神殺し! 5
そして一月ほど。
モンスターたちの国、エリオン王国が高らかに建国を宣言した。
といっても、どこかと国交を結んでいるわけでもない。どこかと戦争をしているわけでもない。
人間たちの住む場所からは遠く離れた地に、人間たちとは無関係に建てられた国である。
ちなみに国名はリオンとエンの合成だ。
なんか将来的に結婚とかしそうだよね! おふたりさん!
「しかし、ほんとに一ヶ月で形にしちゃったねえ」
完成したばかり王城から街並みを見おろし、私は歎息した。
立派な石造り、とはいかない。
せいぜいが掘っ立て小屋に毛が生えた程度のものばかりだ。
実際、王城だって木造建築だし。
さすがに石を切り出して組み合わせて、という建築方法では年単位の時間が必要である。
それでも短期間でここまでのものを作り上げた。
重機などないのに。
「一つ目巨鬼や巨人もいる。魔族たちは魔法を使える。重機程度のことはできるよ。エイジ」
相変わらず淡々とした口調のリオンだが表情は明るい。
彼女も王都の完成を喜んでいるのだ。
もちろんエリオン王国の完成はまだまだ先である。いまようやく一歩目を踏み出したに過ぎないのだから。
「それは頼もしい。良い国にしてよ。リオン」
「ん」
私が差し出した右手を、少女が握り返す。
別れの握手だ。
モンスターたちの落ち着き場所は決まった。
もう私がここにいる理由はない。
名残は惜しいが、立ち去り時なのである。
「元気で」
「エイジも」
私たちがエリオンを出立することは、すでにリオンやエンも了承している。
じつは昨夜は送別会だった。
大騒ぎでした。
飲めや歌えだったし、エンなんか感極まって泣いちゃうし。
「久しぶりにエイジの十八番も聴けたしのう」
「うん。上手かった。また聴かせて」
やめてくださいよ。ふたりとも。
ア・カペラで歌うのは恥ずかしいんですから。
私の大好きなSF超大作アニメの第三期エンディングである。
や、私は死なないけどね?
どっちかっていうと、名もない役人Aだけどね?
「いってらっしゃい。エイジ、ティア。あたしたちはいつでもあなたたちの帰還を歓迎する。もちろんベイズやヒエロニュムスも」
「うん。いつか、必ず」
さようなら、とは、だれひとり口にしなかった。
「なにやら、急に寂しくなったように感じますな。エイジ卿」
ゆらゆらと尻尾を揺らしながら妖精猫が口を開く。
ノルーアへと戻る道である。
いずれ、エリオンとノルーアに交易が始まれば、ちゃんと整備されるかもしれないが、いまのところは踏み固められただけの地面に過ぎない。
「たしかリシュアを離れるときにも言いましたが、残ってもよかったんですよ? ヒエロニュムス卿」
「なればそのときと同じ言葉をお返ししましょう。エイジ卿。小生は小生の選択によって貴殿の側にいる、と」
「そういうこった。未練がないわけじゃないけどな。御大将は放っておいたらどこで野垂れ死ぬか知れたものじゃねえ」
ヒエロニュムスの言葉に繋げたベイズは、どことなく寂しそうである。
リオンと離れることに、後ろ髪引かれているのだろう。
猫の紳士だってシールズ嬢とかなりらぶらぶだったと思うのだが、こっちにはそういう素振りはない。
性格の差か、種族特性の差か。
あるいは、たんにヒエロニュムスがかっこつけているだけかもしれない。
そういえばリシュアを離れるときは、帽子を目深にかぶって表情を隠してたっけ。
くくく。
美学に生きる男は大変でござるな。
「悪い顔してるよ。エイジくん」
つっこみを入れてくれるのはエミル女史だ。
なんとこのパーティー、人間は私と彼女のふたりだけ。あとはドラゴンとフェンリルとケットシー。
そして人間のうちひとりは魔法少女である。
……なんか哀しくなってきた。
なんでイロモノばっかりがこっちに来るんだろう。
「類は友を呼ぶというやつじゃ」
あいかわらずひどいことを言うティアマトである。
あなたは本当に私の恋人でせうか。
「それに、わたしが一緒なのはモステールまでだしね」
「そうなのですか? エミルさん」
「王都ノルンまで一緒にいっても仕方ないでしょ。そこからは西を目指すつもり」
アズール王国に入る、ということだ。
どういう基準で目的地を選んでいるかは知らないが、彼女はこの異世界でずんだ餅と出会うことになるだろう。
「もしアズールのリシュアに寄るなら、手紙を頼んでも良いですか?」
「いいよー」
えらく軽く引き受けてくれる。
「ちょっと興味はあるからね。イケメンもいるんでしょ?」
いけない。
サイファ。逃げてくれ。
超逃げてくれ。
この人、見た目は美少女だけど中身はアレだぞ。
「いま失礼なこと考えた?」
「そそそそんなことはなななないですよ?」
思いっきり目をそらす私であった。
「あまり騒動を起こすでないぞ? エミルや」
「前向きに善処するよ」
一応釘を刺すティアマトに官僚的な答えを返すエミル女史。
ホントに大丈夫なんだろうなぁ。
心配になってきた。
「ま、わたしは分別のある大人だし、ヘンなことはしないって」
「分別のある大人は、魔法少女にはならないと思うんですがね……」
「そいつを言っちゃあおしめえよ」
あんたは瘋癲のなんとかさんですか。
魔法少女はつらいんですか。
「エイジくんたちは、脚気の治療法を探すんでしょ? なにかアテはあるの?」
「もうすぐ冬が訪れます。ノルーアには海がありますので魚卵とか考えています。あとはコウジカビを探して、日本酒や味噌や醤油なんかも作れないかなって」
大豆やギャグド肉だけでは限界があるし、やはり副菜はバラエティに富んでいた方が良い。
まあ、魚卵なんかはプリン体のかたまりだから、これを食べ過ぎちゃうと痛風とかのおっかない病気が出てくるのだが。
「魚卵! イクラ!」
「いえ。私が狙っているのはタラコです」
「そっか……」
なんでしょんぼりするんですか。
たらこだって美味しいんですよ?
差別しちゃいけません。
「内地の方はけっこうイクラが好きですよね。あれはあれでご飯のおともですが」
「ごはんにどばーっとかけて食べたい」
ジェスチャーで示すエミル女史。
あんまりかけすぎるとしょっぱくて、違う病気になってしまいそうだ。
たまに食べるくらいなら問題ないだろうけど。
「適量ってものがあると思いますよ」
「北海道人の余裕がはらたつーっ」
私の苦笑に地団駄ダンスを踊ったりして。
まあ実際問題、本州の方々がイクラを珍重する理由を、私は良く判らなかったりする。
あんなもん、時期になれば家庭で作る程度のものだ。
私の家だって、毎年母親がインスタントコーヒーの空き瓶に五本も六本も作る。
で、最後は飽きて余らせているのだ。
「ちなみに北海道ではインスタントコーヒーの空き瓶を再利用して、イクラの醤油漬けなどを作るのじゃ。なぜそれを使うのかという問いには、おそらく誰も答えられぬ」
ティアマトが注釈を加えてくれる。
うん。
あれどうしてなんだろうね。昔から不思議だった。
「家庭料理なの?」
「旬の時期ならば、一腹で二千円もせぬ。スーパーで買って自分で漬けるのが一般的じゃな」
このあたりの受け答えは私には無理なので、ティアマトが応える。
すみませんね。自炊とかやってないんで。
「自分でできるんだ。しかも安いね」
一腹というのは、かるく五百グラムはあるらしい。
四人家族だったとしてもけっこう食いでがある。
「日本に戻ったら住所を教えるが良い。送ってやろうぞ」
「え? まじ? さんきゅーティアちゃん」
うん。
じつに北海道人らしい私の恋人である。
本州の人に、道産食材などを送らずにはいられない。
これは道産子の宿命のようなものだ。
もちろんティアマトの実家は、べつに漁業も農業も営んでいない。
ごく普通のサラリーマン世帯だ。
なのに、自分が獲ったり収穫したような顔で名産品を送りつける。
それが北海道クオリティ。
参考資料
都会生活研究プロジェクト「北海道チーム」著
北海道ルール
中経出版