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神殺し! 8


 イケメンが睨み合っている。

 一方は金髪碧眼で精悍な顔立ちをしたA級冒険者。

 サイファだ。

 他方は見事な紅い髪と優しげな面持ちの伯爵令息。

 リューイである。

「きみは誰だ? なんの故あってエイジさまに(はべ)っているんだ?」

「お前こそ誰だよ? なに馴れ馴れしくエイジさまなんて呼んでんだよ」

 青い瞳と赤い瞳から放たれた視線が、ばちばちと火花をあげて絡み合う。

 怖えぇぇ。

 がっつり怖えぇぇ。

 つーか私のポジションが嫌すぎる。

 なんで私を奪い合うような雰囲気になってるんだよ。

 もう少し建設的に生きた方が良いよ。二人とも。

 絶世の美女ならともかく、三十過ぎのおっさんを奪い合うとか、非生産的すぎるでしょう?

 睨み合いをはらはらしながら見守っていた私の肩を、ティアマトが叩いた。

 あ、言い忘れてたけど、街の中なので人外三人衆はちゃんと人間に変身してるよ。

 ティアマトはいつも通りハリウッド女優のような歴然とした美女に化けてる。

 振り向くと、その美女が、無駄に爽やかな笑顔で親指を立てていやがった。

「……きみが喜んでくれて嬉しいよ……ティア……」

 ともあれ、私の訪問をライザー王は心待ちにしていてくれたらしい。

 だから私が謁見を申し入れると、すぐに使いを出した。

 使者となったのはもちろんリューイ。

 そのリューイに案内され、私は王宮へと向かっている。

 ちなみに彼は私の右側を歩き、左側はサイファが占拠してたりする。

 本来私の隣に立つべき人物は、にやにや笑いながら私の後ろを進んでいた。

 イケメンふたりに挟まれた三十男の図。

 泣きたくなってきた。

 あとティアマトさん。

 あなたはもう少し所有権を主張するべきだと思います。

 いちおう私、あなたの恋人ですからね?




「エイジさま。お元気そうでなによりです」

「おかげさまで、悪運強く生きながらえております」

 玉座から降りて歩み寄ったライザー王と、私は握手を交わした。

 謁見の間である

 長年の友のような固い握手。

 ちょっとおそれおおいが、私は彼に友誼めいたものを感じている。

 ともに死線を超えたから芽生える友情、というと、格好付けすぎかもしれないけど。

 年齢も近いしね。

「して、()の国はいかがですか?」

 そのまま私を誘うライザー王。

 私室へと。

 今日の謁見はこれで終了らしい。

 たぶん他にも客はきていると思うが、全部キャンセルなんだろうね。

 なんつーか、ワガママキングです。

 まあ、専制君主の意思というものは、すべての法の上に屹立するものだ。

「先日、建国を宣言しましたよ。国名はエリオン王国」

「そうですか。なるべく争わず、互いに栄えたいものです」

 それ以上のことを王は言わなかった。

 言わずもがなのことだから。

 主権国家と主権国家の間には、完全な平穏など存在しない。

 どんなに仲良しでも、幾分かの緊張は必ずある。

 ましてエリオンはモンスターの国だ。

 いつ戦争が始まっても、たぶん誰も驚かないだろう。

 だからこそ、そうならないように為政者たちは不断の努力を続けなくてはならないのだ。

 それはもちろん、エリオン王国とノルーア王国だけの話ではない。

「陛下。今日は紹介したい者たちがいるのですが」

 私は視線でサイファとミレア嬢を呼ぶ。

 かなり緊張している様子だ。

 うん。気持ちはよく判るよ。

 ミレア嬢は大店とはいえ商家の娘にすぎないし、サイファにいたっては根無し草の冒険者である。

 殿上(てんじょう)人のライザー王を前にして、緊張するなというほうがどうかしている。

 私だって初対面の時は緊張したしね。

 恭しく頭を下げる二人。

「彼らには、私がアズールにいたときにお世話になりましてね」

「ほほう?」

「私とティアが()の地に残してきた料理が、ついに芽吹いたようでして。ぜひライザー陛下にもご賞味いただきたいと」

「やはり料理でしたか! さっきからずっと良いにおいがしておりましたからな」

 紹介されるのを今か今かと待っていた、と笑う。

 いちおう貴人のたしなみとして、自分から水を向けるのは控えていたそうだ。

神仙漬け(ハミットピクルス)と申します。ライザー陛下」

 しずしずと歩み寄ったミレア嬢が、持参したジーアポットから皿に盛られたぬか漬けを取り出す。

 漂うかほり。

 なんつーかあれです。

 田舎のおばあちゃんちのかほりです。

 添えられた木串を手に取ったライザー王。何種類か盛られた漬け物の中から、茄子っぽいのを選んだ。

 サイファおすすめのやつだ。

 私は食べてないから、味は知らないけどね。

 ぽりぽりと小気味よい音を立てて咀嚼(そしゃく)する。

 そして、くわっと目を見開いた。

「飯だ! 飯をもてっ!!」

 いきなり侍従に命令する。

 びっくりするから。

 急にでかい声だすなよな……。

 サイファとミレア嬢が会心の笑みを浮かべた。

 勝利を確信した者の表情だ。

「いかがでございましょうか」

「むむ……アズールはずるいな。神仙からこのような美味を与えられて」

「その感想はいささかはやいかと。アズール王ラインハルト陛下からの親書にございます」

 大切そうにサイファが懐から書簡を取り出し、ライザー王に捧げ渡した。

 軽く頷いて受け取ったノルーアの主。

 読み進むうち、ふたたび目が見開かれる。

「無償提供だと……っ!?」

「はい。我が王ラインハルトは、脚気に苦しむノルーアの民のため、無償にて神仙漬けの製法を知らしめよと」

 サイファの言上である。

「脚気……?」

 耳慣れない言葉に、ライザー王は首をかしげた。

 ですよねー。

 私、ノルーアでまだなーんにもやってないんですよねー。

 三ヶ月近くも居座って、何やってんだって話だ。

「少し説明を要しますね」

 こほんと咳払いして、私は旅の目的を語った。

 この世界に蔓延する奇病、脚気についても。

 もちろんノルーア王国もまた、原因不明の奇病に苦しめられていた。

 ただ、魔軍の侵攻によってそれは一時的に沈静化したらしい。

 戦争状態に突入することを考え、食料の備蓄を増やそうとした結果、人々は白米ばかりを食べていられなくなったからである。

 このあたりは現地神が描いたシナリオ通りだろう。

 しかし、魔王リオンに率いられた魔軍は遠くへと去り、ノルーアには平和が戻った。

 折しも収穫時期とも重なり、脚気はふたたび猛威を振るいはじめる。

「なんと……奇病の原因は食事の偏りだったとは……」

「はい。そしてこの神仙漬けには、脚気を予防する効果がございます」

「ご飯のおかずにもぴったりかと」

 ミレア嬢とサイファのセールストーク炸裂だ。

 息が合ってるなぁ。

 そーいやぁ、私が死んだ未来(シナリオ)では、サイファはノルーアを簒奪(さんだつ)して王となり、ミレア嬢はその后になるんだった。

 こっちの歴史でも夫婦になったりして!

「それほどのものを無償提供だと……? そんなことをしてアズールにどんなメリットが……?」

「ございません。ライザー陛下。神仙漬けの製法を提供することによって、アズール王国は銅貨一枚も得をいたしません」

「ならば何故……?」

「人を救うため。それ以上の理由が必要でございましょうか?」

 にっこりと笑うミレア嬢。

 なんて慈愛に満ちた笑顔だ。

 あなたは女神さまですか?

「ただ、今日教えて明日には作れるようになるというものでもありませんので、我がミエロン商会の支店をノルンに置き、そこでこちらの商会さま方に製法の指導をしたく思います。ライザー陛下には、その許可をいただきたいのですが」

 流れるような要望。

 何度も何度もライザー王は頷いた。

「もちろんだ。もちろんだとも! 店を構える許可を与えよう! それに王家御用達の看板も授けよう!」

「ありがたき幸せにございます」

 優雅なお辞儀。

 あー。

 女神じゃないね。ミレア嬢は。

 どっからどう見ても、商売の神様でしたわ。



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