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魔王さまは女子高生! 6


 なし崩しに魔王との対話が成立した。

 うん。本気でなし崩してるなぁ。

 リオンが現地神から課せられた使命は、世界に秩序を与えること。

 なんとも漠然とした目標である。

 人間を滅ぼせと言われたわけでもなく、魔物を救ってくれと頼まれたわけでもない。

 ただ、魔族の姿になってしまったので、ごく自然な流れとして魔物側に与したという次第だ。

 これは仕方のないことだろう。

 さすがに魔族が平然と人間の街をうろうろできるわけもない。

「で、手始めに我が国に戦争を仕掛けた、と」

 むうと腕を組むリューイ。

 彼としては不本意だろうが、これもまた仕方のないことではある。

 ガネスの廃城自体がノルーアの領域の中にあるのだ。

 どう動いたところで、最初にぶつかるのはノルーア王国になってしまう。

「じゃが、ノルーアを滅ぼすつもりはなかった。目指したのは北じゃな」

 ティアマトが確認し、リオンが頷く。

 交通の要衝を狙ったのは、街道を抑えたかったからである。

「つまりリオン嬢たちは、すでに新天地を目指していた?」

「んむ。そういうことじゃな。エイジや」

 はるか北にある人間の手が入っていない平野。

 最初からそこを目指していた、というのか。

「このままガネスに留まっていても発展は望めない。どうしようもなくなってから動いても手遅れ」

 淡々と紡がれる魔王の言葉。

 ようするに勝負に出るなら余力のあるうちに、という意味だ。

 高校生とは思えない戦略眼である。

 しっかり先読みができて、決断力もあって、カリスマ性も高い。

 ぜひ上司になってほしいです。

「ちなみに戦術的には正しい判断なのかい? リューイ」

 唯一の軍事専門家に尋ねてみる。

「本拠地を捨てるというのは、あまり正しいとはいえませんよ。エイジさま。ただ、モンスターの恐ろしさは神出鬼没さにあります。ガネスにこだわらない発想は、空恐ろしいものがありますね」

「ふむ。なるほど」

 私は腕を組んだ。

「正直に言ったらどうじゃ? エイジや」

「……さっぱり判りません」

 だってしょうがないじゃないっ。

 私、専門家じゃないんだもんっ。

「ええとですね。どれだけ巧妙に隠していても、いずれノルーア王国はガネスにたどり着きます。実際、僕たちはたどり着きましたしね。いまは開戦から日も浅いので大丈夫ですが、何度も何度も戦えば、本拠地を叩かなくては意味がないと誰だって判ります。そうしたら隠そうとしても無意味です。拠点という体裁を持っている以上、戦力や物資の出し入れをゼロにはできませんし」

 リューイが噛み砕いて説明してくれる。

 んーと。

 たとえば私の住んでいた札幌。そのお隣である江別市は地産地消(ちさんちしょう)を旗印にしている。

 なるべく自分たちの街で作ったものを使って生活しようという考え方だ。

 けっこうなことではあるのだが、完全にそれだけですべてを(まかな)うことは難しい。

 街の外に求めなくてはいけないものだって数多い。

 それが経済の流れというものである。

「場所が知れてしまえば、次に来るのは全面攻勢です。そうなればガネスは陥落します」

「え? なんで? モンスターは強力じゃないか」

「本拠地が判っているのに戦う必要がありますか? 囲んで物資の流通を止めてしまえば、魔物たちは内紛から自壊へと進むと思いますよ」

兵糧(ひょうろう)攻め!」

「一ヶ所しかない本拠地を放棄するってのは愚策なんですが、場所を特定されないためには必要ですし、まして新天地を目指す計画があるならとっとと捨てて移動を始めるのはありです。まして先ほども言いましたが、遊撃戦は魔物の真骨頂ですから」

 おおう。

 やっと繋がった。

 解説ありがとうございます!

「……へんな大人」

 ぼそりと呟く魔王ちゃん。

 その台詞、二回目ですよー。

 聞こえてますよー。

「ともあれ、そういうことならさっさと移動した方が良いんだね」

 話はわかった。

 モンスターがいなくなるというなら、これ以上、戦火が広がることもない。

 最高じゃないですか。

「無理」

「そう。無理なんだよ。だから……て、無理なの?」

 あんまりリオンが自然に言うもんだから、思わず繋げちゃったじゃないか。

 恥ずかしい。

「モステールを獲れなかったから。このまま移動しても追撃されるだけ」

「おうふ……」

 思わず私は頭を抱えた。

 モステール防衛に、一役買っちゃったんですよね。私たちって。

 すでに戦いの幕は上がってるのに、モンスターが難民よろしく街道をぞろぞろ移動していたら、そりゃ攻撃されるよ。

 どうしよ……。

「助けて。ティアえもん」

「あまり高校生の前で情けない姿をみせるでない」

 ため息を吐くティアマト。

 そんなんゆうたかて、私は軍略家じゃないし軍事行動の知識なんてないんだよ。

「誰も汝にそんなものを期待してなどおらぬ。汝は汝の得意分野で勝負すべきじゃろ」

「あっ」

「んむ。ここに至るまでの経緯を使って折衝する、というところかの」

 ノルーア王国を相手に。

 と、竜の姫が笑う。

 魔軍はモステールを襲ったが、神仙エイジとその仲間が退けた。神仙たちはそのまま魔軍を追跡して本拠地へと乗り込む。そして魔王と交渉し、ノルーア王国から退去するという約束を取り付けるに至る。

 というシナリオだ。

 これをノルーア王国に納得させれば、もうこれ以上血は流れない。

 戦後賠償とかの問題は残るけど、ガネスの廃城をそのままノルーアに譲渡するというラインで片づかないかなぁ。

 当たり前の話なんだけど、交渉ってのは常に取引の一面を持っている。

 正論を振りかざすだけでは、まとまる話もまとまらないのだ。

「なんとかなる、かな……?」

 頭の中で検算しながら私は頷いた。

 まずはノルーアを戦争から救う。

 その上で、脚気からも救う。

「では、それで決まりですな。次の目的地はノルーアの王都ということで」

 総括するようにヒエロニュムスが言った。

 とはいえ、さすがに今日到着して今日出発というわけにはいかない。

 今夜はガネスの城に宿を求めることとなった。




家庭内暴力(DV)の問題というのは、あんがい深刻での」

 ベッドに横になったティアマト。

 でろーんとくつろぎながらそんなことを口にした。

 夜半である。

 相変わらず私と彼女は同室だ。

「深刻な問題だってのは、さすがに私でも判るよ」

「んむ。じゃから汝は距離感を掴みかねておるのじゃろう?」

「まあね」

 私は基本的に、他人には丁寧な言葉遣いを心がけている。

 これは癖のようなものだ。

 ちょっとくだけた態度を取ると、すぐに叩かれるような職場にいるから。

 ただ、さすがに同僚に対してはフランクに接するし、友人や恋人に対しても同様である。

 リオンという少女については、どう扱うべきか決めかねている。

 年の頃ならサイファやリューイと同じ。

 では彼らのように接して良いかというと、そういうわけでもない。

 私はリオンの配下であるシールズ嬢に対して、態度を崩していないのだ。

 陣営が異なるのだから、年齢とか考えずにビジネスライクに接するべきなのだろう。

 本来であれば。

 しかし、そこで引っかかってしまうのが、虐待を受けていたらしいという事情である。

 デリケートな問題だし、なにより私にはそういう経験がない。

 親に殴られたこともなければ、学校でいじめをうけたこともない。

 知識として知っているだけ。

 親身になろうとしても、どこか嘘っぽいように自分で感じてしまう。

 だから距離感が判らない。

「それで良いのじゃよ。汝はリオンにはなれぬ。むろん我もな」

 抽象的な言葉。

 だがなんとなく言いたいことは判る。

「年頃の娘さんとどう接したらいいのか判らないってのもあるんだよね。サイファやリューイみたい扱うってのもなぁ」

 やつらは男の子だ。

 多少雑に扱っても良いのである。

「ちなみに、それはセクハラなんじゃがの。同じで良いと思うぞ」

「そうなの?」

 質問は後半部分に対してだ。

「腫れ物に触るよう扱えばかえって傷つける。特別視しないというのが肝要じゃよ」

「うん。肝に銘じるよ」

「だからといって色目を使っては犯罪じゃぞ」

「使わないよ! 相手は高校生じゃないかっ!」

「ではシールズはどうじゃ?」

「……使いませんとも」

「なぜ沈黙を挿入したのかは、訊かんでおこうかの」

 からかうように言って、くあとあくびをする竜の姫だった。



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