見え隠れする真相 2
私とティアマト、それにベイズとヒエロニュムスは、義勇兵としてアガメムノン伯爵軍に参加することとなった。
F級冒険者など戦力として数えることはできない、と、伯爵閣下は考えただろうが、いまは一人でも二人でも戦える人間が欲しいのは、まぎれもない事実である。
その上で、私はマードック一座に、モステールの街から退去するよう勧告した。
「街が陥ちてしまえばどこに逃げても同じこと。まして鈍足な我々ではすぐに追いつかれることでしょう」
しかしマードック氏は、そんな言葉で拒絶する。
それ以上の説得を、私はしなかった。
座長の意見はもっともだったし、逃げたからといって安全とは限らない。街を迂回したモンスターが追いかけたら、それで終わりなのだ。
「それに、もう逃げる時間もなさそうじゃしの」
「だな。全軍で進軍を開始したっぽいぜ。鬼どもが」
気配を読んだのか、ティアマトとベイズが口を開く。
もちろん私にはそんなものを感じることはできない。
「延々と続く消耗戦に嫌気がさした、というところでしょうな。ある程度の損害は覚悟の上で城攻めを敢行するつもりでしょう」
ヒエロニュムスが解説してくれる。
軍師みたいだった。
いちいち格好いいポジションを占めてくれる男爵である。
私は軽く頷き、ティアマトに視線を向けた。
「やれそう? ティア」
「この姿のままでは一気に薙ぎ払うというのは難しいのう」
それって、本来の姿なら一撃だって言ってるのと同じじゃないですかやだー。
「我とベイズで引っかき回し、混乱したところをアガメムノン伯爵軍が押し出す。このあたりが常識的な戦術じゃな」
「むしろ常識さんが逃げていったよ。いま」
たった二人で、しかも人間に変身したまま、八千のモンスター軍団を引っかき回せると豪語するのである。
この竜の姫は。
「小生も参りましょうか?」
「不要じゃ。汝はエイジを護るがよい。我が離れてしまえば、こやつなどアイリより弱いからの」
「御意にて」
うやうやしく一礼するヒエロニュムス。
あのー?
私の立場は?
ないっすね。そんなもん。
知っていましたとも。
「伯爵閣下。どうやら敵が動き始めたそうです」
「貴殿らは……いったい……」
唖然とした表情をアガメムノン伯爵が浮かべた。
そりゃそうだよね。
緊急事態に、空気も読まずに街にやってきた旅芸人一座。
逃げろと言うのに逃げもせず、それどころか勝つ算段までしている。
頭がおかしいと思われてもしかたがない。
「私たちで敵を乱し勝機を作ります。タイミングを計って、閣下の軍でとどめを刺してください」
「なにを言って……」
「伯爵さま。エイジさんとティアマトさんは神仙なのですよ」
横からマードック氏が説明してくれた。
ありがとう。
ありがとう。
自分で言わなきゃいけないかと思ってどきどきした。
謙虚さを美徳とする日本人としては、こういう局面で肩書きを名乗るのって恥ずかしいんですよ。
「街壁の上に、のぼらせてもらいますね」
微笑で気恥ずかしさを隠し、私は歩を進める。
モステールの街壁は高さ三メートルほど。なかなか頑丈そうな造りだが要塞というわけでもないので、本当にただの分厚い壁だ。
外敵を迎撃するための装置も置かれていないし、弓箭兵も配置されていない。
一緒にくるのは、ティアマト、ベイズ、ヒエロニュムス。
これはまあ良いとして、なぜかマードック一座もついてくる。
手に手に太鼓や銅鑼、管楽器などをもって。
なるほど。
そういう演出ですか。
即興劇を演じる一座である。
私たちの活躍に音楽を添えようという計算だ。
語り部のご老体などは、右手を喉にあてて調子を確かめている。
「マードックさん。本物の戦ですよ?」
「はて。偽物の戦というものがあるのですか? エイジさん」
にやりと笑う座長だった。
じゃーんとど派手な音を、銅鑼ががなりたてる。
街壁の上にすっくと立つ四人。
どろどろと鳴る低音の太鼓を背景に。
「聞けぇい!」
朗々たる声を語り部が発した。
ポジション的に私が言ったように見えるだろう。
「神仙の加護篤きこの街を蹂躙せんと欲する下賎の輩よ!!」
また適当なことを詠いだしたぞ。このじいさん。
私はついさっきモステールに着いたばかりだ。
加護もへったくれもあるもんか。
「天の怒りを怖れるならば! いますぐに逃げ散るが良い!!」
詠う詠う。
言いたい放題だ。
もちろんモンスター軍団は、怯んだりしない。
南東の方角から、不吉なうねりとなって押し寄せる。
八千と一口にいったところで、現実には目算なんてできない。
正直、かなり怖い。
「我は右からまわる」
「じゃあ俺は左からだな」
私の横で会話を楽しむ竜と魔狼。なんというか、散歩にでも出掛けるような気軽さだ。
ふたたびの銅鑼。
次の瞬間、眩い光が走り、モンスター軍団の一角を薙ぎ払う!
ティアマトの閃光の吐息だ。
人間状態なのにどうやって出したの!?
私が質問するより速く、
「いきなり飛び道具とか、相変わらずお嬢はえげつねぇな!」
壁を蹴ったベイズが飛び出す。
百メートル以上の距離を跳躍し、敵の真っ直中に降り立った。
驚く小鬼どもを草でも刈るように薙ぎ払う。
一座が勇壮な音楽を奏で始めた。
開演である。
血と破壊の宴の。
「あれはあれでえげつないと思うがの」
くすりと笑ったティアマト。
「では我もゆく。良い子で待っておるのじゃぞ。エイジや」
「気を付けてね」
私の頬に軽く口づけして、街壁から飛び降りる。
なんというか、ふたりにとって三メートルの高さというのは、距離でもなんでもないらしい。
混乱するモンスター軍団。
「猛き星砕きのベイズ、麗しの竜姫ティアマト。其は神仙の剣、其は神仙の盾」
語り部の歌にのせて。
いつの間にか、住民たちもたくさん壁にのぼって、ティアマトとベイズに声援を送っている。
あんたら、さっきまでの悲壮感をどこに捨てたんだ。
「エイジ卿。まもなく敵陣は崩壊しましょう。好機かと」
横に立つヒエロニュムス。
うやうやしくアドバイスをくれる。
モンスターたちは必死に陣形を再編しようとしているが、まったく効果はあげられていない。
守ろうとしたポジションをベイズが切り裂き、突撃体勢を形成しようと密集すれば、ティアマトの閃光の吐息が薙ぎ払う。
戦闘などといえるものではなかった。
まさに蹂躙だ。
軽く頷いた私が腹に力を込めて叫ぶ。
「開門!!」
う。
ちょっとなまっちゃった。
それでもどうにか意図は通じたようで、重い音を響かせて街門が開いてゆく。
居並ぶは、アガメムノン伯爵軍四百五十騎。
傷つき、疲れ果ててはいたが、瞳は闘志で燃えている。
「刮目して見よ! 勇士たちの突撃である!!」
語り部の声。
なんというか、見れば判るようなことをわざわざ解説するのは、住民すべてが見ているわけではないからだ。
彼らが普段おこなっている即興劇と同じである。
きちんとした劇場で演じているわけではない。ステージだってない。
そんな状態で観衆たちに伝えるには、いささか演出過剰なナレーションが必要になる。
激しく打ち鳴らされる銅鑼。
音楽も最高潮だ。
「突進!!」
伯爵の号令とともに、飛びだしてゆくアガメムノン軍。
弓弦から放たれた矢のような速度で。
馬蹄がモンスターどもを引き裂き、押しつぶしてゆく。
先頭を駈けるのは、勇猛にもアガメムノン伯爵その人だ。
と、その横になにかが並んだ。
白銀の毛並みをたなびかせた魔狼。
敵か、と、思う暇すらなく、彼の姿は狼の背にあった。
「そして英雄は認められる! 神仙の剣、魔狼ベイズに!!」
語り部の言葉に、人々が歓声をあげた。
鳴りやまない音楽をかき消すほどに。
ベイズにまたがったアガメムノン伯爵。
まったき興奮の中、大剣を振りかざして突撃を叫ぶ。
まさに英雄の姿だ。
異常なまでに士気を高められた伯爵軍が、さらに速度を上げた。