見え隠れする真相 10
「くっ! 殺せっ!!」
リューイに拘束されたダークエルフが睨みつけてくる。
夜のように暗い肌。
白銀の髪。
黒曜石のような切れ長の瞳。
すげー美人である。
それは良いんだけど、あの台詞をホントに言う人がいるとは思わなかった。
やめてくださいよ。
私たちが悪役みたいじゃないですか。
「まあまあ。そう興奮せずに」
理解ある歩み寄りをみせる。
「私に触るな! 薄汚いニンゲンごときが!!」
触ってないし、触ろうともしていないじゃないか。
なんて言いがかりだ。
一歩近づいただけで、この反応とは。
まるで病原菌あつかいである。
この程度の罵声で激昂するほど私は子供ではないが、交渉の困難さは悟らざるを得ない。
こちらの言葉に、まるっきり聞く耳を持っていない感じだもの。
だからといって私も対抗して、「貴様と話す舌を持たん!」とか言っちゃうと、交渉にも折衝にもならない。
「捕虜を虐待する趣味はありませんよ。ですが、あまりに暴言を放つのは感心できません。立場の違いはたしかにあるでしょうが、それを理由として相手を侮辱するというのは、少なくとも文明人のやることではないと思いますが、いかがでしょう」
「な……っ!?」
正面から目をみて言った私の台詞に、ダークエルフが口をぱくぱくさせる。
ふむ。
正論でこられると弱いタイプですかね。
それなら話し合いの余地があるというものだ。
世の中には理屈をぶつけられると激昂するというタイプもいて、こういう人と理詰めの折衝はできない。
ひたすらエモーションにうったえるしかないのだ。
このダークエルフの女性がそうでなかったのは幸いというものだろう。
「名乗っておきますね。私はエイジと申します」
「……シールズ」
光が三百万キロほど旅をする時間をおいて、捕虜が応えた。
いろいろ葛藤があったんだろうなぁ。
もちろん私は揶揄するようなことを口にしたりしない。
柔らかく微笑して提案したのみである。
「場所を移しましょうか。死体のそばで立ち話というのは、あまり心楽しい気分にもなれませんからね」
屋敷の中は、すっかり寝静まっていた。
いや、この表現はちょっと違うか。
宴会が催された広間では、泥酔者どもが高いびきをかきながら雑魚寝中である。
なんというか、危機感がないことおびただしい。
「エイジさま。どちらへ?」
まだ起きていたドリトス氏が近寄ってきた。
良かった。
私はかいつまんで事情を説明し、これから捕虜に話を聞くことと、殺されてしまった元捕虜の後始末を依頼する。
夜が明けてゴブリンの死体が発見されたら、みんな驚いちゃうからだ。
「判りました。ただちに」
驚きつつも頷いたドリトス氏。
そこらで寝ている自警団員を蹴り起こす。
じつにブラック企業である。
苦笑しながら、私たちは与えられた個室に入った。
より正確には私とティアマトの部屋である。
考えてみたら彼女とはたいてい同室だなぁ。まあ恋人同士なのでべつにおかしくはないのだが、恋人としての振るまいがまったくないのは、如何なものなのでしょうか。
禁欲生活も二ヶ月を超える。
とくに何とも思わないのは、自分で思っていたより私は草食系らしい。
「さて、私たちの訊きたいことは、じつはひとつしかないのです。シールズさん」
ベッドに腰掛け、私は口を開いた。
シールズ嬢は相変わらず後ろ手に縛られたままだ。
愉快な仲間たちが守っているとはいえ、この状況で拘束を解くわけにはいかない。
椅子に座ったダークエルフを見つめる。
「あなたたちにはリーダーがいますよね? その人物に会いたいので、居場所を教えていただけますか?」
いきなり核心をつく。
魔王なるものがいるかどうか、じつのところ確証があるわけはない。
しかし、ここまで統制のとれた動きをモンスターがするというのは、ちょっとリアリティがなさすぎる。
軍をわけて、分進合撃のするように撤退戦をおこなうなど、正直、私だって思いつかない。
で、ゴブリンたちが街を襲ったのは、たぶん偶然じゃない。
追撃軍の足を鈍らせる方策の一環だろう。
必要以上に戦火を拡大させないための監視役までつけて。
徹底ぶりが空恐ろしいほどである。
「……会ってなんとする? ニンゲンよ」
やはり長い沈黙の後、シールズ嬢が質問を返した。
当然の問いだろう。
「話してみたいと思いまして」
「何をだ?」
「これまでのことと、これからのことを」
ちょっとかっこつけた言い回し。
ダークエルフが薄く笑った。
「闇の眷属とニンゲンが未来を語るだと? 笑止だな」
おもいきりバカにしたような口調である。
双方の間に横たわる溝は、私が考えているより深いのかもしれない。
「そんなにおかしなことでしょうか?」
「これまでニンゲンが我らをどう遇してきたか。それを知らぬとはいわせないぞ」
睨みつけてくる。
うーむ。
そういわれても、実際しらないんだよ。私は。
「申し訳ありません。私は神仙ですので、世界の情勢には疎いかもしれません」
肩書きを使ったのには計算がある。
どうにも話が平行線だからだ。
これまでだと、神仙という言葉にけっこう人々は反応してくれた。
同じような効果を期待したのである。
「神仙だと! 忌まわしき神仙!!」
が、シールズ嬢の反応は、私の想像とは反対の方向だった。
地団駄を踏み、目を剥き、噛み付いてきそうな勢いで怒っている。
いや、リューイが拘束していなければ間違いなく飛びかかってきただろう。
両手は封じられているので、文字通り噛み付くという方法で。
「百五十年前! 我らを壊滅寸前まで追い込んだ神仙が!! いまさら何を語るつもりか!!」
あー。
そういうことか。
勇者シズルによって魔王は滅ぼされた。
その際、魔王だけをきれいに消したわけがない。
部下たちだって滅ぼされたか、それに近い状態になっているはずだ。
文脈から察するに、シールズ嬢のダークエルフ族というのは魔王の陣営だったのだろう。
そりゃ恨まれますね。
大失敗だ。
考えてみれば、誰も彼もが諸手を挙げて神仙を歓迎するわけがない。
当然のことなのに、つい失念していた。
無条件で肯定され受け入れられるのは、異世界転生を描いた作品の中だけ。かつて同じような失敗をティアマトに対してもやらかしたのに、まったく失敗から学んでいなかった。
我ながら情けなくなる。
「んむ。それは事実じゃがの。ダークエルフが被害者面するのは、お門違いというものじゃろうよ。壊滅寸前どころか、この世界のエルフ族を殺し尽くしたのは、どこのどなたさまじゃったかのう」
皮肉げな口調で割り込んだのはティアマトだ。
私が黙り込んでしまったため、助け舟を出してくれたのである。
頼りになる相棒にちらりと視線を走らせる。
軽く頷いてくれた。
「…………」
二の句が繋げないシールズ嬢。
「べつに責めているわけではないぞ? 互い様じゃでな。戦が愚行だという証拠として言っただけじゃ」
ドラゴン状態のまま、器用に肩をすくめる。
世界を滅ぼそうとした魔王は、多くの種族を根絶やしにした。
多くの国を地図から消し去った。
そこに現れた神仙。
すなわち勇者シズルは人間を救うために敢然と魔王軍の前に立ちはだかった。
彼に率いられた人間の軍勢が、ついに魔王を討ち果たしたときには、魔王軍も人間軍もぼろぼろになっていた。
世界のほとんどが焦土と化していた。
そこから百五十年以上の歳月をかけて、人間たちはここまで繁栄を取り戻した。
ティアマトが説明してくれる。
そして私を見た。
時間は稼いだ、後は私が交渉をまとめろ、という意味の視線だ。
受け取ったよ。
メッセージつきのパス。
「シールズ嬢。私はかつての戦いを再現したいと望むものではありません。そういう未来を招来しないために、貴女たちのリーダーと話したいと思っているのです」
真っ直ぐに黒い瞳を見つめる。
ここが正念場だ。