錯綜する思惑 7
私は飛んでいた。
「私とんじゃうー」とか、比喩的な意味でなく。ふつうに空を。
「我と出会った奇跡が胸に溢れるじゃろう?」
「自由には飛べてないよ!? すげー不自由だよ! 無茶苦茶こわいよ!」
なにしろティアマトの背中にしがみついてるだけです。
後ろから首に腕を回して抱きしめるというシチュエーションにときめく人は、もしかしたら世の中にいるかもしれないが、対象がドラゴンではないはずだ。
先行偵察である。
ラブシーンではまったくない。
「べつに風が吹き付けてくるわけでもないし、普通に会話もできる。快適な空の旅ではないか」
高度百メートルくらいを高速で飛ぶのが快適だなどと、私は絶対に認めないぞ。
シートベルトとかないんだよ?
ティアマトがタワムレに背面飛行とかしちゃったら、私真っ逆さまに落ちちゃうんだよ?
なんでも、ばっさばっさと翼を動かして飛ぶのではなく魔法で飛んでいるらしい。
まあ、どう考えてもこんな小さな翼で揚力は得られないよね。
ちなみに彼女が翼を動かして飛んでいるシーンを私は幾度も目撃しているが、あれは様式美なんだってさ!
すごくどうでも良いですねっ!
そーいえば、北海道の自衛隊にも配備されているF-15戦闘機も、翼が片方もげたくらいでは墜落しないらしいよ。
エンジンのパワーだけで飛び続けられるんだって。
なんのために翼ってあるんだろうねー。
「怖すぎて思考がおかしなことになっておるようじゃが。漏らすでないぞ? 三十代のオッサンの失禁シーンなど誰も喜ばぬ」
「何歳でも喜ばないよ!」
「そこはそれ。いろんな趣味の者がおるでのう」
「なんで謎の理解を示そうとしているのか。さっぱり判らないよ!」
「めんどくさいオッサンじゃのう。さて、そろそろモステールが見えてきたようじゃな」
「え? もう?」
飛び立ってから、まだそんなに時間は経っていない。
モステールなんて、三日後の目的地じゃないか。
「時速三百キロほどで飛んでおるからの。北海道新幹線より速いのじゃ」
「どうしてそれと比較したのか……」
「さすがに音の壁は超えられぬでの。勝てるものとの比較でなければ悔しいであろ?」
君の判断基準が意味不明すぎるよ。
徐々に街並みが近づいてくる。
上空から見ると、歪んだ円形なんだね。モステールって。
中心部にあるアガメムノン伯爵の居城には見覚えがあるぞ。
あー あの中央広場で戦勝の大宴会をやったんだよなぁ。
やたら懐かしく感じるけど、あれからまだ一ヶ月も経っていない。
私の人生、波瀾万丈すぎる。
「ふむ。なにやら騒ぎが起きておるようじゃな」
中央広場に人だかりができている。
なんだろう。
声までは聞き取れないけど、なんか剣呑な雰囲気だ。
青年は、切々と訴える。
魔軍の脅威を。
彼の足元には小さな子供。
ぼろぼろの衣服。ぼさぼさの髪。垢じみた肌。
この子供は、魔軍に滅ぼされた村の孤児だという。
旅の途中でその子を拾い、青年はモステールまで保護してきた。
そこで魔軍がもうすぐこの街に到着するという噂を耳にした。
「信じてはいけない! モンスターの言うことなど! 奴らは甘い言葉で人に取り入り、破滅に導くんだ!」
中央広場に集まった人々が反論する。
「モンスターは人間の敵! そんなことは判っている! だからこの国から出て行ってもらうんだろ!」
「馬鹿な! そんなに易々と立ち去るわけがない!」
青年の声が熱を帯びる。
「油断してはいけない! これは罠だ!」
「罠のわけないだろ! 神仙さまが魔王と交渉してくれたんだよ!!」
民衆もヒートアップしてゆく。
群集心理だ。
同時に、彼らも魔物は怖いのである。
ここモステールだって、つい先日にモンスターの襲撃を受けている。
その恐怖を忘れてなどいない。
「どうして神仙とやらが信用できる!? やつらの仲間かもしれないじゃないか!!」
「ふざけるな!!」
一触即発。
いつ暴動になってもおかしくない。
私とティアマトが着陸したとき、中央広場はそのような状況であった。
「信用できるのかと問われれば、信用してもらわぬ事には話が進まぬとしか応えようがないのう」
開口一番、ティアマトが人を食ったようなことを言う。
もうちょっと言葉を選んでも良かったのよ?
どよめきが広場を満たしてゆく。
ティアマトさま……とか。
麗しの竜姫……とか。
「あー 私もいますんで。いちおう」
相棒の背から降り、挨拶する。
ひらり颯爽と、というわけにはいかない。
膝笑っちゃってるし。
「エイジさま!」
駆け寄ってくる人影。
たしか飲み屋のオヤジさんだったかな。
名前までは憶えてないけど、顔には見覚えがある。
「ご無沙汰しております。息災でしたでしょうか」
「エイジさまのおかげをもちまして」
定型通りの挨拶を交わし、私は青年に視線を向ける。
可哀想に、すっかり置き去りである。
「なんで……ここに……?」
しかも、怯えたように私を見ている。
ちょっと待って。
じゃすとあもーめんとぷりーず。
なんで怯えるんですかね。
「それ以前の問題として、どうして私の顔を知っているか。まずはそのあたりから伺いましょうか」
にっこりと笑ってみせる。
「ひぃっ」
「うわぁっ!?」
悲鳴は同時。
ひとつは青年のもの。もうひとつは、なんと私が発したものだ。
なんと、青年は悲鳴とともに崩れ落ちてしまったのである。
膝をつくとか、OTLみたいなポーズを取るとか、そういう可愛らしい話ではなく。
文字通り、さらさらと。
砂の城が波に浸食されるように。
なんこれっ!?
「魔法のひとつじゃよ。理屈はゴーレムなどと一緒じゃな」
一緒じゃなて。
それだけじゃなんのことかさっぱりですて。ティアマトさん。
助けを求めるように相棒を見る。
しれっと無視されました。
「さて、なにゆえ感情魔術などを用いた?」
「どうして判った……?」
地の底から響くような低い声は、なんと子供が発したものだった。
外見に似つかわしくなさすぎる!
「べつに難しいことでもなかろ? 小さな子を保護するようなお人好しが、その子を汚い格好のままでおくものかや?」
おおう。
名探偵ティアマトだ。
そのまま、威嚇するように一声吠える。
竜語魔法だったかな?
人間には使えないような高度な魔法を可能にしているらしい。
広範囲解呪魔法。
子供の姿が薄れ、立っていたのは、やはり少女だ。
年の頃ならリオンより下。
小学生くらいだろうか。
なんかやたらとラブリーな格好をしてる。
魔法少女とか、それ系のヤツ。
はっきりいって世界観にまったくそぐわない。あと、先ほどの声は、小学生のものとは思えなかった。
「紫藤えみるだよ! よろしくね!」
なんかポーズをつけてる。
声もかん高くなってる。
なんなんだ?
「んむ……これは説明して良いものかどうか……」
「どういうことだい? ティア」
「我はこの世界に来るとき、この姿になることを選んだ。目の前のアレも、選んだということじゃよ……」
何故か少女から目をそらしながら言う。
なんというか、とても痛々しいものから目を背けているような、そんな表情である。
「どうしてエモーショナルマジックを使ったか。そういう質問だったわね!」
「ア、ハイ」
ティアマトが相手をしたくなさそうなので、私が応対するしかない。
「悪い感情を蔓延させて、この街に立ち寄ったあなた達と争わせる予定だったのよ!」
「そーなんですかー」
そういう陰謀を、すげー軽いのりで言っちゃっていいんですかねぇ。
私まで疲れてきたぞ。
「上手くいくわけないんだけどね!」
うわ。
ぶっちゃけちゃったよ。この人。
「失敗するって判っていてやったんですか?」
「わたしがこの世界で自由に生きる条件が、神の頼みをひとつきくってものだったからね!」
「えー なにそれー」