魔王さまは女子高生! 10
さて、明けて翌日のこと。
私たちは連れだって王宮を訪れた。
アズールの王城と遜色ない規模で、いかにも中世ファンタジーって感じの城である。
夕張のメロン城とかよりもずっと立派だ。
「アガメムノン伯爵が一子、リューイである。陛下に目通り願いたい」
朗々たる口調で伯爵令息が来意を告げる。
もちろん門兵には話が通っているのだろう。
うやうやしく頭を下げ、兵士が私たち五人を案内する。
私がちょっとびびっちゃったのは、王城で殺されるというポカをかつてやらかしたから。
わりとトラウマなのである。
どんなに歓待されても、出された食事も飲み物も絶対に口に入れないぞ。
広い廊下を歩く。
先頭は案内役の兵士。
その後ろにリューイ、私とティアマトが並んで続き、最後列がリオンとベイズだ。
豪華でありながらも無機質さを感じるのは、公的な施設だからだろう。
区役所とかもそうだし。
カウンターに花を飾ったりして、殺風景さをなんとかしようとしている気の利いた女性職員たちもいるが、気休め程度にしかなっていないのも事実だったりする。
そもそも役所なんて用がなければ行かない場所だ。
市民の憩いの場、とかではないのである。
私たちとしては、なんか困っちゃってるならウェルカム! という雰囲気にしたいのだが、どうしても堅苦しいイメージは払拭できない。
やがて一行は、大きな扉の前にたどり着いた。
リオンの城よりも二周りほど大きな扉。
さすが王城といったところだろう。
扉を大きくする理由って、私には判らないけど、こういうひとつひとつのアイテムで権威と格式を物語っているんじゃないかな。
その扉がゆっくりと開いてゆく。
「神仙エイジさま、ご入来!!」
美声が響いた。
おそらく式部官の。
こういう人ってどこの国にもいるし、やっぱり声に張りがあるよね。
私はすっと背筋を伸ばして、赤い絨毯の上を進んだ。
顔を動かさずに視線だけで、周囲を観察する。
居並ぶのは文武百官。
二十人ほどだろうか。
チームからリューイだけが離れ、武官の列にならぶ。
彼はこの国の人間だから。
階のうえに置かれた玉座、そこに座するのは当代のノルーア王、ライザーだ。
三十歩ほどの距離をおいて、私は足を止めた。
左側にはティアマトが並び、その後ろにリオンとベイズがいる。
膝はつかない。
私たちはノルーア王の国民ではないから、臣下の礼はとらないのである。
というより、特定の国の臣下だという印象を与えるのはまずい。
したがって普通に棒立ちだ。
「立ったまま御意を得ます。ライザー陛下」
「遠路、ご苦労様でした。神仙さま」
国王も起立まではしないが、丁寧な言葉遣いをする。
こういうときには礼儀が必要で、それを行ったからといってプライドが傷つくという類のものではない。
よくある異世界転移ものの作品では、国王に対してやたらとフランクな口を利いてるが、なんのためにそんなことをするのかけっこう疑問だったりする。
王様に失礼なことを言ったって、自分をひっくるめて誰も得をしないし。
大人になったら、最低限の損得勘定は必要だと思うよ?
「お話をする機会をいただき、感謝に堪えません。陛下」
「なんの。予も貴殿とは会ってみたいと思っていました。モステールでの活躍は耳に入っています」
「それはお耳汚しでした」
笑みを交わす。
このあたりは社交辞令のようなもの。
「して、此度は我がノルーアを救っていただく方策をおもちと伺いましたが」
「救うというほど大層な話ではありません。戦争を止めたいと思っているだけでして」
「なんと……」
「状況に関しては、アガメムノン伯爵やリューイ卿より聞き及んでおります」
「貴殿が魔軍を滅ぼしてくれるのですか?」
「まさか。それでは百五十年前の焼き直しですよ。陛下」
世界を崩壊寸前まで追い込んだ戦争。
その再現を、誰も望んだりしない。
人間だけでなく、モンスターたちだって同じだ。
「ではどのように?」
「魔王と会い、人の手の及ばない場所への移住を提案してみるつもりです」
「なんと! そんなことが!」
驚く国王。
まあ実際には、すでに魔王とは会ってるし、合意には至ってるんだけどね。
むしろ魔王ここにいるけどね!
わざわざ言う必要のないことだけど。
「結局のところ、生活圏が重なるから戦になる、と私は考えています。遠く知らない場所で、それぞれ勝手に生活していれば、戦など起きようがありませんからね」
「それは道理ですな」
国王陛下が笑う。
この理屈は、現代の地球でだって通じる。
たとえば世界には、貧困に苦しむ国があるし、戦乱で疲弊している国もある。独裁者に苦しめられている国だってあるだろう。
じゃあその国を救うために、日本は国が傾くほどの援助をおこないますかって話だ。
個人レベルで、私財を注ぎ込んで支援をする人はいるだろう。
寄付や募金をする人もいるだろう。
それは立派なことだし、尊いことではあるが、個人だから許されるという側面を持っている。
他国を救うために、日本という国そのものが飢えるのでは筋が違うのだ。
日本国は、まず日本人を救うことに全力を尽くさなくてはならない。
その上で、余力があれば他国を助ける。
徳の薄い言い様だけど、外国人労働者を優遇しすぎて日本人が仕事に就けないのでは本末転倒もいいところ。
ライザー王も同じである。
ノルーア王国と、その国民のことを第一に考えなくてはいけない。
正直、他の国がモンスターと戦おうと、それで疲弊しようと、対岸の火事なのだ。
間違った考え方ではまったくない。
彼には、この国と民を守る義務があるから。
「戦争。とくに国内での戦いなんて、良いこと一つもありませんしね」
「まったくです。モンスターどもがノルーアから退去してくれるなら、これに勝ることはありません」
勝ったところで、胴銭一枚の賠償金も得られない。
一平米の国土も増えない。
ただ人材と戦費を失うだけ。
これに馬鹿馬鹿しさを感じない人物だったら、交渉にもなんにもならないと思っていた。
ライザー王がそうでなくて幸いだ。
「しかし、エイジどの。そんなことが可能なのでしょうか」
ここで話ははじめて技術論に移る。
不可能ではない、という程度では困ると国王の顔に書いてあった。
「むろんですよ。陛下」
静かな自信をたたえて私が応えた。
なにしろもう成功していますから。
「魔王の説得は、私に任せていただいてまったく問題ありません。ただ、魔軍を移動させる際に攻撃などをされますと、事態は退っ引きならない方向に進んでしまいます」
ここは幾度も念を押さないといけない。
当たり前だけど、モンスターは無抵抗主義者じゃない。
攻撃なんかされたら反撃する。
そして反撃されたら、人間だって再攻撃しちゃう。
泥沼の戦いになるだろう。
ようするに私の提案とは、モンスターを大移動させるから、街道を空けてほしい、というものなのである。
「……あい判りました」
たっぷりの沈黙を挿入してから、国王が頷いた。
短期間とはいえ街道が使えなくなるデメリットを考えたのだろう。
それもまた当然だ。
結局のところ、このまま魔軍と戦い続けるか、それとも一時的な不利益と引き替えに立ち去ってもらうか。
そういう選択なのである。
「ご賢断、感謝いたします」
「なんの。感謝するのはこちらです。神仙さま。無用の血が流れずに済む」
「平和が一番ですから」
「まったくですね。ところで、街道はいつまで空ければよろしのですかな。あまり長期間となるといささか厳しいものがありますが」
「魔軍の移動準備が整いましたら使いを出しましょう。移動そのものは十日もかからないかと思います」
そういって、私はベイズを振り返る。
伝言役は、彼の俊足に期待だ。
軽く頷いて変身を解くベイズ。
謁見の間に出現する白銀の魔狼。
「委細承知だ」
腹に響く声。
「おお……おお……猛き星砕き……」
よたよたと玉座をたったライザー王が近づき、白銀の毛皮に触れる。
威に打たれたように、家臣たちが平伏する。
荘厳な宗教画のような光景だ。
ていうかさ。
あきらかに私より畏敬されてるよね! ベイズ卿!
子守担当のくせに!