見え隠れする真相 7
負けた負けたと嘆いてばかりもいられない。
それで事態が解決するなら、パラパラでもランバダでも踊るが、そんなことをなーんにも意味がない。
「ちなみに前者は一九八〇年代の後半に日本で生まれたディスコダンスのひとつじゃ。後者は南米産じゃな。流行した時期もだいたい同じじゃが、あまりのエロさに、当時のディスコでは踊ることが禁じられたりもしたそうじゃ」
丁寧な解説ありがとうティアマト。
でも、どうしてほれほれと手招きしてるんですかね?
私、ランバダなんて踊れませんよ?
「いま踊るというたではないか。とんでもない嘘つきじゃの」
「解決するならって……さーせん。嘘つきました。ランバダもパラパラも踊れませんので勘弁してつかぁさい」
必死に、かつ卑屈に揉み手などする。
だってさあ、なんかティアマトって、私に踊らせるためだけにあらゆる手段を使って解決しちゃいそうな気がしない?
私の偏見?
「んむ。反省するがよい」
えっらそうに許してくれた。
くっそくっそ。
今に見てろよ。ぜったいにぎゃふんっていわせてやるんだからねっ。
「はいはい。ぎゃふんぎゃふんじゃ」
「むっきーっ」
「西、つまり僕たちのきた方向以外のすべてに足跡が伸びています」
馬鹿な会話を繰り広げる私とティアマトをよそに、地図を広げたリューイが善後策を検討している。
「どれが本物か、という議論は無意味かもしれませんぞ。リューイ卿。いずれどこかで合流するつもりなのか、あるいは分散したままそれぞれの才覚で帰還するのか、判断のしようがありませぬ」
相手をしているのはヒエロニュムスだ。
ほんっとすいません。
私ってば役立たずですよね。
「一番足跡の数が多いのは、東に向かってるやつだ。ふつうに考えりゃあそれが本命っちゅーことだろうがな」
ベイズの言葉にも、留保の成分が強い。
一度ペテンに引っかかってるだけに、どうしても警戒してしまうのだ。
「そう思わせるための小細工という可能性もありますが、あんがい普通に本命という可能性も充分にあります」
やれやれと肩をすくめるリューイ。
罠とは相手の心に仕掛けるもの、という言葉が良く判る。
また引っかかってたまるかと思えば、どうしても慎重にならざるをえない。
相手の意図は時間稼ぎだとわかっているのに、迅速な行動をとるのをためらってしまう。
「我らも分散して追うというのは愚策じゃろうしな」
「だね」
私は戦闘力がないからティアマトとペア。リューイはベイズと組んでもらって、頭も切れて状況判断もたしかなヒエロニュムスがピン。
一応は三チーム作れるのだが、もともと少ない戦力を分けてどうすんだって話だ。
まして分散してしまえば、互いに連絡を取り合うことだって簡単じゃない。
「念話も、せいぜい一キロくらいしか届かぬしのう」
それでは街の中くらいでしか使えない。
「あ」
「何か思いついたかや? エイジや」
「いっそ一番少ない足跡を追いかけるってのはどうかな?」
「そのこころは?」
「本命じゃなさそうだから」
少し説明を要するだろう。
本命だと思って追っていれば、はずれたときに落胆も大きい。
であれば、最初からハズレと判っているのを追いかけた方が良いのではないか。
「ダンジョンを攻略するときだって、ハズレの道から調べていくだろ? 宝箱とか置いてあるかもしれないし」
正解に進めば、もうそのダンジョンに潜れないかもしれないし。
アイテムを取り漏らしたら悔しいし。
「それはゲームの発想じゃよ」
「うん。もちろん現実ではわざわざ回り道をする理由なんてないよね。だけどさ、どのみち現時点で正解なんて判らないじゃないか」
大事なのは正解を選ぶことじゃない。
どの足跡を追跡しても、その先にはモンスターがいるということだ。
そしてそのモンスターは、いずれ本拠地に戻るか、本隊と合流する。
「あるいは数が極端に少ないなら、捕まえて吐かせるって方法もあるかなーとか」
別働隊を任せられるほどのモンスターなら、幹部級かもしれない。
過大な期待は禁物だが、なんらかの情報をもっていても不思議ではないのではないか。
「ふむ……悪くないアイデアですぞ。エイジ卿」
私の提案を受け、深沈と考え込んだヒエロニュムスがにやりと笑う。
その横でリューイも大きく頷いた。
魔狼状態に戻ったベイズが先頭に立ち、追跡を再開する。
おそらく五十前後の集団ではないかとベイズは予測したが、かなり足跡が消されたり、偽装されたりしているので、正確な数はわからないという。
「攪乱しようとしているのじゃろうな。その程度の知恵は回る相手ということじゃ。油断はするまいぞ」
「ですな」
ティアマトとヒエロニュムスが変身を解く。
街の中にいるわけでもないので、人間の姿でいる意味はほとんどない。目立たないようにするより、いつでも全力を出せるようにしておく方が良いだろう。
向かう方向は、おおむね南。
私の横にはティアマトが並び、前をリューイが、殿軍をヒエロニュムスが守っている。
「じっさい、どのくらいの距離をあけられてるんだろうね」
「判らぬ。まともに考えれば二、三日分じゃとは思うがの」
ざっとの計算で六十から九十キロほどである。
ただ、街道を旅しているわけではなく、視界も足場も悪い森の中なのでそこまで絶望的な差は着いていないだろう。
まして敵は私たちよりずっと数が多い。
行動速度が速いはずもないのだ。
「ただ、このまま進むと、いささかまずいことになるかもしれません」
地図を左手に、リューイが言う。
現在は森の中だが、南に進んでいくと街道にぶつかる。
そうすると当然のように町や村が存在するわけだ。
モンスターが素通りするかどうか、私にもちょっと判断がつかない。
仮に素通りしたとして、住民が過剰反応する可能性だってある。
モンスターが出たぞー 逃げろー と、なるか。
やっちまえー となるか。
前者ならまだ良いが、後者だと血を見る事態になってしまうのだ。
「それはぜひ避けたいなぁ」
「そういうことを言うておると」
「御大将。大気に血の匂いが混じったぜ」
ティアマトの言葉を遮り、ベイズが鋭く警告を発した。
「ほらの。フラグが立った」
「私が悪いのっ!? いまのは私が悪かったの!?」
「遊んでる暇はねえぞ。どうするか決めてくれ。御大将」
その通りだ。
すぐに私は決断した。
「急行しよう。ベイズ卿とティアで向かってくれるかい?」
「だめじゃ。こんな場所で戦力を分けるのは危険すぎるじゃろ」
「でも、私の足に合わせたんじゃ急行にならないよ」
「めんどくせえ。御大将、リューイ。乗れ」
「あ、はい」
なんか逆らったら怒られそうだったので、私はベイズの背にまたがった。
リューイの手を借りながら。
魔狼の背中は、男二人がまたがっても全然せまくない。
むしろ、もふもふの毛皮が気持ちいい。
ティアマトはひんやりしていて、もふもふはしてないもんなぁ。
あとそんなに大きくないから、背中には乗れないんだよなぁ。
「いくぜ。しっかり掴まっとけや」
たんと地面を蹴り、ベイズが加速する。
速い。
そして怖いっ!
とても身を起こしてはいられない。
全身でしがみつく。
森の中で、木々を避けながらの全力疾走だ。
ジェットコースターだって、もう少し怖くないだろう。
枝とかが目に飛び込んでこないよう頭も下げておく。
そして私の上にリューイが覆い被さる。
自分の身体を盾にして私を守ってくるらしい。
ありがたいんだけど、なんか私のポジションって微妙すぎるなぁ。
ごうごうと、風を切る音が響く。
急速に狭まる視界に、ティアマトとヒエロニュムスの姿が映った。
竜の姫は超低空の高速飛行。猫の紳士は獲物を追う肉食獣のような走り。
ああ……たしかにベイズの背中が一番安全っぽいね……。