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セリベート

作者: 光太朗

 

 川で溺れているそれを助けたのは、ほんの気まぐれだった。

 犬が、溺れているのだと思った。けれど助けてみたら、それは小さな小さな人の姿をしていた。

人間の赤子よりも小さなそれは、しかし、完成された大人の姿をしていた。滴を振り払うように首をゆっくりと振ると、美しい女性だけが持つような艶やかな金髪が、水の重みさえも優美に思わせるかのように、ゆっくりと揺れた。


「助けてくれてありがとうございます。私の名は、セリベート。この川で何人もの人間を見てきましたが、冷たい水に濡れるのも厭わず、私を助けてくれたのはあなたが初めてです。さあ、あなたの願いごとを、なんでも叶えましょう」


 鈴を鳴らすような、甲高い、しかし決して不快ではない声。

 水浸しの少女は、ゆっくりと目を瞬かせ、それを見つめた。

 夢、なのかもしれない。

 でも、夢であるならば。


「お母さんが、病気なの。お医者様に診てもらうお金がないの。ねえ、お母さんの病気を、治して」

「わかりました」


 セリベートは、小さな両手を掲げ、何かをつぶやいた。その身体が輝いて、少女はまぶしさに目を閉じた。

 いつでも、私を呼んでくださいね──声が響いてきて、目を開けたときには、セリベートはいなかった。

 まるで何ごともなかったように、あたりはしんと静まり返っている。ばかばかしい、早く忘れてしまおうと、少女は首を左右に振った。

 本当に、何一つ期待をせずに、病気の母のため、帰路を急いだ。




 家の近くまできて、小さな違和感に、少女は眉を顰めた。

 木造の、古い家屋。何の香りもしないはずのその家から、柔らかい臭いが漂ってきていた。

 うんと小さいころ、まだ母親が元気だったころ、夕餉時に必ずしていた香り。

 扉を開けると、病気で伏せっているはずの母親が、当たり前のように料理をしていた。


「お母さん、寝てなくちゃだめじゃない!」


 母親は、健康そのものの笑顔を見せた。


「何いってるの、変な子ねえ。さあ、ごはんよ。早く、手を洗っていらっしゃい」




 夢ではなかったのだと知った。

 感謝の気持ちを伝えるために、少女は翌日も、川を訪れた。


「そうですか。喜んでいただけて、私も嬉しいです。それで、次の願い事は、なんですか?」


  少女は、驚いて目を見開いた。

 しかし次の瞬間には、瞳を輝かせていた。




 それからほとんど毎日、少女は川を訪れ、セリベートに願いを告げた。彼女の家の暮らしはどんどん豊かになり、彼女はどんどん美しくなり、これ以上ないほど、満たされていった。


「ねえ、お腹一杯、おいしいものが食べたいわ」

「ねえ、最近、雨漏りがするの。新しいお家に住みたいわ」

「ねえ、私、綺麗になりたいわ」

「ねえ、お金、お金がたくさん欲しいわ」






 一年が経ったころ、少女が川を訪れることはなくなった。


「やあ、久しぶり、セリベート。どうしたんだい、えらくご機嫌だね」


 小さな人の姿をしたもうひとりが、セリベートに話しかける。

 セリベートは、久しぶりね、と言葉を返した。


「少し前にね、食事をしたばかりなの。最高においしかったわ」

「セリベートはグルメだなあ。また、自分で料理したのかい」


 セリベートは、満足そうに微笑んだ。


「だって、醜い人間って、本当においしいんだもの」



                                    



読んでいただき、ありがとうございました。

心から、感謝いたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] さらっと読み進められて、最後の一言にゾクリ。 相変わらず、文章がキレイだなあと思いました。 個人的には、セリベートの見た目が気になったので、 もう少しふれて欲しかったなあとも思いましたが、 …
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