神殺し! 1
容易に仕掛けてこない。
対峙している四名を警戒しているためだろう。
勇者エン、魔王リオン、魔法少女エミル、そして麗しの竜姫ティアマト。
チート持ちの転移者たちだ。
いかな現地神といえども、楽勝の相手ではないだろう。
私の周囲は、ベイズ、ヒエロニュムス、シールズが固めている。
間合いを計り、じりじりとエンが距離を詰める。
彼の背後を守るように立ったリオンの周囲に、闇色の光球が浮かぶ。
「てめえら……俺が与えてやった権能で俺と戦おうってのか……」
天使のような容貌には似つかわしくない声を絞り出す現地神。
これは、相当かっかしているな。
「与えてやった、ね。ずいぶん上から目線だけど、それはあなたの都合ではないですかね」
思惑どおりに動かすための力。
将棋やチェスの駒のようなものだ。
桂馬には桂馬の、クイーンにはクイーンの能力があり、動き方がある。
ゲームなら。
「人間は駒じゃない。だから思い通りに動くとは限らない。ただそれだけのことだと、私は思いますよ」
「風間エイジぃぃぃっ!!!」
私の言葉に激昂して突っ込んでくる。
荒れ狂う雷光。
だがそれは、ヒエロニュムスによってことごとく軌道を変えられる。
さすがだけど、無茶苦茶だなあ。
「妖精猫ごときが邪魔をするか!」
特大の雷が迫る。
さすがに反らせない。
が、跳躍したベイズの牙が雷光を切り裂いた!
こいつもいい加減、無茶苦茶だよね!
「……あまり長くは保たないぞ。エイジ卿。二人ともかなり無理をしている」
私の耳に唇を寄せたシールズがささやくように言った。
知っている。
ベイズもヒエロニュムスも、人間などよりずっと強いが、チート持ちというわけではない。
仮にも神たるものの攻撃を、何度もは受けられないだろう。
「大丈夫です」
安心させるように微笑した直後。
「ぐあああああ!?」
現地神の絶叫がとどろいた。
背中の翼が一枚、ぼとりと落ちる。
死神の鎌のような形の刃を杖から出したエミルが、背後に忍び寄っていたのである。
「こんな美少女を放って動物と遊ぶとか。きみモテないでしょ」
婉然たる微笑。
「てめえ!」
振り返り一撃を加えようとする。
「あんた。あんまり痛みに慣れてないな」
その目前を銀光が横切った。
現地神の胸を真一文字に切り裂いて。
噴き上がる鮮血。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
エンである。
追い打ちをかけず、二転三転と蜻蛉を切って距離を取る。
次の瞬間。
数十に及ぶ闇の光弾が降り注いだ。
リオンの攻撃魔法である。
爆炎が現地神の姿を隠す。
ティアマトが口を開いた。
放たれる閃光の吐息。
光り輝く剣を持った右腕を吹き飛ばす。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
三度響き渡る絶叫。
「うっさいわ」
ぶんと振られた尻尾が、現地神の身体を横薙ぎにした。
地面と接吻しながら吹き飛んでゆく。
圧倒的である。
が、やはりティアマトたちは追い打ちをかけない。
慎重に距離を測り続ける。
おそらく現地神は実力の万分の一も出していないゆえに。
「くそっ! くそっ!」
翼を一枚失い、胸を切り裂かれ、右腕をなくした状態で、それでも現地神は立ちあがる。
瞳に涙がたまっているのは、エンがいうとおり痛みに慣れていないからなのだろう。
「この身体じゃだめだ。耐久力が低すぎる」
吐き捨てると同時に、現地神の身体が変化した。
一瞬にして。
巨大な竜へと。
全長は十メートルはあろうかという漆黒の身体。
巨体を支える四本の足は、千年杉のように太く、長剣のような爪もついている。
尻尾も、私が三人で腕を回してもとどかないような太さだ。
「へ……これなら思う存分てめらを料理できる」
長い首の上に乗った頭が口を開いた。
凶悪そうな顔。
びっしりと生えた牙。
悪竜というイメージそのままである。
「現地神は本性をあらわした、じゃな」
にやりとティアマトが笑う。
とはいえ、その言葉ほど余裕がないのも事実だろう。
彼女はここまで、チート持ちという要素以外にもドラゴンという特性を活かして戦ってきた。
最強の種族として。
現地神が人の姿を捨てたからには、ティアマトのアドバンテージは消滅したといって良い。
そしてだいたいにおいて、身体の大きさの差というのはそのまま戦力差である。
小兵が巨漢に勝利するのは稀で、だからこそ目立つし賞賛されるのだ。
ティアマトの体長は尻尾を含めても二メートルすこし。
現地神のそれは十メートル。
これではちょっと勝負にならないだろう。
他のメンバーも同じだ。
エンが私と同じ百七十五センチくらいだし、リオンは百五十センチをこえる程度。エミルに至っては百四十あるかないかだ。
いくらチート持ちとはいえ、いささか厳しい。
「もうてめえらなんか怖くも何ともねえ」
「つまり、いままでは怖かったってことですね」
間髪入れず、私は揚げ足を取った。
かつてサイファに教わったことだ。
強い方に冷静な判断などされたら勝ち目なんかない、と。
ぜひ現地神には取り乱して欲しい。
だから私は、ここで切り札を切る。
「あなたに勝機なんか最初からないんですよ。現地神」
「んだと?」
「判りませんか? 監察官が仕掛けた罠ですよ」
「監察官だと! あのやせ狐になにができる! 小細工でてめえを生き返らせただけだろうが!!」
「教えてあげますよ。あなたを滅ぼすために練られたシナリオを」
勿体つけて言葉を切る。
「私の名は風間エイジ。ティアマトの本当の名は三嶋アヤノ」
リオンは児玉理緒。
六条燕。紫藤えみる。
監察官が紹介し、現地神がこの世界に招き入れた五人の転移者。
「きた順番に苗字の最初の一文字を、日本語で繋げて読んでみてくださいよ。あなたの末路が判りますよ」
か、み、こ、ろ、し。
神殺しだ。
私がこの符合に気付いたのは、そう昔の話ではない。
具体的には、リオンと会ったときに少し違和感をおぼえたのだ。
また日本人なのか、と。
そのときはそれだけ。
エンが現れたときも同様に感じた。そして、監察官が現地神にどうして日本人ばかり紹介するのかと疑問を持った。
私と共感が高そうな人物。そういう人物をセレクトして紹介しているのではないか。
それは何故か。
そこまで思いが至れば、監察官と私の間にあった、推理小説の謎解きのような場面を思い出すのは容易だった。
彼女はメッセージを送っている。
私なら読み解けると期待して。
かなり悩んで解読した。どんな複雑な暗号が隠されているのかと。
最初の一文字、なんて子供だましみたいな符丁だと気付いたときは失笑しそうになったほどである。
しかし、それにはやはり重大な意味が隠されていたのだ。
この世界にいる異世界人が私とティアマトだけだったなら、このメッセージは送られなかったのだから。
だから最後のひとり、エミル女史の名前が重要だった。
彼女の一文字を繋げて、意味のある言葉にならないように、じつは祈っていた。
その願いはどうやら届かなかったが。
「お判りですか。現地神。私たち五人は『チーム神殺し』。あなたを滅ぼすため、監察官によって組織されたチームなんですよ」
指を突きつけてやる。
これが私の切り札。
戦うことのできない、内政もできない、魔法も使えない私が唯一持っている力。
監察官との交流の経験だ。
「ふざけんなよてめえ! ※※※※・※※・※※!!」
空に向けて現地神が叫ぶ。
私には理解できない。聞き取ることすらできない言葉を。
監察官の名だろうか。
判らない。
私に判ることは、たったひとつだけ。
現地神の注意が逸れたということだけだ。
「みんな! チャンスだ!!」
呼応するように、一斉に仲間たちが襲いかかった。