錯綜する思惑 10
エミル女史を使った策も失敗した。
「そこで、さっきのティアちゃんの質問に戻るんだけどね。あれがエイジくんを殺すために直接くればってやつ」
「んむ」
「結論から言えばできないわけじゃないのよ」
現地神にしても監察官にしても、私たちと同じ次元に存在しているわけではない。
ゆえに、彼らは私たちを直接手にかけることはできない。
逆にいえば、私たちが彼らに手を出すこともできない。
しかし、ある条件を満たせば、それは可能になる。
「この世界に降臨する、とか?」
「はい正解」
に、と魔法少女が笑う。
その姿にその笑い方は似合わないと思います。はい。
すげー邪悪そうにみえるんですけど!
「ただそれは、あれにとっては、かなりやりたくないことなの。どうしてか判る?」
「不死性が失われるから、じゃな」
ティアマトの言葉は、簡にして要をえていた。
受肉を果たす。それは、とりもなおさず、この世界の存在となるということ。
存在する以上、滅びがあるのは道理だ。
無謬ではいられない。
「まあ、もともと失敗続きで、無謬性なんて全然ないんだけどさ。命をもっちゃったら、絶対に死なないっていう優位すらなくしちゃうじゃない」
つまり、私を殺そうとしても、失敗して逆に殺されてしまう可能性があるということだ。
同じ土俵に立つとは、そういうこと。
自分は絶対安全圏にいて、好き放題攻撃するというわけにはいかなくなる。
おもわず、私は小さく笑ってしまった。
「どうしたの? エイジくん」
「いや。なんとなく現地神の姿が、ネットで他人を悪く言う叩き屋と重なりましてね」
インターネットの世界は、基本的に匿名だ。
自分の氏素性を隠すことができるし、本名を語るような場でもない。
そういう空間には、ものすごく強気な人間が存在する。
他人の発言に対して、鬼の首でも獲ったかのように叩くような連中だ。
ものすごく立派な論拠を挙げたりしてね。
あれ、匿名だからできるんだよね。
そういう連中の首根っこを掴まえて、公開討論とかの舞台に放りだしたらどうなるか。
ひとつの発言が自分の進退や、あるいは社会的な生命に関わるような場所で、同じことができるか。
「できるわけがないじゃろ。そもそもそれは筋が違うしの。彼らにとってネットは遊びじゃし、憂さ晴らしの場じゃよ。べつに真剣にやっているわけでも、深刻な憎悪をもって叩いているわけでもないのじゃからな」
身も蓋もないことをいうなぁ。
ティアマトさんや。
「こっちがどんなに真剣にやっていても、茶化す人間ってのはいるからねぇ」
エミルさんまで。
あなたたちは達観しすぎだと思いまーす。
「ま。それを許せるエイジではないじゃろうな。だからこそ、汝は現地神の天敵なのじゃよ」
ティアマトが笑う。
それは褒められたと思って良いのでせうか。
「便利な道具や知識を余所からもってきて簡単に解決しちゃおうってやつと、不便でも大変でも良いから、その場にいる人たちでなんとかしようって考えるやつ。そりが合うわけないよねー」
「んむ。じゃが現地神の我慢もそろそろ限界なのではないかの? 面接をしてまで送り込んだエミルすら抱き込まれたのじゃから」
「だろうね。わたしはもともとあれの味方ってわけじゃないけど」
「むしろ、汝はなんでこの世界にきたのじゃ?」
あ、それは私も疑問だよ。
現地神のやり方に懐疑的で、協力といっても形だけしかしない。
まさか本当に、魔法少女がやりたかっただけ、というふざけた理由ではあるまい。
「ん? 観光だよ? 魔法少女もやりたかったし。こっちで死んだら元の時間に戻してくれるっていうし」
ふざけた理由でした!
私が考えていた以上にふざけた理由でした!
「……いや、汝がそれで良いなら良いのじゃがの……」
ティアマトすら呆れている。
人間以外をやってみたかった、という理由だけでドラゴンになった人にまで呆れられる魔法少女。
剛の者だなぁ。
「いやいや。エイジくんだって、最初の動機は面白そうだからってのでしょ」
う。
いや。
はい。さーせん。
その通りです。
私もスタートは物見遊山でした。
でも、いつからだろう。こんなに真剣になってしまった。
何がなんでもこの世界を救いたいと思ってしまった。
勇者殿。きみもそうだったのかな?
私はきみの遺志を、ちゃんと継げているかな?
「とにかくさ、あれが追い込まれているのはたしかだよ。さらに召還を繰り返すのか。それとも自分が出馬するのか。もういっそ諦めちゃって、流れに身を任せるのか」
「私としては、ぜひ三番目を選択して欲しいのですが」
「それは最も可能性が低いのではないかのう」
苦笑するティアマト。
まったくだ。
そういう選択ができるなら、そもそも最初から誰も召還したりしない。
つまり、まだまだ厄介なお客さんは押しかけてくる可能性があるということである。
「いや。もうきたようじゃな」
言うが早いか、ぐんと加速するティアマト。
視界の先。
魔軍本隊の方から黒煙が上がっている。
「襲撃されてる!?」
「そのようじゃ。何者かは知らぬがの」
「何者かは……わかるよ」
「エミルさん?」
「あれさ。どうやら、二つ目を選んだみたいだね」
魔法少女の声が後方へと流れていった。
魔軍の先頭集団を襲ったのは、人間ではなかった。
モンスターでもなかった。
六対の純白の翼を持ち、手には光り輝く長剣を掲げた少年。
地球人であれば、天使と呼称するかもしれない造型。
突如として中空に出現した。
「どいつもこいつも……バカにしやがって……」
呟きとともに放たれた雷光が、魔軍を薙ぎ払う。
消し飛ぶ数百のモンスター。
私たちが目撃したのは、そのシーンである。
エミルが降ったことに気づき、とうとう堪忍袋の緒が切れたのだろう。
「ティア!」
「んむ。二発目は撃たせぬ。しっかり掴まっておれ」
口を開いたティアマトから放たれる閃光!
少年が掲げた剣に弾かれて空へと消えてゆく。
「風間エイジぃぃ!!」
叫び。
やっべ。
なんかピンポイントに私狙い?
翼をはためかせこちらに向かおうとする。
「蛇縛」
その腕に、足に、漆黒の蛇が絡みついた。
リオンの魔法である。
無事だったか。よかった。
そのまま地上に引きずり降ろそうと、無数の蛇たちが次々に絡みついてゆく。
「鬱陶しい! この半端者の役立たずが!」
剣の一振り。
蛇たちが断ち切られる。
そしてそのままリオンへと振り下ろされる長剣。
音高く弾いたのは、エンだ。
リオンの前に敢然と立ち、一歩も退かない構えである。
「リオンには指一本触れさせないぞ!」
天使を睨みつける勇者。
「まだ生きてたのかよ。小僧。てめえの役割はもうねえよ。とっとと帰れ」
「なんだとっ!?」
再び生まれた雷光が降り注ぐ。
が、リオンもエンにも当たらずに大地を穿った。
シールズ嬢を背中にかばったヒエロニュムスだ。
おそらくは彼が魔法に干渉して狙いをずらしたのだろう。
その隙を突いて、私とティアマト、そしてエミル女史が戦域に躍り込んだ。
「みんな! 無事かいっ!」
背から飛び降り、地面を転がって受け身を取りながら、私は仲間たちに声をかける。
ティアマトと天使が睨み合う。
杖のようなものから降りたエミル女史が、ティアマトの横に立つ。
リオンとエンも。
私を含めて転移者五名。
そろい踏みだ。
「てめえら……」
憎々しげに言い放つが、天使はすぐに攻撃してこない。
たぶん、最もティアマトを警戒しているのだろう。
救世主の最有力候補。
本来、彼女ひとりですべてが解決できるだけの力が与えられていたのだから。
しかし、そうはならなかった。
「ついに出てきましたね。現地神」
起きあがり、睨みつけた。
「風間エイジ……っ!」
憎々しげな声。
たしかにあんたは私を憎んでいるだろうね。
でもね、それは私も同じだよ。
亡くなった義弟をこき使い、彼の治績を否定し、私の恋人にまで重荷を背負わせた。
すっと息を吸い、吐き出す。
「覚悟はできてるだろうな。現地神」
粗野な言葉とともに。