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見え隠れする真相 4


 祝宴が始まる。

 そりゃもう大騒ぎだ。

 モンスターに蹂躙されるという未来が、一瞬にして戦勝に切り替わったのだから、興奮するなという方が無理である。

 備蓄されていた食糧や酒が放出され、マードック一座が音楽や踊りで盛り上げる。

 街の中央広場は、とんでもない人出だ。

 青森のねぶた祭りかよってレベルで。

 たしかあれも戦勝のお祭りだったなぁ。

 坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが、蝦夷(えみし)征伐に成功して凱旋したお祭り、だったはずである。

 だから、無礼講での大騒ぎ。

 ラッセラー、という独特のかけ声は、出せ出せ、というくらいの意味で、これは勝利の酒をもっとだせといったあたりから生まれたらしい。

 跳人(はねと)と呼ばれる踊りに、型もなにもないのだって、たぶん同じ理由だろう。

 勝利の興奮で飛び跳ねながら酒を飲む。

 礼儀もへったくれもない。

 まさに、いまのモステールの状態だ。

 ベイズとアガメムノン伯爵が肩を組んで調子はずれの歌を歌う。

 街の美女たちとヒエロニュムスが軽快なダンスを踊る。

 打ち解けてるなぁ。

 モテてるなぁ。

 私は喧噪から身を引き、なんとなくみんなを眺めている。

 ほら、やっぱり討伐されちゃった蝦夷(えみし)の末裔としては、戦勝の宴には参加しづらいんだよ。

「んむ。そもそも坂上田村麻呂が討伐した蝦夷とは、北海道人のことではまったくないがの」

「ですよねー」

 北海道が蝦夷と呼ばれたのは近世以降。

 具体的には戦国時代の終焉あたりからの話である。

 ただ、それまで北海道に人がいなかったかといえばそんなわけはない。アイヌ民族だって普通に暮らしていた。

「ねぶた祭りのかけ声も、アイヌ語が語源ではないかという説もあるしの。ついでに、蝦夷というのもアイヌ語で人を表す『エンチュ』という言葉が日本語になったものなのではないかという説を、金田一京助が展開したのじゃよ」

 高名な国語学者の名前を出すティアマト。

 相変わらずの無駄知識っぷりである。

「ティアはどう思う?」

 私の質問は、もちろんねぶた祭りについてでも、アイヌ語についてでもない。

「時期が符合している。偶然で済ませるには、ちと怖いの」

 私が一度死んだことによって、この世界の歴史は動いた。

 脚気による死者が激減する歴史へと。

 監察官(インスペクター)はそう言っていた。

 私はその歴史を選択しなかった。

 戦による解決を拒否し、やり直しを要求した。

 いま紡がれているのは、神仙エイジが殺害されず、サイファやミレアが国外脱出せず、アズールとノルーアが戦争をしなかった歴史である。

「けど、解法は示されてしまった」

「んむ。我もエイジと同じ考えじゃ。現地神は汝の失敗から学んだのではないかの」

 なにを?

 と、私は問わなかった。

 自明のことだから。

 戦争が起きれば、日々の生活を楽しむ余裕などなくなる。

 脚気など、あっという間に駆逐されてゆくだろう。

 太平洋戦争中の日本のように。

「仮説。現地神は別の人物を召還した。人間ではなく、魔物の側に立つ存在として」

「じゃな。そう考えれば筋が通る」

 モンスターと戦争状態のノルーア王国。

 妙に統率のとれたモンスター。

 これまでモンスターなかったはずの戦略的発想。

 すべてが、ひとつのフラグメントを指し示している。

「でもなんでこの時期なんだろう。そんなに都合良く呼び出せるなら、勇者(シズル)くんの時代をいじった方が、ずっと簡単なんじゃないかな」

 なにも修理屋を連れてくる必要はない。

 魔王を倒した勇者を、その時点であっさり殺してしまえば、現在の問題は起きていないのだ。

 どうにも、現地神のやることは、後手後手に回っているような気がする。

「時間は不可逆なのじゃろうよ。起きたことに対処することはできても、原因そのものを取り去る手だてを現地神は持たぬのではないか?」

「私はやり直したけどね?」

「それは誰の手管(てくだ)じゃ?」

「そうだった」

 監察官がやってくれたのである。

 そして彼女は、これを切り札(・・・)と呼んでいた。

 切り札なんてものは、何度も何度も切れるようなものじゃあない。

 たった一回、逆転の必殺技として使うのだ。

「歴史は改変され、戦の起きない未来が紡がれはじめた。これを良しとしないならば、することはひとつじゃろうな」

「なんてこったい……」




 勇者ではなく、人に仇なす存在を召還する。

 それは人を救うために。

 無茶苦茶な話である。

 が、じつのところそう複雑な話でもない。

 国でも組織でも良いのだが、人間の集団ってものが団結するには敵が必要なのだ。

 漫然と続く平和が、この世界にもたらしたものはなにか。

 まあこの場合は日本も同じ。

 七十年続いた平和によって、日本人は戦時中の人々より精神的に成長できましたか、という話だ。

 そこまでどぎつい例えを出さなくても、スーパーマーケットで働く人たちの人間関係はわりと良好だという。

 お客、という共通の敵を持っているから。

「充分以上にどぎついの。汝は接客業の人々に心から謝罪すべきじゃ」

「申し訳ありませんでした」

「んむ。ようするに次なる召還者は、人類に仇なすもの、という見当じゃな」

「人外転生なり転移なりが可能なのか、という部分は残るけど」

「我という実例があるでの。そこは考える必要はあるまいて」

 そうでした。

 人間から竜になっちゃった人がいたよ。

 中島敦(なかじま あつし)の『山月記』よりおっかない。

「あるいは、(しいた)げられるモンスターのために起てと言いくるめられておるかもしれんのぅ」

「んなあほな……て、それもあるのか」

「んむ」

 ようするに視点の違いである。

 ゴブリンにしても他のモンスターにしても、人間から見れば害獣だ。

 当然のように狩り立てられ、殺される。

 しかし、モンスターはべつに人間に狩られるために生まれてきたわけではない。

 彼らには彼らの生活があり、生存圏がある。

 どちらかといえば、そこに浸食しているのは人間の方だろう。

 ただ生きているだけなのに、どうして狩られなくてはならない?

 食べるためというなら、それはある意味において仕方がない。

 生存競争というやつだ。

 だが、毛皮や牙を求めて狩るのは、生きるために必要なことなのか?

 ただのエゴではないのか?

 この世界は人間の専有物か?

「魔物を動物に置き換えれば、地球でだっていくらでも聞く話だからね」

 自然保護団体や動物愛護団体の主張だ。

 それが間違っているとは思わない。

 もし地球に意志があれば、「人間さえいなければ」と言うかもしれないのだから。

 なにしろ人類という不肖の子供たちは、地母神の身体を痛めつけることしかしていない。

 しかし、

「じゃが、それもまた人間の主張に過ぎぬ」

 言葉をかぶせるように、ティアマトが言う。

 私は軽く頷いた。

 結局、人間は人間以上にも人間以外にもなれないのである。

 動物の言葉を代弁したところで、それは代弁する人間が勝手にそう思っているだけのこと。

 ノルーアでも同じ。

「これは人間とモンスターの戦いじゃないよね」

「んむ。人間VSモンスターを操る人間、じゃよ」

 苦笑を交わし合う。

 もちろん、私たちの意見には証拠があるわけではない。

 偏見と先入観に基づいた、ただの予測である。

「思案のしどころじゃぞ。エイジや。この事態、いかに収拾をつける?」

 ティアマトの問いかけに私は腕を組んだ。

 放置はできない。

 このまま泥沼の戦争に突入したら、双方ともにとんでもない数の犠牲がでてしまう。

 いや、言葉を飾っても仕方がないね。

 モンスター側の損害など、私は考えていない。

 ベイズやヒエロニュムスは良き友人であるが、それとこれとは話が別である。

「まずは、相手の本拠地を探し出すしかないだろうね」

「頭を潰すのじゃな?」

 小首をかしげるドラゴンだった。


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