魔王さまは女子高生! 7
早朝。
旅装を調えていると、部屋に客があった。
ベイズを伴ったリオンだった。
まさか一緒に寝たのかっ!?
役得だな! ベイズ卿!!
羨ましいよ! ぜひ幸せになってね!
「御大将……お嬢……」
地の底から響くような声。
私の祝福を受け入れる気分ではないようである。
うん。
知ってた。ベイズ卿も扱い方がわかんないんだよね。
かなり人間と親しくなった魔狼だが、どっちかっていうと男同士の野蛮というか粗野な友情を好む。
モステールの街でも、アガメムノン伯爵と肩を組んで歌ってたくらいだ。
若い娘さんといちゃいちゃというのは、もっぱらヒエロニュムスの仕事である。
「微妙に険のある言い方ですな。エイジ卿」
ベイズの背後からひょいと顔を出す妖精猫。
なぜか人間モードだった。
そしてなぜかシールズ嬢と腕を組んでいた。
説明するなよ。
たのむから昨夜なにがあったかなんて、説明してくれるなよ。
私は君とは良い友人でいたいんだよ。
け。
「たのむ……ふたりからも説得してくれ……リオンも一緒に行くってきかないんだ……」
「おうふ……」
そうくるのか。
ベイズの言葉に、私とティアマトが顔を見合わせる。
「リオン。私たちは王都ノルンに向かうんだよ。君には君の仕事があるのじゃないかな?」
こほんと咳払いし、説得を試みる。
言葉を崩して、かといって粗暴にならないように。
「移動の準備はシールズに任せる。骨子はできあがっているのだから、あたしがいちいち指示を出す必要はない。それに、まだ貴方たちを完全に信用したわけでもない。王都に駆け込んでこの場所を伝えるって可能性も捨てきれない」
返ってきたのは、理路整然とした回答だった。
筋が通ってる。
私たちはべつに魔物の味方というわけではないのだ。
スタンスはむしろ人間寄りだろう。
「つまり、リオンは監視のために同行するというわけだね」
「そう」
「でも、それこそ部下に任せて良い仕事なんじゃないかな。シールズさんとか」
「彼女では事が荒立ったら対処が難しい」
いやいや。
充分強いでしょ。
ティアマトにあっさり負けちゃったけど、彼女は生物としておかしいし。
「んむ。我は最強じゃからの」
「褒めてないのよ?」
「あたしもティアと同じくらいの強さ。何かあったときに逃げることができるし、そのまま王都を滅ぼすこともできる」
物騒だなぁ。
とはいえ、条件としては当然だ。
魔軍が私たちに全幅の信頼を寄せる理由など存在しない。
密告まではしなくても、そのままどこかに行方をくらましちゃうかもしれないのである。
監視が必要だし、その人選だって限られてくる。
「もちろん、貴方たちにも人質を出してもらう」
「……だよね」
「その任は、小生が引き受けましょう」
主張するのはヒエロニュムスである。
それは少し痛いかも。
彼はパーティーの頭脳だし、戦闘中は私の護衛をしてくれる。
抜けられるとしんどい。
他に適任者は……。
ティアマトはダメ。文字通りチームの中心なのだから離脱は論外だ。
ベイズも無理。追跡等のエキスパートだし、ティアマトが戦わないときには主力なんだから。
リューイも案内役という仕事柄、残留は難しい。
抜けても大過ない人材なんて、
「私しかいないじゃないか」
なんて哀しい事実だ。
「汝は何を言っているのじゃ。たわけが」
「さーせん」
いちおう私には、国王と折衝するという仕事があるので、留守番というわけにはいかないんです。
「消去法で、小生しかおりますまい」
美髭を撫でながらヒエロニュムスが微笑した。
きざったらしい仕草がとても様になる。
仕方ないね。
「ベイズ卿。諦めてください。どうやら議論の余地はなさそうです」
「大将ぅぅぅ……」
頑張れ。
私には祈ることしかできないよ。
ところで、なんでリオンとシールズ嬢は視線を交わして笑ったのだろう。
なにやら後ろ暗い取引でもあったのだろうか。
たとえば、ベイズやヒエロニュムスの身柄に関するヤツね。
怖いから訊かないけど。
私とティアマトが並んで歩き、その前にロバの轡を持ったリューイが案内しながら進む。
最後尾はベイズだ。
背にはリオンが横座りしている。
絵になるなぁ。
でも自分の足で歩けよ。
私だって歩いてるんだぞ。
ガネスの城から一日半ほど。私たちは主街道に出た。
ここからは宿場に泊まることができるだろう。
魔狼の背にまたがる少女というのはそうとう珍しいだろうが、まあそういう冒険者もいるということで納得してもらうしかない。
そもそも、珍しさだったらティアマトの方が上だろうし。
「このまま南にくだれば、ノルンまでは五日くらいですね」
地図を見ながらリューイが教えてくれる。
まだまだ遠いなぁ。
「やっとベッドで寝られるね」
「一昨日はベッドで寝たじゃないですか」
「慣れてきたとはいっても、やっぱり野宿はきついさ」
「それは否定しませんよ」
笑い合う。
冒険者だろうが武人だろうが、好きこのんで野宿するわけではないのである。
「ベイズも宿場に入るときは人間に変身するの?」
「ああ。さすがにこの姿で人間の街に入るのはちょっとな」
「かっこいいのに」
「いちいち神仙の仲間だって説明するのがめんどくせぇんだよ」
後ろから、和気藹々とした声が聞こえる。
もちろんリオンとベイズだ。
ずいぶん馴染んだな。
良い友達という雰囲気で、なによりだ。
「人間の姿になったときが、ひとつのターニングポイントになるかもしれんのぅ」
ちらりと後方に視線を投げ、ティアマトが呟いた。
彼女はカウンセリングを続けてくれている。
ただ、虐待を受けてきた少女の心が、一回二回話した程度でほぐれるはずもない。
まだまだ時間はかかるだろう。
「大人の男性になるのがまずいのかい? ティア」
ちょっと気になって確認してみる。
それだと、私だって該当してしまうからだ。
「判らぬ。フラッシュバックが何時おきるのか、予想できる類のものでもないゆえな」
なれど、と、付け加える竜の姫。
多くの場合、児童虐待の加害者は親である。
実の親とは限らず、親の再婚相手というケースも少なくない。
また、親から引き離されて施設で育つ場合に、その施設の職員が虐待することもあるらしい。
子供を守るべき大人たちが虐待をおこなうのだ。
やりきれない憤りを覚えてしまうが、べつに現代社会が抱える闇というわけでもないとティアマトが教えてくれた。
大昔からあったらしいのだ。
強い者が弱い者を虐げ、弱い者はさらに弱い者を虐げ、さらに弱い者はもっと弱い者を虐げる。
それは人間の集団というものがもっている、ある種のやるせなさかもしれない。
「むろん、やるせないで済ませられたら、虐待を受ける者はたまったものではないがの」
「まあね。昔からあるんだから仕方がないってのじゃ思考停止だ」
「一概にはいえんが、汝を見て平気だったというのは、親とはタイプが違いすぎるとか、年齢が違いすぎるとか、匂いが違いすぎるとか、様々な理由が考えられるのじゃ」
「ああ。ベイズ卿は私とはかなり雰囲気が違うもんね」
「それゆえ、なにが起きるか想像もつかぬ。あるいは女親に虐げられていたなら、我の姿に反応する可能性もある」
「何か手は打つのかい?」
私の言葉に、ティアマトはゆっくりと首を振った。
この時点で備えられる類のものではないし、助けを求められていないのに手を貸すというのはまずいらしい。
きみはこう思っているでしょ? と言い当てるのは、心理ゲームや推理小説の名探偵だけの話。
カウンセラーは相手が心を開くまでずっと待つという。
「いまは静観するしかないってことか」
「歯がゆいと感じるかもしれんがの。人の心の航跡というのは、真っ直ぐには伸びておらぬものじゃて」
ティアマトの言葉につられるように振り返ると、リオンがベイズの毛皮を撫でていた。
アニマルセラピーというより、なんだか代償行為みたいで、思わず私は目をそらした。