リスタート! 6
街門まで見送ってくれたのは、ミエロン父娘だけだった。
えらく寂しい旅立ちだが、こればかりは仕方がない。
皆、それぞれに生活があるし、去りゆく者に関わってばかりもいられないのだから。
「エイジさま。旅の無事をお祈りしております」
「ミエロンさんもご壮健で。ミレアさんも」
握手を交わす。
私の後ろには、グラマーな魔法使いといった風情のティアマト、ロバの轡をひいた偉丈夫のベイズ。粋に帽子を決めた軽戦士といういでたちのヒエロニュムス。
姿を見たとき、もちろんミエロン氏は驚いたが、目立たぬために変身しているという説明で、あっさり納得してくれた。
あっさりあっさり。
それでいい。
「みんなによろしく伝えてください」
手を離し、私は街門へと向かう。
開門時刻である。
少しだけ軋んだ音を立て、ゆっくりと門が開いてゆく。
「ご自分で伝えられるのがよろしいかと」
笑いながらミエロン氏が言った。
次の瞬間、大音響が街門広場に木霊する。
人、人、人。
街道に沿って立った人々。
サイファチームかいる。ガリシュ夫妻もいる。
他にも、この街で縁のあった人々が、とても数え切れないほどの列を作っていた。
「なんで……」
「夜明け前から、大変な人数が集まってしまいましてな。これでは流通にも通行にも不便をきたします。それゆえ、刻限よりはやく門を開放した次第であります」
歩み寄ってきた門兵が説明してくれる。
知っている顔だ。
私たちが初めてリシュアを訪れたときに応対してくれた、あの門兵さんである。
「解放したて。閉まってたじゃないですか。今の今まで」
「そこはそれ。サプライズというやつです」
「自由すぎるでしょう。兵隊さん」
私は笑った。
そうしないと、なんか全然違う表情になってしまいそうだったから。
「ちょっとした意趣返しですよ。リシュアを救うだけ救って、礼も受け取らずに去ってしまうような薄情者に対するね」
とん、と、門兵が背中を押してくれる。
歓声のなか、私たち四人が歩き始めた。
はるか東のノルーアを目指して。
「なんか、最終回みたいなノリじゃったのぅ」
歩くことしばし。
リシュアが後方にかすむころ。
ティアマトが鼻をすすりながら、それでも憎まれ口を叩いた。
まあ気持ちは判るよ。
ああいうサプライズは、本当に勘弁して欲しい。
やっぱりこの街に残りたい、という言葉が何度こぼれそうになったか。
「死しての別れではありませぬ。縁があれば、ふたたびまみえる事もありましょう」
ヒエロニュムスが言う。
無感動に、という感じではなかった。
こいつは帽子を目深に下げて、表情を隠している。
泣きそうなんだよね。わかるよ。
ちなみにベイズは、遠慮もへったくれもなく男泣きに泣いていた。
彼にひかれているロバが、かなりうっとうしそうにしている。
猫と狼では、感情の表し方がだいぶ違うらしい。
「ていうかさ。私とティアはともかく、ベイズ卿とヒエロニュムス卿は残っても良かったんだよ?」
実際、彼らはこの世界を救うという仕事をさせられているわけではない。
好きなように身を処しても、どこからも文句はでないのだ。
「なに言ってやがんだよ! 大将!」
ベイズが空いている手で私の背中を叩く。
いったいからっ!
背骨折れるからっ!
「俺たちはもう一蓮托生だろうが! 水臭えこと言うんじゃねえよ!!」
そのままべしべしと。
やめて。
死んじゃう。
私の危機だと察してくれたのか、まあまあとヒエロニュムスが割り込む。
「エイジ卿。好きなように身を処した結果が、現在の状況と申せましょう。ここで別離を告げられた方が、小生たちは立つ瀬がありませんぞ」
秀麗な顔に刻まれる苦笑。
美髭が揺れる。
「も、もっともだよ。変なことを言って悪かった」
息も絶え絶えに私が謝罪した。
背中、痛いです。
歩み寄ったティアマトがさすってくれる。
「い、いつもすまないねぇ……」
「おとっつぁん。それはいわない約束じゃよ」
お約束ともいえる馬鹿な会話をしながら。
「ところでおとっつぁんや。前方に不穏な気配があるが、気付いておるかの?」
「私に判るわけないじゃないか。おとっつぁんはやめてくれ」
「野盗や山賊のたぐいかのう」
さすがに人数や装備、練度まではわからないという。
まあ、そこまで気配だけで読めたら人間ではない。
事実として、私以外に人間はいないけれども。
魔物ふれんずって感じだ。
「小生が先行して見て参りましょう」
「いや。ここは俺がいくぜ。最近、運動不足だしな」
ヒエロニュムスの提案にかぶせるようにベイズが申し出て、私にロバの手綱を渡した。
「ベイズ卿なら問題ないと思うけど、気を付けてね」
「任せとけって」
たん、と地面を蹴って加速する。
速い速い。
みるみるうちに姿が小さくなってゆく。
まさに抜群の脚力だ。
「では、我らはのんびりおいかけるとするかの」
えらくのんきなことを言うティアマト。
単独先行のベイズを心配するような素振りは、まったくない。
「だね」
とはいえ、私も同意見である。
正直なところ、彼の手に負えないような事態であれば、私がのこのこ出向いたところで意味がない。
むしろ足手まといだ。
とくにペースを速めることなく街道を進む三人。
しばらくしてベイズが戻ってくる。
「十キロほど先で隊商が襲われてた。たぶん山賊に」
十キロて。
あんた、先行してから十五分も経ってないですよ。
往復二十キロの道のりを十五分で踏破したんですか?
「いや?」
小首をかしげるベイズ。
浅黒い肌の大男がそんな仕草をしても、可愛くなんぞない。
「行くのに五分。帰るのに五分。山賊を蹴散らすのに二分。礼を言ってきた商人どもを振り切るのに三分ってとこだ」
蹴散らしてきたんだ。
内訳のなかで、戦闘に充てられた時間が最も短いのは、仕方のないことだろう。
なにしろこいつの正体は魔狼である。
A級冒険者のチームが敗北を覚悟して挑まなくてはならないような存在なのだ。
山賊程度におくれを取るはずもない。
「むしろ、振り切ったてのは?」
そっちの方が気になるよ。私は。
まさかめんどくさいからって、商人たちまで蹴散らしてないでしょうね? ベイズ卿?
「お礼をしたいとか、ぜひ一緒に旅をとか、名前を教えろとか、ごちゃごちゃ言ってきたんでな。そういうのは大将じゃないと決められねえって応えて、逃げてきた」
おうふ。
それって、この先で隊商が待ってるってことじゃないですかやだー。
なんで出発そうそう、面倒ごとに巻き込まれないといけないのか。
「ううむ。道を変えるかの」
私の思いに共感したのか、ぼそりとティアマトが言った。
目立たないように人間に変身しているのに、わざわざ目立つようなことをしてどうするのか。
「しかしベイズ卿もずいぶんと丸くなられましたな。人間同士の諍いなど、放っておけばよろしいものを」
にまにまと笑うヒエロニュムス。
大商人ミエロンや冒険者サイファたちと親しく交わり、すっかり人間に情が移ってしまった魔狼をからかっているのだ。
けど、それはヒエロニュムスも一緒だよね。
街の魔法使いたちからとても慕われ、君との別離に涙していた女性たちも多かったじゃないか。
うらやましくなんかないけどさっ!
「街道を外れるってことかい? ティア」
「んむ。このまま進めば旅商人たちと鉢合わせじゃ。いささか面倒じゃしの」
「けどそれだと、予定の時間に宿場町につかないかも」
現代日本のように、道が何本もあるわけではない。
人間が旅をできるルートというのは、かなり限定されてしまう。
街道から外れたら、地図だってほとんど役に立たないのだ。
迂回したあげくに迷子になった、というのは、ちょっと笑えない事態である。
それに何より、もう野宿はいやでござる。
「いや。諦めて進もう。迂回したって、どのみち宿場町で顔を合わせることになっちゃうだろうし」
「そうじゃの。そこで待ちかまえられたら、ルートを変えても同じことじゃなしな」
やれやれとティアマトが肩をすくめた。