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錯綜する思惑 8


 紫藤えみる。

 東京都在住の主婦だったらしい。

 そして魔法少女オタクだったらしい。

 モモとかマミとかエミとかいっていたが、私の乏しい知識では、それがなにか判らない。

「一九八二、一九八三、一九八五。これで察せよ」

「……うん。なんかいろいろ触れちゃいけない領域だってのは判ったよ」

 ともあれ、魔法少女に憧れる主婦は、現地神によって召還された。

 その際に与えられた使命は、モンスターと人間との戦いを勃発させるというものだった。

 彼女は当然のように拒否する。

「そんなばかばかしい仕事なんかできないって拒否したの! そしたらこの世界で自由に生きて良いって! どんな姿にもしてやるって条件を出してきたの!」

 はい。

 それでそのお姿なのですね。

 小学校五年生くらいというのが、きっと譲れないゾーンなのですね。

「それで前後の事情をきいてみたんだけど! あれ(・・)はおもいっきりバカだね! ここまできたら戦争なんか起きないし起こしても意味がないって教えてあげたのに! まったく聞かないんだよ!」

 この人、現地神をバカ扱いしてますよ。

 たぶんね、おそらくね、この方は私より年長ですよ。

 知識も経験も私なんかよりずっと上ですよ。

 指摘しないけどね!

 怖いから!

「結局、足止め程度の効果ならあるんじゃないっていったらさ! じゃあそれでもいいからって話になって! どうよ!」

 どうよて……。

 むしろそのテンションでしゃべり続けて疲れませんか? 紫藤女史。

「もう現地神がなりふりかまっていない、というのは理解できました。意地になっているのでしょうか」

「そうそう! そんな感じだよ! エイジお兄ちゃん!」

「お兄ちゃん……」

 なんだこの違和感。

 コスプレものの風俗店(イメクラ)に行ったときのようなといえばご理解いただけるだろうか。

「行ったことがあるのかや? エイジや」

「みみみ耳学問だよ。いいいいやだなぁ。ティアマトさん。私がそんなところに行くわけがないじゃないですかっ」

「何を焦っておるのやら。べつに我は気にせぬぞ。素人に手を出したり不倫に走られるよりはずっとマシじゃ。後腐れもないし病気の心配もすくないしの」

「放任されすぎじゃないですか? 私」

 かなしいよ。

 もうちょっとしばってよ。

「めんどくさいやつじゃのう」

「うん。私はめんどくさい男なんだ」

「あとで鞭でも縄でも木馬でもくれてやるから。それで我慢せい」

「そういう物理的なものじゃないよっ!」

 猛烈に抗議する私をぽいっと捨てて、紫藤女史に向き直るティアマト。

「そんなことより、肉体は変わっても精神は同じはずじゃ。四捨五入すれば五十になろうという者が、三十代に対してお兄ちゃんはないと思うのじゃがな。エミルとやら」

「うん。ちょっと反省してる」

 うおう。

 紫藤女史の声が変わった。子供特有のかん高い声から、成人女性の落ち着いたそれに。

 これはこれで違和感ありまくりだよ。

「わたしがあれ(・・)から感じたのも焦りだったわ。打つ手打つ手空回りして、思惑とはまったく違う方向に進んで、かなり苛ついてた印象ね」

 魔法少女が腕を組む。

「ふむ」

 私も同様のポーズをした。

 モステールの街の中央広場。

 向かい合わせに立って腕を組んだ冒険者風の男と、奇妙な格好をした少女。

 なんだこの絵図ってシーンである。

「他人事みたいにいってるけど、あれ(・・)の怒りはおもにあなたに向けられたものよ。エイジくん」

「私ですか?」

「そう。員数外の召還者。世界を救う勇者にくっついたオマケだったはずの存在。そのあなたが、いつの間にか事態の中心にいる。あれの思惑をことごとくひっくり返し、あれがつけた道筋をことごとく踏み外す」

 歌うように告げる。

「いや、しかしですね。紫藤さん」

「エミルでいいよ。エイジくん」

「ではエミルさん。私のやったことなど些細なものです。現地神が気にするようなことですか?」

 いくつかの食べ物を紹介した。

 食べ方を紹介した。

 どうして脚気が蔓延しているのか、それを教えた。

 それだけ。

 私の教えたことを理解し、噛み砕き、呑み込んで、解法を広めていったのは、まぎれもなくこの世界に住まう人々だ。

 アズールでは、ミエロン氏、ガリシュ氏、サイファくん。そしてラインハルト王。

 ノルーアでは、マードック一座の面々。

 枝豆も、ギャグド肉も、ずんだ餅も、大豆料理も、彼らの力がなくては広がらなかった。

 この世界の人々は、自らの手で自らを救うのだ。

 特別な何かに救ってもらう必要なんかない。

「それ。それが気にくわないって感じだったわね」

「なんですかそれは……」

 びしっと指をさすエミルに、私は肩をすくめてみせる。

 他人を指さしちゃいけません。

「むしろ、そんなに気にいらぬのならば、現地神自らが殺しに来れば良いと思うのじゃがのう」

 びったんびったんと尻尾で地面を打ちながら、ティアマトが鼻息を荒げる。

 これはかなりの不快感っぽい。

 私にはわかるよ。

「ああ。それなんだけどね……」

「エイジさまー!!」

 なにか言いかけるエミルをさえぎって声が響く。

 視線を転じると、城の方に舞い上がる砂煙。

 単騎駆けで接近してくる人影。

 馬上の人物に、私は見覚えがあった。

 モステールを救った英雄、アガメムノン伯爵その人である。

「伯爵閣下! お久しぶりです!!」

 大きく手を振り返す。




 伯爵が現れた以上、立ち話というわけにもいかない。

 すぐにアガメンノン家の居城に移動することになった。

 なんと、馬を下りた伯爵自身の案内で。

 おそれおおいことである。

「ところで、こちらは?」

「面妖な格好をしておるが、こんなんでも神仙(ハミット)のひとりじゃ。名はエミルじゃな」

 アガメムノン伯爵の問いに、えらくおざなりな解答をするティアマトだった。

「……神仙にも様々な方がおられるのですなぁ」

「ちなみに、エイジよりもはるかに年長じゃ」

「……神仙にもいろいろおられるのですなぁ」

 あなたの慨嘆は良く判りますよ。伯爵。

 ふりっふり魔法少女スタイルの少女。

 でも中身は四十代後半の女性。

 慣れましょう。お互いに。

「それで、どうしてモステールへ?」

 居城の客間に腰を落ち着け、アガメムノン伯爵が質問した。

 息子さんのことをまず訊かないあたり、やっぱりこの人は公人なのだなぁ。

 元気にしていることを教えてあげないと。

「先行偵察です。三日後に魔軍がここを通過しますので。先触れの意味もあります」

 簡単に応えた後、リューイは魔王城の譲渡事務責任者として、王国政府要人とともにガネス城に残った事を伝える。

 大功(たいこう)である。

 魔王城の無血占領。

 神仙の従者として大過なく任を果たし、ノルーア王国に巨大な利益をもたらした。

「あれは、役に立ちましたかな?」

 すごく淡々とした言葉だが、鉄面皮の下にちらっちらっと父親としての顔が見えている。

「ええ。もちろん。リューイ卿がいなかったら、私などとっくに野垂れ死んでいますよ」

「ご謙遜ですな」

 笑い合う。

 ちょっとした社交辞令は、潤滑剤のようなものだ。

「それにしても、三日後ですか。いよいよですな」

 モステールより北に、もう人間の街は存在しない。

 街道もここまでだ。

 もちろん西へはアズールへと続く道が伸びているが。

「はい。やっとここまできました」

 ノルーア王国からモンスターの脅威を取り除く。

 じつはこれ、やっとスタートラインなのである。

 この国の脚気対策について、私はまだ手すらつけていないのだ。

 回り道にもほどがあるって話だろう。

 誰の思惑かは知らないけど、本気で世界を救う気があるのか問いたいくらいですよ。

「モンスターたちは街には入りませんが、念のため街門は閉めておいてください。万が一にも事故が起きないように」

「ええ。それはもちろん」

 いくつか、事務的な確認をおこなう。

 あれ?

 これってべつに城までこなくても、立ち話で良かったんじゃね?



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