当に死んでいる。
 だから笑ってもいい。
 それに、止めようと思っても止める事などできない。
 感情を制御する事は得意なはずなのに、どうしてもこの笑いを止められなかった。
 それ程に、楽しい気分だ。
 楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 心底憎いと思っていた相手が死ぬ。

 それがこんなに楽しい事だとは思わなかった。
 感情的だ。
 実に感情的だ。
 こんな部分が私にあったなんてとても意外だった。

「ヒャハハハハハハハハハ……」

 私は周りを気にする事無く、笑い続けた。
 そして笑い疲れ、その場で仰向けに倒れた。

「満足したか?」

 声のした方を見ると、第二王子が私を見下ろしていた。
 さっきの私と第一王子の構図と同じだ。
 私が第一王子役かよ。やだなぁ。

「いいえ、全然。家に帰ったら、また思い出し笑いしますよ」
「局所的な地獄だな」
「可愛い笑い声で満ちているんですから、天国ですよ」

 王子は私に手を差し伸べた。
 その手を取って、起き上がる。

「あーあ、失敗しました。死に目に、私の可愛らしい笑顔を見せてしまいましたよ」
「あれが死に目なら、大層恐ろしかっただろうな」

 ええ? 可愛かったでしょ?
 ただ笑っていただけですよ?

 不意に、王子が真剣な顔で私を見る。
 口を開いた。

「一ついいか? 提案がある」
「何ですか?」
「私の正室にならないか?」

 びっくりだ。
 この人が私にそんな事を言うとは思わなかった。
 確かに、私は第一王子の婚約者であって、配偶者になったわけではないから不可能ではない。
 王族の配偶者は、王族が死んだ時点で誰とも結婚できない法律だ。
 最悪、修道院へ送られる場合もある。

「私にそんな価値がありますかねぇ?」
「十分だ」
「ああ、私の女としての魅力が無愛想な王子の心を溶かしてしまうとは……」
「そういう観点からの価値は薄いぞ」
「そうですか」

 この人の考えている事はよくわからないなぁ。
 貴族の読心術を心得ているから、隠すのも上手いんだよね。

 でも、丁度いいかも。

「そんなに私が欲しいんですか?」
「ああ。欲しいな」
「だったら、条件があります」
「何だ?」
「私の家を完膚なきまでに叩き潰してくださいませ。再興の目もありえないくらいに。落ち目の今なら、簡単でしょう?」

 王子は深く息を吐いた。
 この条件は、王子の申し出がなくとも暗殺成功のご褒美としておねだりするつもりだった。
 お姉様を傷付けた物は、例外なく罰を与えるのだ。
 それは揺るがない。

「いいだろう。その願いを受けよう」

 王子が了承すると、私はにっこりと笑顔を返した。



 暗殺完了後。
 私はあの男を呼び出して、色々な事を話した。
 計画の成功と私の素性を話した。
 感謝を込めて、頭も下げた。
 そうするだけの価値はあった。
 この男は私の悲願を成し遂げてくれた。
 それにこれからの事もある。
 この男ほど、お姉様の事を大事に想ってくれる人間はいないのだ。
 私がこの男に敬意を懐く事は当然だ。
 頭を下げる事に惜しみなどない。
 私はこの男を家に送る事にした。
 その時、彼はこんな申し出をしてくれた。

「……根城に着いたら、あいつに会っていくか?」

 とても魅力的な提案だった。
 すぐ頷きそうになる。

 でも、それはできない。

 首を左右に振り、否定を示す。

「いいえ、やめておきます」
「何でだ? 会ってきゃいいだろ。あいつも喜ぶんじゃねぇか?」

 喜んでくれるでしょうかね?

「合わせる顔が……無いですからね……」

 それは本心からの気持ちだ。
 だけど、会わない理由はもう一つある。

 お姉様を傷付けた人間には、例外ない罰を与える。

 それは私にも当てはまる。
 私はお姉様を傷付けた。
 これから生涯、大好きなお姉様に会わない。
 それが自分自身に課す、私の罰だ。


「そうか。まぁ、無理にとは言わねぇぜ」
「心遣いは、とても嬉しいですよ。ところで、一つ聞いてもいいですか?」
「ガハハ。何だ?」
「お姉様はおっぱいにも火傷があるんですか?」
「はぁ!? 何の話だ!」

 結局教えてもらえなかったぜ。
 ガハハ。


 それからすぐ、第二王子は私の願いを聞いてくれた。
 詳細は知らないが、本当あっという間に我が家は潰された。
 もう再興などできようはずもない、血も涙もない粛清っぷりを披露してくれた。
 私と他家へ養子に出された数人の子供以外、もう生き残っている人間はいない。
 そして第二王子は、第一王子に代わって王に即位する事となった。
 王が、自分にもしもの事があった時、スムーズに戴冠式が行われる仕組みを国政院に作ってくれていたおかげだ。
 そして私は約束どおり、第二王子もとい次王の妻となったわけである。

 それからずっと、私は王妃という立場で過ごした。
 王の仕事を手伝い、王の子供を何人か産んだ。
 王妃という立場なら刺激的で楽しい人生になるかもしれないと期待していたが、第一王子暗殺の時みたいな楽しさは、その間一切味わえなかった。
 お姉様のように、本気で愛しいと思える人間にも出会えていない。
 言い方は悪いけれど、子供なんてヤればできる。
 子育てだって王城のメイド達が勝手にやる。
 特に好きでもない相手の子供だ。
 そんな子供に愛情を持つなんて、わけがわからない。
 そんな事ができる人間の気持ちなどわからない。
 一言で評するなら、私のこの数年間は「退屈」だ。
 お姉様を失った人生に、何の価値があるだろう。
 そしてそれは、これからも続くだろう。
 でも仕方ないね。
 これが私の罰なんだから。



 自室。
 お気に入りの椅子に身を預け、物思いに耽っていた時。

「母上。紹介したい方がいます」

 その日、私が産んだ三番目くらいの王子がそんな事を言ってきた。
 名前、何だったかな?

「いいですよ。連れてきなさい」

 正直、誰を連れてきてもどうでもいい。
 そんな気持ちで了承した。
 息子に呼ばれて、一人の女性が部屋へ入ってくる。

「ニャフフ。ちわー、初めましてー」

 奇妙な笑い声、そして緩い挨拶と共に、その女性は私の前に立った。
 私は、目を見開いた。
 意識せず、自然と表情を作ってしまうほどに驚いた。
 その女性の顔は、お姉様にとてもよく似ていた。
 どことなく、私が唯一敬意を懐く男にも似ている。
 私は彼女の素性を悟った。

「アハハハハハハハッ!」

 困惑する王子とその相手を尻目に、私は大笑いし続けた。

 どうやら、これからの私の人生。
 少しは楽しくなりそうだ。
 パロディは一切廃するつもりで書いていましたが。
 ガハハが王子にやりすぎた時。妹様のモノローグで。

 まだ死ぬんじゃない! お前にはもっと残酷な未来が待っているんだ!

 とか書き走りそうになってしまいました。


 作中で語りきれなかった補足。蛇足。

 アナちゃんは、顔を焼かれてから修道院へ送られるまでの間に性格が変わっています。
 人を信じられなくなりました。それまでは脳みそお花ば……ゲフンゲフン。
 聖女のような性格でした。ガハハと出会ってからも少し変わりました。

 好き嫌いを聞くタイミングが悪ければ、アナちゃんの「嫌いですよ」は発動していました。
 それを回避してきたガハハはとても勘が良かったのです。彼の勘は当たります。
 返り討ちにあった時も、返り討ちにあったからこそ王子を直接殺す機会を得ました。
 勘というより、もう超能力者ですよ。

 第二王子ですが、別に妹様に惚れたわけではありません。
 ただし、惹かれている部分は確かにあります。
 彼女に対する感情は畏敬のような物です。
 それがあれば、王という立場であっても安泰だろうと考えています。

 妹様は、著者の都合によりただの姉思いの可愛い子から性格を捻じ曲げられました。
 ある意味一番の被害者です。
 できれば優しくしてあげてください。

 ではまた、いずれお会いましょう。

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