魔王さまは女子高生! 2
「いい読みだ。神仙」
にやりと唇を歪めるダークエルフ。
「ここは、吸血鬼によって滅ぼされた都だった」
「なるほど」
ネズミやコウモリに化けるのは、バンパイアのお家芸だ。
そして一般的な解釈でいえば吸血鬼というのは感染する。
咬まれたものが次々に吸血鬼になっていくのである。
風邪やインフルエンザなんていう可愛らしいレベルではなく感染爆発だ。文字通りネズミ算的に増えてゆく。
「実際にすべてを支配下に置くには、十日ほど必要だったと聞いている」
「それでも、とんでもない速度ですけどね」
たった十日で、都市国家がひとつ消えてしまうのだから。
いや、全員バンパイアになってしまったのなら、消えるというよりも敵になったというべきだろう。
当時のガネスの人口がどのくらいいたかは判らないが、城と立派な街壁があることから、百や二百という規模でないことは容易に想像がつく。
仮に一万人だったとしたら、一万人のバンパイア軍団である。
そんなんどうやって討伐するんだって話だ。
「滅ぼされたのは一瞬らしいがな」
皮肉げな笑い。
「えー なにそれー」
我ながら平坦な声を出してしまう。
なんでも、勇者シズルが神から授かったの剣を一振りすると、聖なる光がガネスの街を包み込み、吸血鬼たちはあまねく塵になったらしい。
灰は灰に、塵は塵に、というやつだ。
もうね。
吸血鬼狩りって、そういうのじゃないと思うよ。
こっともう、淫靡で退廃的で、どこか罪の香りが漂うような。
そんな雰囲気がいいんじゃないか。
聖なる光でまるっと解決! って、どうなのよ? 勇者様。
「まあ、風情を求めて戦うわけでもないしの。簡単に済ませられるなら、簡単に済ませた方が効率が良いじゃろうよ」
人間もモンスターも、全滅寸前だった。
という当時の状況は聞いた。
ロマンを追い求めている余裕なんかなかったんだろう。
それは判るんだけど、人間としての命を理不尽に奪われた住民たち、そして吸血鬼としての命も一瞬で消される。
なんというか、まるで記号だ。
「それが戦というものじゃよ。エイジや。相手を数字や記号とでも思わねば、相互殺戮などできはせぬ」
淡々と、義務を果たすかのようにモンスターを殺していった勇者。
なんとなく、寒心なきを得ない。
高校生だった少年が背負うには、ちょっと重すぎるんじゃないですかねぇ。
どこのどなたが、そんな重荷を背負わせたのかは知りませんが。
「あるいは、贖罪だったのかもね。米を持ち込んだりしたのは」
「さての。あやつの内心を忖度することはできぬよ。何を思い、何を欲していたのか、我はついぞその答えを得られなんだゆえな」
「……ごめん」
世界が変わっても、彼女は結局、生きている弟に会うことはできなかった。
思いの丈を知ることもできなかった。
いまここで私たちがどう推理しても、正解か不正解かすら判らない。
「謝るようなことでもなければ、汝が背負うべきものでもなかろ。エイジにとっては赤の他人じゃ」
やや突き放したようなティアマトの言葉。
不機嫌、という雰囲気ではなかった。
なんというか、もっと硬質な。
他者の介入を拒む壁のような何かだ。
「全部は背負えないよ。だからさ、せめて半分だけ背負わせてよ。そのかわり、私の荷物を半分ティアが背負ってくれるとうれしいかな」
「んむ。それでは結局、総重量は変わらぬ気がするのぅ」
二人分の荷物を、二人で背負うだけだ。
べつに軽くなるわけでもなんでもない。
「だめかい?」
「もとよりそのつもりで指輪を受け取ったのじゃから、いまさら応も否もないものじゃて」
銀髪をかき回す。
照れていらっしゃるようだ。
かく言う私も、頬が上気するのを自覚していた。
「……なあ、その睦言はいつまで続くんだ?」
ものすごく嫌そうに、シールズ嬢が指摘してくれる。
世界を滅亡の一歩手前まで追い込んだ大戦争は、人間側の勝利に終わった。
といっても、すべてのモンスターが殺された尽くしたわけではない。
魔王が滅びたあとも、それなりの数が生き残っていたし、それらが徒党を組んで街や田畑を荒らしたりとわりと深刻な社会問題となった。
まあ、統制を失ったのだから、対応は個別になってしまうのは当然だろう。
これはこれで面倒な話である。
実際問題として、国の対応としては野盗とモンスターの扱いは一緒だ。
正規軍を出すこともあれば、自警団や冒険者に処理を任せることもある。
面倒ではあるが、国を傾けてしまうような脅威ではなくなった、ということだ。
モンスターたちは、ただ狩られ、逐われるだけの存在となった。
すべてが、ではない。
きちんと敗北を受け入れ、捲土重来を期して姿を隠した者たちもいる。
シールズ嬢のようなダークエルフたち、魔族と呼ばれるものたちだ。
彼らが根拠地としたのが、ガネスの廃城である。
住む人もなく、訪れる者もない場所。
千年の計を練るには適していた。
もちろん、居場所がばれてしまえば、人間たちによって攻撃される可能性がある。
怪談じみた噂をまいたり、街に通じていた街道を潰したり、けっこう涙ぐましい努力が続けられた。
百五十年以上に渡って。
そしてついに、彼らの待ち望んでいたときが訪れる。
「魔王再臨、じゃな?」
「そうだ」
ティアマトの確認に、シールズ嬢が短く応える。
一月と少し前、廃城に現れた突如として現れた人物。
闇のように黒い髪と、夜のように黒い瞳を持っていた。
圧倒的な魔力と戦闘力も。
魔王軍の残党たちは、すぐすぐに魔王と認めたわけではない。
彼らが頼みとするのはチカラだ。
政治理念でも、掲げた理想でもない。
幾人かの腕自慢が挑んだ。
シールズ嬢も、そのひとりだったらしい。
「勝負にもならなかったが」
小指の先でもてあそばれただけだと苦笑してみせる。
まあ、そうだろうね。
それがチート能力というやつである。
血の滲むような努力をして、歯を食いしばって修行に耐えて、結果として習得した力も技も、チート持ちには通じない。
私なら、ばかばかしくなってしまうだろう。
何のために努力するのか、と。
そんなにアンタがすごいなら、全部ひとりでやれよ、と。
我ながら徳の薄いことではあるが。
「力だけでなく、陛下の知恵は驚くべきものであった」
陶然としたように続けるシールズ嬢。
完全に心酔しきってる顔だ。
たぶん、勇者シズルの信奉者たちもこんな感じだったんだろうね。
そりゃ現代日本からきたんだから、この世界の人々より進んだ知識をもっているのは当たり前である。
「ただ、そればかりとはいえぬ節もあるのう。ただ現代の日本人というだけでは、あの戦いぶりは説明つかぬぞ。エイジや」
苦笑している私の耳に唇を寄せ、ティアマトが注意を喚起してくれた。
そうだった。
日本人に軍略の知識などない。
耳学問を除いて。
最後の戦争が終わってからもう七十年。
実戦の経験がある世代はもうあんまり残っていないし、剣や魔法を用いた戦いを経験したことのある者など皆無である。
そんな連中が、まともに戦などできるわけがない。
ゲームや映画ではないのだ。
たとえば、戦国時代にタイムスリップした自衛隊を描いたSF小説の『戦国自衛隊』だって、最新の武装を持っていたにもかかわらず、自衛隊は全滅しちゃってる。
あれ? ひとり生き残ったんだったかな?
ともあれ、戦争なんてもんは、素人が考えるほど簡単じゃない。
ゲームのように敵のステータスが見える、なんて都合の良い話はないんだから、どこのどの程度の兵力を振り分けるか決めるのだって大変なのである。
「魔王様は、軍事知識もチートで手に入れてるのかな」
「そう考えて臨む方がよかろう。最初から持っている類なら、限界も判るじゃろうから話は難しくないのじゃがな」
小声で会話を交わすうちに、街門も近づいてきた。
「ここからは、人間に化けている必要はないぞ」
相変わらず皮肉げな口調でシールズ嬢が言った。
参考資料
半村 良 著
ハヤカワ文庫 刊
『戦国自衛隊』