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見え隠れする真相 3


 そこから先は、あっという間だった。

 四百五十名と二人は、八千のモンスター軍団を文字通り一撃で粉砕した。

 おそらく敵の残数は千に達しないだろう。

 交戦を断念して逃げ始める。

 数の上では、まだアガメムノン伯爵軍より多いのだが、数以外のすべてで伯爵軍は勝っていた。

「勝ちましたな。エイジ卿」

「……うん。そうだね」

 街はもうお祭り騒ぎだ。

 誰もがもうダメだと思っていたところからの一発大逆転。

 興奮するなという方が無理である。

 しかし、ヒエロニュムスの言葉に対して、私は返答の前に沈黙を挿入してしまった。

 自らがもたらした殺戮がいまさらのように怖くなった、からではない。

「いかがなさいました。エイジ卿。なにやら思い屈している様子とお見受けいたしまするが」

「ヒエロニュムス卿。モンスターってのは、あんなに整然と撤退するものなのかい?」

「ぬ?」

 私の視線を追うように、ヒエロニュムスが彼方を見はるかす。

 負傷者を陣の内側に入れ、後方を警戒し、周囲に散ったモンスターを糾合しつつ撤退してゆく姿を。

「……あれは、たしかにおかしいですな。ゴブリンやオークにあのような作戦行動がとれるはずもありません」

「そのとおりじゃ」

 ドラゴンの姿に戻ったティアマトが、ばっさばっさと飛んで街壁の上に着地した。

「ティア。無事だったんだね」

 ほっと息を吐く。

 彼女がべらぼーに強いことは知っているが、だからといって積極的に戦場に送り出したいわけではないのである。

「朝飯前じゃよ、と言いたいところじゃがな。人の姿のままでは厳しかったゆえ、変身を解いた。ベイズも同じじゃろう」

 ふむ。

 余裕そうにみえて、じつは苦戦したということだろうか。

「小生たちは百匹のゴブリンを怖れたりいたしません。ですがサイファ卿のチームは怖れる。ということですかな? ティアマト様」

「んむ」

 ヒエロニュムスの言葉に頷くティアマト。

 その意味を、私も察することができた。

 モンスター軍団と人間の軍隊、その決定的な差は統制だ。

 人間は魔物に比較すれば個体戦闘能力で劣る。

 それは事実である。ゾウの巨体も、ライオンの牙も、ヒョウの俊足も持っていないからだ。

 一人で何匹もの豚鬼(オーク)と戦えるような猛者もいるが、そういうのはあくまでも例外。

 本質的に人間は弱い。

 同じサイズの動物で比較すれば、最弱だと言い切っちゃっても良いくらいである。

 しかし、世界の覇者は人間なのだ。

 私の生まれ故郷、北海道だってエゾオオカミでもヒグマでもなく、勝ったのは人間だったりする。

 理由は簡単で、人間は集団戦ができるから。

 作戦を立てることができるから。

 どうすれば勝てるかって考えることができるから。

 これがすごい大きいんだよ?

 モンスターはそうじゃない。

 本能のままに襲いかかり、怖くなったら逃げる。あるいは、計算もなにもなく死ぬまで戦い続ける。

 けどそれじゃあ人間には勝てないんだ。

「我らの一撃で勝てぬと読み、撤退を始めたのじゃ」

「全軍の九割近くを失っておりますが」

「それよ。ヒエロニュムス。九割といえばたしかに惨敗じゃ。じゃが、九千というのはオークやゴブリンにとって、どういう数じゃ?」

「……たしかに、たいした数ではありませんな」

 ゴブリンもオークも繁殖力が強く、あっという間に増える。

 これはまあ、たいていのファンタジー作品で同様の扱いだ。

 絶滅危惧種の(レッドデータ)ゴブリンというのは、きいたことがない。

「千も残ったのだから上等、と、考えるかもしれませんな。敵の指揮官(・・・)は」

「やっぱりヒエロニュムス卿も、モンスターには頭がいるって読むんだね」

「然り」

 私の言葉に伊達男が頷く。

 そもそも、モンスター軍団が交通の要衝を狙う、というのが胡散臭(うさんくさ)い。

 あきらかに、これは作戦行動だろう。

「戦争を仕掛けるモンスターか……」

 腕を組み、私は考え込んだ。

 どうにも想像力が悪い方向にしか働かない。

 でも、たしかにアガメムノン伯爵軍の動きは良かったのだ。脚気が蔓延しているとは思えないほどに。

 戦争によって白米を食べる余裕がなくなり、雑穀を入れてかさ増しするようになる。

 このフレーズを、私は聞いたことがある。

 そしてそれを聞いてから、二ヶ月近くが経過しようとしていた。

 偶然の符合(ふごう)だろうか。

「どうしたのじゃ? エイジ。顔が悪いぞ」

 心配したのか、えらくベタなことをティアマトが言った。

「君は自分の恋人の顔が悪くても平気な人なんだね。ティア」

「べつに顔に惚れたわけでもないでの。どちらかというと身体目当てじゃな」

 うん。

 君は最低の恋人だよ。




 ともあれ、勝利は勝利である。

 モステールの街は戦勝に沸きかえり、凱旋した伯爵軍は若い娘たちからキスと抱擁の雨で迎えられた。

 とりわけ、ベイズの背にまたがって奮戦したアガメムノン伯爵だ。

 伝説の英雄みたいに格好いい。

 その伝説の英雄が、慌ただしく私の前に駆け寄って片膝を着いた。

 臣下の礼である。

 街壁から降りてすぐのことだ。

 あー こういうのはちょっとやめて欲しいなぁ。

 またいらない敵を作っちゃうじゃないか。

「エイジさま。神仙(ハミット)さま。我が町を救ってくださり、感謝の言葉もありません」

「その功績はあなたのものですよ。伯爵閣下。私たちはほんの少しだけお手伝いしたに過ぎませんから」

 伯爵の手を取って立ちあがらせる。

「かくて英雄は神仙(ハミット)の信を得たり」

 語り部が朗々と歌いあげる。

 おい。

 誰かあのじいさんを止めてくれ。

 なんで絶妙なタイミングで、絶妙なナレーションを入れてくれるの?

 おひねりとか出ないよ?

「エイジさま……」

「謙遜ではありませんよ。伯爵閣下と軍の方々がここまで持ちこたえてくれたから勝てたのです」

 もしもすでに敗北していたなら、当然のように手を出す余地などない。

 ゲリラ戦という戦術選択も良かった。

 対抗するため、モンスターは陣形を組み、犠牲を覚悟で進軍してきたのだから。

 モンスターが正攻法だったからこそ、ティアマトやベイズが個のチカラを発揮できたというのも、まぎれもない事実だ。

 彼らがお家芸たる神出鬼没さで勝負してきたら、いかなティアマトだって手を焼いただろう。

 だから、功績のほとんどはアガメムノン伯爵にあるといっても言い過ぎじゃないのである。

 私たちはたまたまタイミング良く居合わせ、状況を利用しただけだ。

「とはいえ、私たちも頑張りました。今夜の食事くらいはおごってくれてもバチは当たらないと思いますよ」

 片目をつむってみせる。

 一食のごはんで充分だよ、と、いうのは、かっこつけただけではない。

 彼らがなにを食べているのか知りたいのだ。

 ぱっと顔を明るくする伯爵。

 名誉とか金銭とか要求しない。国王に会わせろとか無茶なことも言わない。

 モステールの領主としては願ったりかなったりだろう。

「んむ。エイジはまったく頑張っていないがの。頑張ったのはおもに我とベイズじゃ」

 良いタイミングでティアマトが冗談を飛ばしてくれる。

 さすがは相棒なのである。

「本当のことを言うなよ。ティア。泣いちゃうぞ? おもに私が」

 もちろん私もそれに乗り、場が笑いに包まれた。

 掴みは上々。

「戦時ゆえ、たいしたおもてなしはできませんが」

「問題ありません。私たちも旅の身です。必要以上に歓待などされたら、かえって気後れしてしまいますよ」

「恐縮です」

「ところで、戦時とおっしゃいましたが?」

「はい……」

 やや声を落とす伯爵。

 一月(ひとつき)ほど前のことらしい。

 突如としてモンスターが凶猛化した。なんというか、冒険者とかで狩れるようなものではなくなった。

 組織的に、効率的に戦うようになったのだ。

「まるで、奴らを率いる王が現れたかのように……」

 壮年の伯爵の声に、私は薄ら寒いものを感じていた。


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