見え隠れする真相 5
「いや。喧嘩をするわけじゃないよ」
浮かれ騒ぐ人々。
かがり火が、いびつな影を石畳に作る。
いつしかとっぷりと日も暮れ、周囲は宵闇に包まれていた。
だが、人々の熱気はおさまるどころか、ますます盛り上がっちゃっている。
これ明日とか、仕事にならないんじゃないか?
「んむ」
ティアマトの返答は短い。
私の言いたいことをちゃんと判っているのだろう。
さすが相棒だ。
「喧嘩をして、倒したとしても無意味じゃものな」
その通り。
現地神がなにを考えて、さらに異世界人を召還したのか。
意図はわからない。
文字通り神ならぬ身の上というやつだから。
しかし、判っていることもある。
ひとり呼んだのだから、ふたりでも三人でも同じこと、ということだ。
仮に私たちが召還者を打倒したとしても、現地神が新たな者を召還する。
これではきりがない。
「それに、戦乱が平和に勝るなんて、絶対に言わせない」
ぐぐ、と拳を握る。
勇者様は、世界を危機に陥れた。
それはまぎれもない事実だし、弁解の余地はない。
この時点では持ち込んではいけないものを持ち込んでしまった。
だけど、魔王を倒し、平和な時代を築いた功績を否定することはできないのだ。
「勇者シズルが結果として世界を壊したのだとしても、それを直すために魔王が再臨するなんてシナリオを、私は絶対に認めないよ」
「なんというか、会ったこともない弟のために熱くなってくれるのはありがたいがの。具体的にはどうするつもりじゃ?」
やや照れくさそうなティアマト。
そりゃあ君の弟なら、私の弟と同じだからね。
「話し合うつもりだよ」
「話し合いのぅ。たしか汝は、それで殺されたのではなかったかのぅ」
いえす。あいらぶ。
まったくもって油断でした。
ウカツでしたとも。
「二の轍は踏まないさ。それに交渉事こそ、私の本領だよ」
「汝はたしか木っ端役人であって、交渉人ではなかったと記憶しているがの」
木っ端いうな。
事実だけど。
自分で何回も言ってるけど。
他人様に言われると腹が立つんだよ。
「伊達や酔狂で、市民の皆さんの相談事を処理してるわけじゃないんだよ」
私たち役人への相談には、ただ聞いて欲しいだけ、という類のものは存在しない。
つねに明確な回答を求められるし、具体的な善後策を提示しなくてはいけないのだ。
たとえば納税相談。
ものが税金だけに、払わなくても良いよという結論には絶対にならない。
負けてあげるよ、という話にもならない。
だから、どうやれば納付できるのか、分割すれば払えるのか。月々の収入からどのくらい捻出できるのか。そういう部分を相談者と一緒に考えてゆくことになる。
それでもなお納税が困難で、生活に困窮しているなら、しかるべき部署を紹介するのだ。
愚痴を聴くのではなく、方針を立てる。
それが我々のいう相談である。
「我らとはちと違うな」
「まあね」
ティアマトは、日本ではスクールカウンセラーをしていた。
カウンセリングとは、相談者の話をきくというのがまず第一にあるらしい。具体的な方針設定はあんまり求められない。
説教をするなど論外だ。
役人の折衝とは、まったく違うのである。
「して、なにを話し合うつもりじゃ?」
「共存の方法を」
「これは大きく出たの。人とモンスターが共存かや」
できると思っているのか、と、ティアマトが笑う。
簡単な話ではない。
多くのファンタジー作品では、なんの違和感もなく共存しているが、それがいかに難しいか、私にも判るつもりだ。
モンスターは人を食う。
この事実がある以上、ともに暮らすのには無理がある。
一方を檻に閉じこめる、とかでもしない限り。
もちろん、そんなものを共存とはいわない。ただの飼育だ。
日本にも動物園や、クマ牧場がある。
これを共存と呼びますかって話だ。
栄養摂取の方法が異なっているというのは、なかなかに厚い壁だったりする。
「けど、話し合いをしないで無理だと決めつけるのは、ちょっと乱暴だろう?」
「そうじゃな」
ふむとティアマトが頷く。
相手が戦争を仕掛けてきたからといって、接触チャンネルを持たないという選択肢はない。
どっちかが死ぬまで殴り合うってのは、なんぼなんでもナンセンスすぎる。
「敵の本拠地をさがし、親玉と交渉する。方針としてはこんなところかの」
「だね」
やれやれと肩をすくめ合う。
海産物の調査とか、麹を探すとか、平和なプランを立てていたはずなのだが。
どうにもこの世界は、私たちに平和を与えてはくれないらしい。
逃げたモンスター軍団の追跡を行うことになった。
どんちゃん騒ぎの翌日のことである。
あきらかに二日酔いの表情をしているアガメムノン伯爵に、私はそれを告げた。
「彼らは強大であり、繁殖力旺盛です。放っておけばすぐに戦力を立て直し、何度でも攻めてくるでしょう。それを防ぐには頭をなんとかするしかありません」
「なんと……エイジさまはそこまでノルーアのことを……」
「いいえ? 私たちにとって、国とかはそれほど重要な意味を持ちませんよ。ただ人を救う。それだけです」
ノルーア人とかアズール人とか、あんまり関係ないのである。
今回は結果として、ノルーアを助けるというだけの話だ。
「神仙さま……」
「とはいえ、ノルーアは地理不案内ですので、案内人をつけていただけると助かります。それと通行証とかも発行していただけると、非常に非常に助かるのですが」
ちょっと図々しいお願い。
じつは権威付けのためである。
いちおう私はF級冒険者なので、街道をなんとなーく旅していたって不審がられることはない。
戦争をやってるなら、雇われ兵として仕事を求めてきたのだろうと思われるだけだ。
地理に関してもティアマトにインストールされた無駄知識があるので、そうそう迷子になることはないだろう。
しかし、伯爵閣下のお墨付きがあり、案内人も一緒となれば、行動の自由度が全然違ったりする。
使えるコネは存分に使う。
それが私ことエイジクオリティだ。
という旨を、私はアガメムノン伯爵に正直に語った。
不興を買って断られたら、それはそれでかまわないからである。
騙して利用するというのは私の流儀ではない。
利用するなら、これから利用しますよとちゃんと告げます。
「エイジさまは、宮廷人向きではありませんな」
伯爵が笑う。
うん知ってる。
なにしろ、さらっと一回殺されましたからね。
「お心は理解しました。そういうことであれば、我が愚息を随伴としてお連れください」
そういって紹介されたのが、リューイ・アガメムノンという若者である。
伯爵令息だ。
年の頃ならサイファくんと同じくらい。見事な赤毛と優しげな面持ち、鍛え上げられたサーベルのような体躯。
ベイズほどワイルドでもなければ、ヒエロニュムスほど瀟洒でもなく、実直そうな雰囲気である。
そして身長は私と同じくらい。
この世界の人々の中では、ずば抜けて恵まれた体格だ。
なんつーかイケメン!
またしてもイケメンだよ!!
なんで私の周囲にはイケメンばっかり集うの!?
これで私が女だったら、逆ハーレムじゃー ぐへへへー
とか喜べたかもしれないけど、残念ながら私は男だ。妻子はいないけど恋人はいる。
ドラゴンだけども。
「エイジさま。無能非才の身ながら、精一杯つとめさせていただきます!」
びしっと背筋を伸ばすリューイ。
ああもう。
爽やかだなぁ。
「よろしくね。リューイ卿」
「そんな。僕のことはリューイとお呼び捨てください」
なんで頬を赤らめるの?
誤解を招くような行動はやめて。
ぽむぽむと肩を叩かれる。
振り向くと、人間状態のティアマトがいた。
右手の親指を立てて。
ごめん。
そのポーズの意味がまったく私には判らないよ。
君はなにを期待しているんだい?
恋人よ。