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神殺し! 4


 モステールを超え、北へ。

 道なき道を掻き分け、ときにティアマトのブレスで道を作り、巨人族たちが踏み固め。

 十日以上も旅を続け。

 ついに、私たちの視界が開けた。

 目前には、どこまでも広がる肥沃な草原。

「新天地だ!」

 一番にエンが飛び出す。

 いやー きみは魔軍の一員じゃないよねー?

 べつにきみはここに住む必要はないんじゃないかなー?

 私の内心のツッコミは聞こえるはずもない。

 まあね。

 たぶん住むだろうしね。

 リオンがいるから。

 エンとエミルはこの世界の修繕のために呼ばれたわけじゃない。

 私やティアマトをなんとかする(・・・・・・)ための駒として追加招集されただけ。

 魔王リオンは、人間とモンスターとの戦争を引き起こす存在としての役割が与えられていたが、棲み分けが成ればその役目も消滅する。

 ここから先はシナリオがないのだ。

 彼らは自由に身を処することができる。

 エミル女史は最初から自由に生きるつもり満々ですけどね!

 ともあれ、リオンがこの地にモンスターたちの王国を作ろうとしている以上、エンも当然のように一緒にいようとするだろう。

 一途なことである。

「年頃も同じじゃし、互いに成長していければ良いのう」

「そだね。リオンの傷はまだ癒えたわけではないだろうけど」

 ティアマトの言葉に、私は肩をすくめてみせた。

 エンがリオンを愛しているのか、それは私にも判らない。

 義務感や責任感でともに歩もうとしているのかもしれないし、たんなる同情かもしれないのだ。

 だが、ことの発端などその程度のもので良いという思いもある。

 エンはリオンを守ろうとしているし、リオンもエンを頼っている。

 いまはそれで充分なのではないか。

 ここから二人が愛を育むのか、友情を育てるのか、それとも別離の道を選んでしまうのか、答えは時の試練の彼方にある。

「それはあやつらに限った話でもないしの。我と汝とて、いつ別れるかしれたものではないのじゃ」

「なんでそういうこというのっ!?」

「北海道の離婚率は高いしのう」

「いやいや! ちゃんと添い遂げましょうよ! おまえ百までわしゃ九十九まで!」

「ともに白髪の生えるまでじゃな。ちなみに、この場合のお前とは男性をさすのじゃ」

「いつもの無駄知識、ありがとうございますっ」

 いつまでも仲睦まじい夫婦のことをいう言葉だ。

 ずっと一緒に仲良く暮らそうねって意味で、女性が男性にうたうんだってさ。

 細かいところまでは知らなかったよ。

「ま、そんなこと言ってられるのも新婚当初くらいのものだけどね。十年も二十年も一緒にいたら、どーでもよくなんのよ。相手のことなんて」

 ふりっふりの魔法少女が、なぜか吐き捨てるように言った。

 その格好でやさぐれられても、反応に困ってしまう。

「身も蓋もないこといわんでくださいよ。エミルさん」

「リア充は死ね」

「ストレートすぎる!」

 そもそもあんたは既婚者でしょうが。

 大都会に暮らしているんだし、私なんかよりずっとリア充だと思うんですがねぇ。

 言いませんけど!

 ぜったい百倍くらいにして言い返されるから!

「で、エミルはこれからどうするつもりじゃ? リオンらとここで暮らすのかや?」

 呆れたように問うティアマトだった。

「まさかでしょ? せっかくあれ(・・)もいなくなったのに、こんな田舎で開拓とか」

 まあ、この方は観光でこっちの世界にきてますからね。

 仕事をする気はないでしょうね。

 わかりますとも。

「適当に世界をまわって、飽きたら帰るわよ」

「どこまでもストレートですねぇ」

 帰るというのは、ようするに死ぬということだ。

 私自身も一度経験しているが、こちらの世界で死ぬと日本に戻ることになる。送られた時間に。

「わたしはこの世界になんの義理もないし責任もないからね。余計なことはしないつもりだよ」

「……あるいはそれが、正しいことなのかもしれませんね」

 私は苦笑する。

 本当に、観光客としての立ち位置だ。

 異邦人としてただ通り過ぎてゆくだけ。

 ただその場を楽しみ、良い思い出だけを土産に家路をたどる。

 べつに悪いことでもなんでもない。

 たとえば地球でも同じ。私たちがどこか観光地にでかけ、そこの自治体の改善点を発見したとしても、べつに担当者に意見したりしないだろう。

 べつに投書したりもしないだろう。

 そういうものだ。

 通りすがりの旅行者にああだこうだと意見されたら、自治体だってたまったものではない。

 もちろん、それはそれで貴重な意見ではあるのだが。

「エイジくんたちはもう関わっちゃってるから無理だろうけど、わたしはそうじゃないからね」

「うらやましいことです」

「羨ましいなんて思ってもいないくせに」

 とん、と、杖で胸を小突かれる。

「社交辞令に突っ込まないでくださいよ」

 そう。

 私はエミル女史の立場を羨んでなどいない。

 (えにし)を結んだこの世界の人々。それは私にとって大変に貴重なものだ。

 傍観者の立場であったなら、けっして得られなかった縁である。

 もちろん私の生き方をエミル女史に強要することはできない。

「ともあれ、旅の無事を祈っておりますよ」

 右手を差し出した。

「いやいや! ちょっと待って! なんでお別れの挨拶みたいなノリで手を出してんのっ!?」

「あれ?」

「あれじゃないっ! まだしばらくは一緒にいるから!」

 そうなの?

 今すぐ出発するのかと思ってた。

 道祖神(どうそじん)のまねきにあひて取るもの手につかず、的なヤツかと。

「ちなみに、出典は松尾芭蕉(まつお ばしょう)の『おくのほそ道』じゃ」

 丁寧な解説をティアマトが加えてくれた。

「そのくらい知ってるよ! 無駄解説だよ!!」

 むっきー、と、エミルが地団駄ダンスを踊る。

「へんな大人」

 くすりと笑うリオン。

 いつもの光景である。

 エミル女史は大人にカウントして良いのだろうか。

 わりとどうでも良い問題であった。




 急ピッチで作業が進んでいる。

 整地と建築の。

 なにしろここには、城どころか建物のひとつもない。

 ただのだだっ広い平原だ。

 街を作るところからスタートしなくてはいけないのである。

 役に立つのは、もちろんリオンの能力だ。

 抜群の空間認識力で都市を構想し、絵図面を起こしてゆく。

 どこの川を水源にするとか、どうやって水路網を張り巡らせるとか、下水の処理経路とか。

 まずは水に関するもの。

 次に街路の区割り、それから建造物の縄張り。

 もうね。

 見事としか言い様がない都市計画でしたわー。

 効率的かつ機能的で、そのくせちゃんと余裕もあって将来的な発展も視野に入っている。

札幌市(うち)の市長になってほしいくらいだね」

「むしろ知事ではないかのう。リオンなら北海道を大躍進させられそうじゃ」

「十万以下の街造りと百万都市じゃ全然違う。これはコンパクトシティ構想をベースにしているから、札幌には使えない」

「あ、はい」

 私とティアマトのタワゴトに、リオンが律儀に応えてくれた。

 なんで女子高生がコンパクトシティ構想なんて言葉を知っているのか。

 全国で始めて財政破綻した自治体、夕張(ゆうばり)市。この市長となったのは全国最年少の市長、鈴木直道(すずき なおみち)氏である。

 彼の掲げたのがコンパクトシティ構想。

 ようするに少子高齢化と財政破綻後の人口流出を睨んだ都市作りで、市役所や商店、住宅などを点在させずに一ヶ所に集約してしまおうという計画だ。

 徒歩圏内にすべてがあれば、もちろん住民たちは暮らしやすい。行政としては支出が抑えられる。

 これをリオンは応用した。

 もともと自動車などがあるわけではないこの世界の話である。

 かなり有効なんじゃないかな。

 断言してあげられないのは大人として情けないが、そもそも夕張だってまだ結果は出ていない。

 すべてはこれからにかかっているのだ。

「まあ夕張よりはなんとかなるじゃろ。なにしろ人件費がかからぬ上に、住民がすべてリオンに絶対の忠誠を誓っておるのじゃしな」

 たしかに魔王と市長は違う。

 前者は絶対的な権力をもった専制君主なのだから。

 とはいえ、

「身も蓋もないよ。ティア」

 苦笑する私だった。



参考資料


北海道夕張市ホームページより

地域再生計画

参照URL:

https://www.city.yubari.lg.jp/gyoseijoho/shisakukeikaku/kihonkosokeikaku/chiikisaiseikeikaku.html


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