見え隠れする真相 9
無事にロバくんとも再会し、私たちはウッズの町で一夜の宿を求めることになった。
小さな町だから宿屋がなかったらどうしよう、とか思っていたのだが、なんと村長の屋敷に泊めてもらえるらしい。
超歓待じゃないですか。
料理と酒が振る舞われ、宴会騒ぎである。
配慮なのかなんなのか、きれいどころまで揃えて接待してくれる。
わりとここは余計なお世話だ。
私にはちゃんと恋人がいるし、しかもそのお方は隣に鎮座しているのである。
人間に化けてるけど、本性はドラゴンさまだ。
浮気なんかしようものなら、生のまま頭から喰われかねない。
ばりばりと。
まあ、接待はおもにリューイに受けてもらうのが無難だ。
私はドリトス氏と話をしよう。
「これほどの歓待。いささか気後れしてしまいます。ドリトスさん」
「何をおっしゃいますか。エイジさま。謝礼も受け取ってくださらぬではありませんか。せめて、このくらいさせてもらわなくては、こちらの気が済みません」
そんなこというたかて、むしりとるわけにはいかんでしょうよ。
あまり豊かでなさそうな町から。
まして先ほどの戦闘で、けっこうな損害が出てるんだし。
死者こそ出なかったものの、壊された柵や建物、荒らされた畑の再建・復旧にだってお金かかるでしょ。
通りすがりの冒険者に大金渡してる場合じゃないのよ?
「ありがたいお申し出ですが、あまり無理をなさいませぬよう。これから冬が訪れます。食料の備蓄などは多いほど良いのではないですか?」
あまり私たちに振る舞っては、冬を越せなくなってしまう。
じっさい、目の前に並べられた料理に米はない。
森林近くの町だから狩猟は盛んなのだろう。肉類が多く、主食となるものはライ麦のパンだ。
ぼっそぼその。
私たちが旅の保存食として持ち歩いているようなやつである。
こんなの出されたら、お米は不作だったのかなと思っちゃうのは当然だ。
「いやいや。ウッズでは稲作はやっていないのですよ」
私の顔色を読んだのか、ドリトス氏が笑う。
なんと。
ご飯を食べない人々との、初邂逅である。
「そうなのですか。私が旅の途中で出会った人たちは、一様にご飯を食べていましたので、それが普通なのかと思っておりました」
「私どもも行商人が米を運んできた時などは購入いたしますが、いつでも商人がくるとは限りませんからな。もっぱらこれです」
ぼそぼそのライ麦パンを噛み千切り、葡萄酒っぽいもので流し込む。
歯も顎も丈夫でけっこうなことだ。
「稲作を行わないのは、なにか理由がおありなのですか? あれはずいぶんと収穫効率が良い作物だと思いますが」
「水利が悪いのです。生活する分には井戸でまかなえますが、水田を作るにはとても足りません」
「なんと」
森の中には何本も川があったし沢もあった。
そこから用水路を引いてくれば、というのは現代人の発想だろう。
大工事である。
「それでライ麦なのですか」
「もともとは小麦だったらしいのですが、結局こちらの方が荒れ地でも育ちますからな」
私は軽く頷き、ちらりとティアマトを見た。
解説よろしくという意味である。
そもそも小麦とライ麦の育て方の違いとか、私はよく知らないのだ。
「小麦もライ麦も同じ畑でとれるものじゃよ。よく似ているため雑草として駆除されず生き残っていった。駆除されなかったものの中からさらに小麦に似たものが除草を免れて生き残った。そうやって何十代もかけて、ライ麦は小麦に似た姿へと進化していったというわけじゃな」
で、もとが雑草だけに生命力が強く、小麦が育たないような痩せた土地でも生育できるらしい。
すげーなライ麦!
「かつて魔王にすべての土地を焼かれ、明日食べるものさえなかった世界に、勇者様が稲作をもたらしてくださいました。しかし、我々の土地は稲作には向かず、先祖は困じ果てていたところ、焼けた畑に芽吹く麦を見つけました。それがライ麦だったというわけです」
はじめて聞く伝説である。
なるほど。
勇者様が米を広めた裏には、そんなエピソードがあったのか。
個人的な食べ物の好みだけできらら397を持ち込んだわけじゃないってことだね。
混浴に関しては、間違いなく個人的な趣味だろうけどね。
「しかし、それで合点がいきました。町を守って戦っていた戦士の方々が元気だったのは、米を常食とする習慣がなかったからなんですね」
そう言い置いて、私はアズールに蔓延する脚気の話をした。
怖がらせるつもりはない。
ようするに、何でも食べすぎは良くないという話だ。
「んむ。いっちょぐいは健康に悪いでな」
すかさずフォローしてくれるティアマト。
でもなんで方言で言ったし。
ドリトスさん、きょとーんとしてるじゃないか。
言い直そうとした私だったが、さて、標準語ではなんというんだろう。
一品だけに偏って食べ、それを食べ終わったら他のものに手を付け、という食べ方だ。
マナー違反とされているし、ティアマトのいうように健康にも良くない。
「片付け食いじゃな」
「うん。知ってたんなら、先にそっちで言って欲しかったよ」
「じゃが、そうすると汝には理解できなかったであろ?」
「ごもっともで」
始めて聞いたよ。そんな言葉。
「なんにつけ、食べ過ぎるのは良くないということですな」
私たちの漫才を見ながら、ドリトス氏が笑う。
愛される神仙なのですよ。
くっそくっそ。
ウッズは小さな町ではあるが、牢屋くらいは存在する。
これはまあ仕方のないことではある。
犯罪者を捕らえたとき、捕まえておく施設は絶対に必要になるからだ。
小さな村には犯罪者なんていないよーん、というほど、ここはお気楽な世界じゃない。
その牢屋に近づく影。
とっぷりと日も暮れた夜半。
黒装束をまとい、覆面で顔を隠し。
気配に気付いたのか、ゴブリンリーダーが鉄格子に近づく。
救出だと思ったのだろう。
歓喜の声をあげようとするのを、黒装束が制した。
顔の前に左手の指を一本立てて。
理解したのか、ゴブリンが自分の両手で口を塞ぐ。
次の瞬間。
黒装束の右手がぶれた。
口をおさえたままのゴブリンの首が、滑稽なほど軽い音を立てて牢屋の床に転がった。
哀れな小鬼に一瞥をくれ、黒装束が振り返る。
そして凍り付いた。
一部始終を目撃した私と目があって。
まさに、神仙は見た、とかそういう感じである。
行動は速かった。
一言も発することなく駈ける。
右手に閃くのは刃が黒焼きされた短刀。
たったいまゴブリンを殺した凶器だ。
そのまま私をも殺害しようと突進を仕掛ける。
ほんの数歩の距離。
私に避ける術などない。
が、凶刃が私に届くことはなかった。
ひゅんと風を切る音が聞こえたかと思うと、黒装束が一人サマーソルトキックを決める。
より正確には、正面からティアマトの尻尾に顔面をぶつけ、その衝撃でひっくり返ったのだ。
どさりと後頭部から落ちる黒装束。
夜の景色が揺らぎ、私以外の仲間たちが姿を現した。
さっと駆け寄ったリューイが、死んでいないことを確認して後ろ手に縛り上げる。
「口封じにきましたな。なかなかに徹底しているようで」
口髭を揺らし、ヒエロニュムスが苦笑した。
種を明かせば話はそう難しくない。
彼の魔法で私たちは姿を隠していたのである。
姿隠しというらしい。
どうしてそんなことをしたかというと、捕虜にしたゴブリンがあまりにも強情だったからだ。
いっさいの情報を吐かず、ベイズの脅しにも屈しない。
普通モンスターというのは、上位の存在には逆らえないものなのに。
これは救出隊がくると確信しているのではないか、と読んだ私たちは罠を張った。
助けにきた連中まで捕まれば、さすがに気持ちも折れるだろうと思ったからだ。
しかし現れたのは救出者ではなく暗殺者だった。
さすがに蛮行を止めようと動いちゃった私の穏行が解け、ばっちりと目が合った、という次第なのである。
面目ない。
「捕虜がゴブリンからダークエルフに変わっただけじゃ。まだこちらの方が話が通じるかもしれんぞ」
私の失敗を慰撫するようにティアマトが言う。
リューイが暗殺者の覆面を剥ぎ取った。
白銀の髪。
夜風に流れる。