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魔王さまは女子高生! 3


 (ドラゴン)魔狼(フェンリル)妖精猫(ケットシー)を引き連れた人間が二人。それにロバが一頭。

 こんなのが街を歩いていたら、目立つことこの上ない。

 しかし、ガネスにおいては、そんなことはなかった。

 ダークエルフ、魔人、鬼族、魔獣や獣人の類まで、なんというか、人種の坩堝(るつぼ)みたいな場所である。

 むしろ私とリューイがすげー浮いちゃってる。

 いきなり捕まって食べられちゃったりしないだろうな。これ。

「……害意は感じません。エイジさま」

 さりげなさを装いながらも、油断なく周囲に視線を走られたリューイが告げる。

 ロバの手綱をひきつつ。

「感じるのは好奇ですね。あのシールズというダークエルフは、それなりの地位にあるのかもしれませんね」

「それはそうだろうね」

 ひとつの部隊の生殺与奪の全権を握っていた。

 それは王の信頼を示すと同時に、能力面でも信用されているという意味である。

 確実に任務をこなし、間違った判断もしないだろう、と。

 しかも単身(ピン)で動いているのだから、かなりの信頼度だと考えて良いだろう。

 たとえば私たち役人なんかは、基本的に単独行動なんかしない。

 常に二人一組か、もっと多くのチームで動く。

 ひとりだと失敗したときのリカバリも利かないし、仕事をしないでさぼっていても判らないからだ。

 とくにお金を扱うときなどは、仮にそれが百円程度のものであっても絶対に二人以上である。

 逆からいえばシールズ嬢というのは、魔王から「適当な仕事などしないし、一人で行動してもミスは犯さない」と思われている、ということになる。

 小さく見えて、けっこう大きい。

「んむ。エイジを一人で行動させたら、なんの拍子に死んでしまうか心配で気が気ではないしの」

 横から余計なことをティアマトがいってくれた。

 悪うござんしたね。

 あと、他の連中も頷くのやめなさいね。ロバくんまで。

 そもそも私は君子なので危うきには近づかないんですよ。

 敵を知り己を知れば百戦して危うからずですよ。

「それでチキンよろしく安全な場所に隠れているなら我らも安心なのじゃがな。エイジの場合はひょこひょこと前に出てくるしのう」

「小生たちも気苦労が絶えませんな」

 ティアマトと苦笑を交わし合うヒエロニュムス。

 うっさいうっさい。

 街路を進む私たち。

 とくに呼び止められることも、不審がられて職務質問されることもなく。

 歓迎もされなければ、追い返されるわけでもない。

 なんとも微妙な空気である。

 やがて城の門前へとたどり着く。

 門兵すらいない。

 ちょっと無警戒すぎないだろうか。

「シールズが念話(マインドボイス)を飛ばしたのじゃよ。ゆえに、モンスターたちは静観しておる。いまのところはの」

 種明かしをしてくれるティアマト。

 それはそれでありがたいけど、きっちり警戒していたリューイがバカみたいじゃないか。

「いえ。事情はどうであれ、警戒を解く理由にはなりませんので」

 伯爵令息が微笑した。

 いい人だなぁ。

「こちらだ。陛下がお会いになる」

 私たちの漫才にかまうことなく、広い廊下をシールズ嬢が先導する。

 元々が人間の城であるため、大型の魔獣たちには窮屈かもしれないが、それでも充分に無駄なスペースをもって造られている。

 百五十年以上も前のものだとは思えないほどだ。

 ちゃんと手入れされてきたんだろうなあ、いままで。




 音もなく開いてゆく巨大な扉。

 中央に敷かれた赤い絨毯。

 その先、(きざはし)の上に置かれた玉座。

 鎮座(ちんざ)ましますは当代の魔王陛下だ。

 シールズ嬢からの情報通り、黒い髪と黒い瞳をもっていた。

 ただ、髪の長さは背中くらいまでのセミロングで、さらさらのストレートだった。

 瞳も黒かったが、ぱっちりと大きかった。

 うん。

 なんというかね。魔王っていうから、私は男性だと思っていたんだよ。

 漠然とね。

 いやあ、ライトノベル作品では珍しくないんだけどさ。

 魔王が年若い女性だっていうのは。

 あきらかに日本人で、たぶん高校生くらいかな。

 じっと無表情にこちらを見ている。

 驚くとか、笑うとか、怒るとかしてくれた方が、私としてはありがたいんだけどね。

 まったく読めないというのは、けっこうプレッシャーだ。

 シールズ嬢が私たちの側を離れ玉座の横に立つ。

 あそこが本来の定位置なのかな?

 なんか耳打ちとかしてるし。

 一方、私たちはべつに(ひざまづ)きもせず、視線を下に落としたりもしなかった。

 彼女の臣下でもないし、今後も臣従するつもりはないからだ。

「はじめまして。私はエイジと申します」

 それでも丁寧な言葉遣いで話しかける。

 もちろん王に対するものではなく、むしろ、来庁者に「どちらかお探しですか?」と訊ねるときの口調だ。

 じっと私を見つめながらシールズ嬢の報告を受けていた魔王。

 おもむろに口を開く。

「死ね」

 と。

 次の瞬間。

 激痛が襲い、私は右手で左胸を押さえた。

「な……」

 酸欠の金魚みたいに口が開閉する。

 目の前が暗くなってゆく。

 まさか、また死ぬのか?

 こんなところで?

 次に死んだら本当に終わりなのに。

言霊(ことだま)じゃな。呪詛(じゅそ)の域にまで達しておるがの」

 ぽんとティアマトが私の身体を叩く。

 それだけ。

 呼吸がラクになり、嘘のように胸の痛みが消えた。

「ティア……」

「大事ない。我の目の黒いうちは、むざむざエイジを殺させたりはせぬ」

「……ティアの目は赤いと思うけどね……」

「軽口を叩けるようならば大丈夫じゃな。ちと下がっておるが良い」

 そういって、すいと前に出る。

 尻尾が、びったんびったんと城の床を打ち据えていた。

 あー これ怒ってるときの叩き方だ。

 なんで私は尻尾の打ち方で彼女の機嫌が判るようになってしまったのだろう。

「なんのつもりじゃ? 小娘」

 声が冷たい。

 厳冬期の札幌を吹き抜ける風みたいに。

 具体的にはマイナス二十度くらい。

 やばいやばい。

 魔王さん! はやく謝って!

「うるさい。お前も死ね」

 ふたたびの言霊。

「一連のやりとりで、我には効果がないと気付かなかったか? それとも試さねば気が済まぬ性格かの」

 どこ吹く風でティアマトが言いつのる。

「なんで……っ」

「何度も同じことをするのも時間の無駄じゃで解説してやるがの。絶対魔法防御(アンチマジックシェル)というやつじゃ。我らには如何な魔法も届かぬよ。呪詛も同じじゃ」

 無造作に歩を進める。

 魔王へと向かって。

「くるな! 止まれ!」

「お断りじゃ」

 たぶんいまのも力を持った言葉だったのだろう。

 まったくティアマトには効いていないが。

「初対面の者をいきなり呪い殺そうとは、なかなかにエキセントリックな小娘じゃのう」

 うん。

 君に言われたら、魔王さまも立つ瀬がないと思うよ。

「く……この!」

 少女の右手に現れる剣。

 なんか真っ黒で、すげー禍々しい感じのやつ。

 一挙動で玉座から飛び降り、ティアマトに突きかかった。

 その速度たるや、端で見ていたリューイが「鋭い!」と呻いたほどである。

「ふん」

 くるりと身体を回転させるドラゴン。

 勢いをつけた尻尾が、魔王の横っ腹に叩き込まれた。

 コントみたいな勢いで吹き飛ばされ、謁見の間の壁にぶつかって止まる。

「速いだけで隙だらけじゃな。立つが良い。小娘。我が伴侶を殺そうとした報い、存分にくれてやろう」

 倒れ伏す魔王に朗々と語りかける。

 下目遣いに。

 どっちが魔王かわかんないよっ!

 魔王は立たなかった。

 剣を手放し、頭を抱えてうずくまっている。

 圧倒的な暴力の前にびびっちゃったらしい。

 判るよ。

 ティアマトって、生物として明らかにおかしいもんね。

「立てと言ったが、聞こえなかったのかの?」

 近づいていくドラゴン。

「ひぃっ」

 魔王が小さな悲鳴を上げる。

 開かれる巨大な(あぎと)。魔王の頭を一咬みにしようと迫る。

 そして……。



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