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見え隠れする真相 1


 山間部を越えると突如として視界がひらけた。

 目に飛び込んでくるのは一面の(あお)

 無限に連なる波濤(はとう)

 海だ。

 陸封された内陸の国から、海の王国へとやってきた。

「んんー 潮風が気持ちいいなぁ」

「んむ。ここから見えている海までは、ざっと二十キロはあるからの。海風が届くわけがないのう」

 私の感慨に突っ込んでくれるティアマト。

 なんでこの人は、こういうことを言うんでしょうね。

 世の中には偽薬(プラシーボ)効果というのがあるじゃないですか。

 山の上から見おろしたって、海は海じゃないですか。

「気分を出したっていいじゃない」

「にんげんじゃものな。てぃあを」

 もはやお約束となった馬鹿な会話だ。

「とはいえ、エイジさんと同じ感想を持つ人は多いですよ。がらりと風景が変わりますからね」

 御者台で手綱を操りながらマードック氏が笑う。

 ちなみに私は歩いているぞ。

 旅を始めてそろそろ一ヶ月を過ぎるのだ。いつまでも軟弱なことを言っていられない。

 日にも焼けたし、ちょっとワイルドな感じになったと自負している。

「人並みになったと威張っているのは、うちの大将くらいのもんだけどな」

 私よりずっとずっとワイルドな大男の台詞である。

 ほっといてくれ。

 丸一日歩き続けられるなんて、私には快挙なんだよ。

「いやいや。たいした成長ですよ。ベイズさん。最初の頃はずっと馬車の中だったじゃないですか。やっと歩いたと思ったらものの数刻で根を上げる始末。あのころに比べたら雲泥(うんでい)の差ですよ」

 お願いだ。マードック氏。

 私をかばうつもりがあるなら、もう喋らないでくれ。

「ともあれ、このペースであれば夕刻には目的地に着きそうですな。久方ぶりにベッドで寝られるというもの」

 これはヒエロニュムスの言葉。

 瀟洒(しょうしゃ)な伊達男の横には、アイリ嬢が並んで歩いている。

 とても仲良さそうに。

 変身していてもしていなくても、相変わらずモテモテでけっこうなことだ。

 けっ。

 ヒエロニュムスの言うとおり、ここ数日は野営だった。

 峠を越える行程だったため、さすがに宿場は存在しないのだ。

 そして峠を越えて最初に訪れることになる街がモステール。

 ノルーア王国第二の都市で、陸と海の玄関口ともいえる街だという。

 マードック一座のノルーア最初の公演は、いちおうモステールで行う予定である。

 もちろん先方の都合もあるから必ず公演できるとは限らない。

 その街を治める領主に話を通し、許可がもらえたらという話なのだ。

「断られることってあるんですか? マードックさん」

 一緒に旅してしばらく経つが、そういう場面には遭遇したことがない。

 娯楽に飢えたこの世界の人々が、せっかく訪れた旅芸人を断るというのは、あまりリアリティがない気がする。

「皆無とはいえませんよ。なにか他の行事で広場を使っているということもありますし、あるいはそれどころではない事情があることもあります」

「それどころじゃない?」

「戦の準備とか」

「おうふ」

 ここは平和な日本とは違う。

 街を治める領主というのは、日本でいう町長や市長とはまったく異なるのだ。

 国王から預かった街を預かり、大過なく運営しなくてはならない。

 彼らの仕事には、たとえば山賊やモンスターとの戦も含まれる。

 そのための裁量権であり兵力だ。

 私がそういう局面に立ち会わなかったのは、たんに運が良かっただけである。

「できれば平和に旅を続けたいですね」

「そういうのをフラグというのじゃぞ」




 まったくその通りでした。

 私の余計な一言のせいで、マードック一座はモステールでの公演を諦めなくてはいけないかもしれない事態に陥った。

「なわけあるか。ただの偶然だよ」

「んむ。誰に言い訳しているのじゃ? 汝は」

 立ち寄ったモステールの街は、かなり物々しい雰囲気に包まれていた。

 なにやら近くの森までモンスターの軍団が進出し、交戦状態だという。

 相手は小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)を中心として、ざっと一万。

 人喰鬼(オーガ)一つ目鬼(サイクロプス)まで、数こそ少ないが混じっているという。

 かなりの大軍だ。

 城壁に拠って戦ったとしても、まず間違いなく街にまで損害が及ぶ。

 しかも壁を突破した敵兵力が殲滅不可能な数に達してしまったら、モステールそのものが失陥してしまう。

 そしてそれは、ノルーア王国にとって致命傷だ。

 西への交易拠点と海の玄関口を同時に失ってしまうことになるから。

 籠城(ろうじょう)して堅守しつつ、王都からの来援を待つというのが最も安全策なのに、その安全策すらギャンブル。

 かなり厳しい状況である。

 かかる苦境にあって、領主ミハイル・アガメムノン伯爵は大胆な決断をした。

 正面決戦ではない。

 籠城戦でもない。

 彼の麾下(きか)にある千名の兵力を使ってのゲリラ戦。

 森の影、夜の闇、狩猟用の罠。ありとあらゆるものを利用してモンスターの数を減らしていった。

 むしろ、神出鬼没なモンスターたちのお家芸ともいえる戦い方である。

 彼がこのような奇策を打ったのには、もちろん理由が存在する。

 籠城してモステールだけを守れば良い、というものではないのがひとつ。

 周辺には無防備な町や村が点在しているのだ。

 モンスターどもの牙がそちらに向くのは大いにまずい。

 襲撃を受ければ、ほとんど抵抗もできずに無辜(むこ)の民が死ぬ。

 田畑を荒らされるのだって困る。

「それになにより、軍とは民を守るために存在する。諸卿には私の麾下にあることを不運と諦めてもらおう。死んでくれ。ひとりひとりが最低でも十匹以上のモンスターを道連れに。さすれば我らは千名、敵は一万。双方が地上から消滅する」

 などという扇動(アジ)演説をうったらしい。

 伯爵の意気に感じた忠良の勇士たちは、正規軍としてのプライドも騎士としての矜持も捨てて、ただモンスターを狩るマシーンと化した。

 華美な鎧を捨て、顔や身体に泥を塗りたくって風景にとけ込む。

 そうやって気配を消し、一匹また一匹と始末してゆく。

 中にはそうやって倒したモンスターの一隊とすり替わり、油断させて他の隊を潰した部隊もいるらしい。

 名誉ある騎士団の戦い方ではまったくない。

 しかし、民を守ることこそが彼らの誇りであった。

 ゆえに勝利以外のなにものもいらない。

 悲壮な覚悟で戦い続けるアガメムノン伯爵軍。

 なんとかモンスターどもの足止めには成功した。

 しかし、こんなやり方が長続きするはずもない。

 作戦開始時、千を数えた伯爵軍はすでに半数を割り込み、残りの半数も疲労の色濃く、すでに軍としての機能を喪失しつつある。

 対するモンスター軍団は二割近くを失ったものの、いまだ八千以上が健在だ。

 もはや伯爵にとれる手は存在しない。

 稼いだ数日で、ノルーア王国軍本隊が近くまで来ていると信じ、城を枕に討死する覚悟で籠城戦を展開するしか。

 というのが、私たちが到着したときの状況である。

 もっのすごい悲壮な空気の中に、旅芸人一座がのこのことやってきた。

 もうね。

 なにしにきたんだよてめーら、という門兵の視線が痛いこと痛いこと。

 だってしょうがないじゃない。

 こんな状況になってるなんて、アズール側からきた私たちに判るわけがないんだから。

「せっかく訪ねていただいて申し訳ないが、いまは芸事を楽しむ余裕がない。それより、間もなくこの街は戦場となるゆえ、速やかな退去をおすすめする」

 それでも一応会ってはくれたアガメムノン伯爵は、このような言葉を私たちにかけた。

 ようするに来た道を戻れということだ。

 疲れ切った表情はしているものの、ひとかどの人物であるように私には見えた。

 とはいえ、ご厚意に甘えて逃げ出すというわけにもいかない。

「これもたぶん、世界を救う事業の一環じゃろうからの」

 やれやれとティアマトが肩をすくめた。



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