魔王さまは女子高生! 9
ノルーアの国王、ライザーとの会見は思ったよりはやく実現した。
なんと、書簡を門兵に託した翌々日に、王宮からの使者が私たちの宿を訪れたのである。
スピード決済といってもはやすぎるだろう。
「すでにマードックが謁見を果たしたらしいです。王はエイジ様と父の活躍をいたく喜ばれ、ぜひ会ってみたいと語っていた由」
とは、使者の対応を引き受けてくれたリューイからの情報だ。
やるなぁマードック氏。
ちゃっかり王宮にも売り込んで公演をおこなったらしい。
おひねりとかもがっぽり稼いだんだべなー。
会ったらおごってもらおう。
王都ノルンにまだいれば、という話だけど。
「明日参内する旨を、使者には伝えておきました」
「ん? 今日はいかないのかい? リューイ」
まだ日は高い。
腕時計がないので正確な時間は判らないが、昼にもなっていないのである。
わざわざ明日まで延ばす理由が、私には判らなかった。
「身支度を整える時間が必要かなと思いまして」
「おうふ……」
そうでした。
私の格好は、いかにも新米冒険者といった感じ。
王様に会うって服装じゃなかったですね。
「せっかくだし、一緒に散髪屋に行きませんか? エイジさま」
「お。それはいいね」
リューイの提案に、けっこう伸びてきた襟足をさわりがなら私は頷いた。
この世界にきてから三ヶ月ほどが経過しようとしているが、いちども髪を切っていない。
髭だって、ナイフを大雑把にあてているだけ。
小綺麗とはお世辞にもいえないのである。
石鹸はあるんだけど、もちろん現代日本のもののような泡立ちはない。
木灰と動物性の脂を混ぜて固めただけだしねっ。
匂いとかだって良くないんだよ?
ちなみに地球世界でも、紀元前三千年くらいには石鹸の原型はできてたんだってさ。
古代ローマとメソポタミアで、同時くらいに偶然発見されたらしいよ。
で、八世紀ごろには専門の石鹸職人とかも現れたんだって。
ティアマトが言ってた!
ともあれ、こっちの世界にきてからというもの、私があまり身だしなみに気を遣ってこなかったのは事実だ。
ベイズやヒエロニュムスみたいに、自分で毛繕いってわけにはいかないのである。
「んむ。みっともなくない程度の容姿は必要じゃな。貴人に限らず、人に会うときは」
そんな言葉で、ティアマトは私たちを送り出してくれた。
後で合流してそれなりの服を見繕う予定も立てて。
もちろん仕立屋に頼んでオーダーメイドとか、そんな高級品じゃない。
貴族や豪商じゃないんだから。
多くの庶民と同じように、仕立て直されたり修理されたりした中古品で充分である。
それだってけっこう高いんだけどね。
ちなみに散髪というのは外科医がおこなうものだった、というのは地球でもわりと有名な話だ。
理容外科医、というやつである。
赤白青の理容院の看板は理容外科医の棒って呼ばれるのが原型らしい。
髪を切り、髭も剃ってもらってすっきりした私とリューイは、ティアマトたちと待ち合わせをして、ノルンの街を散策していた。
「男ぶりがあがったようじゃな」
「惚れ直したかい?」
「べつに汝の顔に惚れたわけでもないしの。男ぶり度数が一から一.一七にあがった程度で惚れ直したりはせぬよ」
「微妙な数値ですねっ! 小数点以下はなんなんですかね!」
「近似値じゃな」
「近似値ってなんだっけ?」
私は思いっきり文系なのです。
「正確な数値ではないけど、実用に差し支えない程度の誤差が含まれている数値よ」
応えてくれたのはリオンだ。
うん。
さっぱり判りません。
「……円周率とか」
「おおう」
具体例を出してくれたので判りやすい。
円周率は三.一四。でも割り切れる数字じゃない。だけど小数点以下何百桁とかまで計算したって意味がないから、便宜上三.一四ということにしている。
つまり私の男ぶりは、散髪したしたことで、一.一七倍ていどはあがったということである。
割り切れないから、小数点以下三桁の端数は考えずに。
あれ?
本気で微妙じゃないか?
髪を切ったくらいで二割近くもあがるって、元が悪すぎるってことなのかな。
それとも努力しても二割くらいが限界だよってことなのかな。
どよよーんと沈んでゆく私を、
「へんな大人」
と、リオンが小さく笑った。
ともあれ、服を買いました。
「なんじゃその取って付けたような説明は」
「だって、特筆するようなこともないじゃないか」
みすぼらしくない程度の服を購入して、着替えただけだ。
これで私が見目麗しい美少女とかだったら、試着シーンとか盛り上がるかもしれないが、三十過ぎのおっさんが服を選んでいる姿を見て、誰が喜ぶというのか。
「身も蓋もないのぅ」
「冒険者の服装なんて実用オンリーだからね。基本的に」
軍服などと同じである。
お洒落に着こなす、という類のものではない。
求められるのは機能性と実用性だ。
「というわりには、エイジさまの服装は決まっていますね。とてもF級……いえ、失礼いたしました」
言いかけて恐縮するリューイ。
そこまで言ったなら最後まで言っちゃえYO!
「んむ。剣の一本もまともに振れぬような者じゃとは、まったく思えぬの」
ティアマト……お前もか……。
「こやつは日本にいたときから、妙に服のセンスは良かったのじゃ。へんじゃろ?」
「へんな大人」
あんたらね……。
ベイズだけは、余計な茶々を入れずにいてくれるが、これは単に興味がないだけだろう。
道々買い込んだ串焼きなどを頬張っている。
「軍服ってのは、すべてのメンズファッションの源流なんだよ。つまり、実用に勝るお洒落はないってこと」
日本にいたとき、服装にミリタリーをちょっと取り入れるだけで、ぐっとお洒落になったりした。
このケースでは軍人を冒険者に置き換えれば良いだけだ。
街の中で着るような普段着のなかに、冒険者らしいアイテムを一つ二つ添える。
なめし皮の上着とか、腰の剣帯とか。
いかにも歴戦の冒険者でございって格好をしたところで、どだい私に似合うわけがないのである。
「素人っぽいのに服装に隙がない。静かな自信が感じられる。こいつかなりできるんじゃないか、と思いますよ。普通」
「見た目だけね」
べた褒めしてくれるリューイに苦笑を向ける。
才能を隠している達人、ではない。残念ながら。
本当に、掛け値なく、ずぶの素人である。
ちょっと戦ったら、すぐにばれちゃう。
「交渉には虚仮威しも必要じゃからな。その意味ではもうすでに戦いははじまっておると言って良いじゃろうな」
とは、ティアマトの台詞だ。
軽く見られない、というのはけっこう重要な要素である。
この貧乏人が! などと思われたらそもそも折衝すら始まらないのだ。
そんなわけで、一応リューイとリオンも服を買った。
奇をてらったものではなく、こざっぱりとした清潔感のある普通の服だ。
ティアマトとベイズは変身しているだけなので、べつに服は必要ない。
「手土産とかもあった方が良いんだろうけど、さすがに王様に渡せるようなものは売ってないだろうしね」
下手なものを渡しちゃうと、かえって不敬だと思われるかもしれないのだ。
ファンタジー作品なんかではスルーされちゃってるけど、不敬罪ってのはすんげー重い罪なのである。
冗談抜きに首が飛ぶほどの。
まあ、日本だって自分の勤めている会社の社長とかに失礼な口を利いたら、クビにされちゃう。
だいたい似たようなもんである。
王の前で跪かないで不敬を咎められ、キレて王族皆殺し。
なんて作品もあったけど、礼儀が必要な場面で礼儀を守れないなら、日本でだって生きていけなかったりするんだよ?
「んむ。礼儀は本音を隠す仮面ともいうしの。必要に応じて仮面をつけるのは、社会人の必須技能じゃろうて。我は汝。汝は我じゃ」
「ぺ……る……そ……」
ティアマトの言葉に応じて、私が変なポーズを取る。
BGMとかほしいなぁ。
「ねえ。日本の社会人って、そんなのでいいの?」
なまあたたかーい目でリオンが見ていた。