表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/82

リスタート! 9


 悩みどころである。

 マードック一座と行動をともにすることによって、私たちにもたらされるメリットは、それなりにある。

 まず第一に食事だ。

 家事能力の低い私と、皆無の三人。

 道中、まともな食事にありつけるはずもない。

 宿場に泊まれるときは問題ないが、野宿となったら私だけ飢えてしまう。

 いや、たぶんベイズやヒエロニュムスが、獲物を獲ってきてくれるとは思うんだけど、たとえば鳥っぽいものをはいと渡されても、私にはどうすることもできないのだ。

 その意味では、一座のご厄介になるというのは、そう悪い選択肢でもない。

 リシュアではミエロン家にご厄介になりっぱなし、ノルーアへの道程ではマードック一座のお世話になりっぱなし。

 情けない神仙もいたもんである。

 とはいえ、プライドの問題は置くとして、旅芸人というのは都合が良いのは事実だ。

 なんといっても、不必要に目立たずに済む。

 行く先々で、神仙だと崇められるのは、さすがにちょっと煩わしい。

 一座の護衛とかいう名目で同行できるなら、無用のトラブルも避けられるだろう。

 ただし、私たちの素性について、マードック一座の面々に話を通しておく必要がある。

 善意の同行者に隠し事というのはあまりに不実だし、そもそも隠していてばれたときの方がダメージが大きい。

「我らとて、いつまでも変身していられるわけでもないしの」

「そうなのかい? ティア」

「んむ。だいたい十二時間くらいで魔法が解ける。またかけなおせば良いだけじゃが、本来の姿ではないゆえ、多少のストレスはある」

「そういうもんなのか」

「たとえば汝とて、仕事上必要があって女装したとしても、ずっとその格好でいろといわれたら嫌じゃろ?」

「女装する必要があるような、エキセントリックな区役所に勤務した記憶はないけどね」

 どんな役所だよ。

 愉快すぎるでしょう。

 ともあれ、ティアマトの言葉の趣旨は理解できた。

 人混みにまぎれるときはともかく、夜間やプライベートタイムなどは本来の姿に戻りたい、というのはべつに彼らに限った思いではないだろう。

 女性だって、家に帰って最初にしたいのは化粧を落とすことだというし。

「ティアたちが一座で過ごすなら、本質的には普段の姿でいたいってことだよね」

「んむ。町に入る時などは変身するがの」

「その条件を、マードックさんが飲めるかどうかだね」

 ごく短い作戦会議を終え、私はマードック氏の元へともどった。

 神仙(ハミット)であることをあかし、それでもともにあれるか確かめるためだ。

「ああ。そのことですか」

 事情を説明すると、意外なほどあっさりとマードック氏は納得した。

 というより最初からばれてたっぽい。

 なんてこったい。

「たったおひとりで山賊を蹴散らしてしまわれたベイズさん。その戦闘力も俊足も、とても人間のものとは思えませなんだ。そのベイズさんが大将と仰ぐお方が、ただの人間とは誰も思いませんよ」

 笑ってるし。

 しかし残念ながら、私はただの人間なのである。

 たぶん戦ったらナイフ投げのアイリ嬢にすら勝てないだろう。

 チート能力とか持ってないので。

「過大評価だとは思いますが、改めて。私は神仙(ハミット)のエイジ。こちらは相棒のティアマト」

 私の紹介に応えるように、ティアマトがどろんとドラゴンの姿に戻った。

魔狼(フェンリル)のベイズ。妖精猫(ケットシー)のヒエロニュムス」

 ふたりもまた本来の姿に戻る。

 一座の面々は、驚きはしたが恐慌には陥らなかった。

 肝が太いなあ。

 サイファチームなんか、ベイズと初対面のとき、死闘に突入する勢いだったのに。

 やはり神仙というネームバリューが効いているのだろうか。

 ちなみに、ヒエロニュムスの周りにはまた女性陣が集まっている。

 人間の姿でも伊達男(イケメン)、元の姿でもモテモテ。

 なんなんだこいつ。

 敵か? ちくせう。

「おおう……おおう……」

 恐慌には陥ってないけど、感涙を流している人はいた。

 たしか(かた)()と呼ばれる人で、いろんな伝承とかを話してくれる人らしい。

 アイヌ伝承を語ってくれる人みたいなもの、という認識でだいたいあってるだろう。

「ドラゴン、フェンリル、ケットシーを率いたハミット……。世界を滅びから救う旅を……」

 やめて。

 歌にしないで。

 さも当然のように伝承として伝えようとしないでください。

 お願いします。




 なんだか、なし崩し的に同道することになったマードック一座。

 彼らは総勢十名の集団である。

 これに二頭引きの幌つき馬車が一両。

 けっこうな大所帯である。

 年齢層も幅広い。

 下は十歳の少年から、上は六十代のご老体まで。

 ちなみにマードック氏は四十六歳だってさ。

 もちろん私が歳を告げると驚かれた。いつものことだ。

 彼らは、だいたい二年くらいかけてこのあたりの各国をぐるりと一周する。

 ざっと八カ国。

 立ち寄る町の数は百を超える大行程である。

「では、脚気について、あるいは各地で蔓延しているのを目撃していますか?」

「ええ。もちろん」

 私の質問に、マードック氏は沈痛な面持ちで頷いた。

 やはりアズール王国に限った話ではなかった。

 勇者様がもたらした稲作は、確実に世界を変えたのである。

 安定した生産。効率の良い収穫。そしてなにより美味。

 そりゃなあ、中世ファンタジー風の世界に食味ランクAの『きらら397』なんて持ち込んだらなぁ。

 舌の肥えた現代人にも通用するようなモノだもん。

 これより不味いものを食えと言ったところで、たぶん見向きもされない。

 あらためて、厳しい戦いだよ。勇者(義弟)殿。

「ちなみに、脚気のことはどのように受け止められているのでしょうか」

「ほとんどは原因不明ですね。魔法医も研究は続けているのでしょうけれど」

 (かぶり)を振る。

 魔法でどうにかなるなら、ティアマトや私が送り込まれたりしない。

「そもそも回復魔法というのは、病気を治すためのものでもないしの」

 横から口を挟むドラゴン。

 びったんびったんと尻尾で地面を打っている。

 なんかこの姿の方が安心感あるなぁ。

「そういうもんなのかい? ティア」

「魔法では、失った血を元に戻すことはできぬ。癌細胞を消し去ることもできぬ。老化を止めることもできぬ。万能の力ではないのじゃよ」

 そりゃそうか。

 魔法で病気が治せるなら、病死する人はゼロになる計算だ。

 老化を遅らせることができるなら、この世界の人々の寿命が私たち現代人より短いわけもない。

「しかし、リシュアでは違っておりましたな。素通りしただけですが、町の人々は元気そうにみえました」

「良かったです」

 微笑してみせた。

 まだまだ始まったばかりだが、枝豆もコロッケも少しずつ根付いてくれている。

 ティアマトが残したぬか漬けの知識も、いずれは実を結ぶだろう。

「エイジさんがたの手管ですか? やはり」

「私たちの知恵が役に立ったなら幸いなのですが」

 なんとか良い方向に向かって欲しい。

「いえいえ。立派なことだと思いますよ。ところで、我々はどうして脚気とやらにかからないのでしょう」

 ふと心づいたようにマードック氏が問う。

「食べ物のせいですね」

 対する私の解答は簡潔なものだ。

「雑穀を混ぜたご飯。あれが予防になっているんですよ」

「なるほど。我らの貧乏性が幸いするとは。判らないものですな」

 笑い合う。

 便利になったー わーい と、喜んでばかりもいられない。便利さや豊かさの影には、けっこう落とし穴があったりするものなのだ。

「すべての事柄にはなにがしかの繋がりがあるものじゃ。この世界に神仙の知恵を持ち込むというのは、その繋がり方をおかしくしてしまうものなのじゃよ」

「で、おかしくなった繋がりを何とかするために、また神仙の知恵を使わないといけない」

 ティアマトの言葉に肩をすくめる私。

「なんにつけ、簡単に解決する問題などない、というところでしょうな」

 総括するようにマードック氏が言い、世知辛いことだと笑った。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ