リスタート! 4
「どうすれば良いのだ……」
消沈しまくったラインハルト王の声。
自分で考えろよ、あんたが責任者だろ。と、言いたいところだが、それはさすがに可哀想だ。
べつに私は、この国の人々に意地悪をするためにやってきたわけではない。
「やり方が悪かったなら、変えれば良いだけだと思いますよ。陛下」
一度決めたやり方にこだわり続ける必要はない。
一度決めた目標にこだわり続ける必要だってない。
都度、修正していけばいいのである。
このあたり、原則にこだわる人が陥りがちな罠といえる。
当初計画に拘泥しすぎてがんじがらめになってしまうというのは。
「強制的に仙豆を食べさせようとすれば、反発するのは当然です。事情を知らない人から見れば「お前らは今日から家畜の餌を食え」と言われているのと同じですからね」
いくら忠実な兵士だって面食らうだろう。
家畜扱いなのかって怒らないだけ、まだアズール軍は大人しい。
「朕はそのようなつもりで命じたわけではない」
「当たり前です。自分の国を弱らせるのが目的で政策を打つ王様がいるものですか。良かれと思ってやっているに決まっています」
どんなことだってそうだ。
英雄王シズルだって、良かれと思って米食を普及させた。
貧困にあえぎ、貧弱な食生活を続ける人々を救うために。
それが結果として、今日の事態を引き起こしたというだけである。
善の失敗の方が、えてして影響が大きいものなのだ。
悪の成功なんて、せいぜい幼稚園の送迎バスをバスジャックする程度のものである。
「なので、まずは誤解を解く必要があるかと思いますよ。仙豆は家畜のエサなんかじゃない、と、陛下の名前で布告を出すのが第一段階です」
「そんなことで解決するのか?」
するわけないだろう。
この人は、私の話をどこで聞いているのだ。
「第一段階、と、申し上げました。その上で、陛下が仙豆を食べてみせ、ちゃんと美味しい食材であることをアピールする。これが第二段階です」
「なるほど」
頷いたラインハルト王がちらりと視線を走らせる。
ザリード子爵が懐から何かを取り出した。
一瞬、ティアマトが警戒を強めるが、それは紙束とペンだった。
私の述べた意見を筆記し始める。
まさに備忘録だ。
ちゃんと真剣に取り組むつもりらしい。
「ここまでして、ようやくゼロに引き戻せるかと思います。最初に強制してしまった、という部分が、あきらかにマイナスですから」
「ぬう……」
ラインハルト王が考え込む。
良い傾向だ。
私のアイデアでゼロに戻せるか、脳内で検討しているのだろう。
「エイジどの。その見通しはいささか甘いのではないか?」
はい正解。
悪い印象というのは、そう簡単にぬぐい去れるものじゃない。
元々は家畜のエサだった。それを食べるように強制された。
これを逆転するには、私のアイデアだけでは全然足りない。
ラインハルト王はそこに気付いた。
それは、自分の為したことの失敗を正確に理解したということである。
「はい。いささか効果が足りないと思います。ですから、ここから先は技術論になっていきます」
そう言い置いて、私はミエロン氏を同席させる許可を求めた。
大商人である彼が話に噛まなくてはいけない部分に入ってくるから。
ラインハルト王に否やはなかった。
そもそも、ここはこちらのホームグラウンドである。
そして入室したミエロン氏は、あるものを携えている。
甜菜糖だ。
これが一発逆転の秘策。
応接テーブルに置かれたそれを、私が軽く叩いて砕く。
「どうぞ。お召し上がりください」
そういってまずは私が口に入れて見せた。
毒じゃないよ、というアピールである。
なにしろこの人は、私を毒殺した前科があるからね!
同じことをするんじゃないかって警戒してるかもしれないからね!
「これは……!?」
警戒も露わに口に含んだラインハルト王が絶句する。
甘味が珍しい、という事ではないだろう。
王宮ならメープルシロップもハチミツもあるだろうから。
ただ、まったく知らない甘味が、大商人とはいえ庶民の家から出てきたことに驚いているのだ。
「甜菜糖といいます。神仙の知恵のひとつです」
「これが……貴殿らの売っていたZUN-DAの秘密なのか?」
正解だよ。
でもなんでそんな発音で言うんだよ。
謎すぎるでしょう。
「はい。仙豆をすりつぶしたものにこれを加え、米をついたものと一緒に食べる。ずんだ餅といいます」
「ぬう……」
「この甜菜糖を王国に買い上げていただきたいと思っています。そしてその価格を王国で決め、国に流通させて欲しい、と」
ようするに専売制だ。
仙豆を買い占めるのではなく、甜菜糖を専売にして国が儲けろ、というのが私の提案である。
甘味に飢えているこの世界の人々に、いきなり甜菜糖をもたらすのは怖い。
次にどんな病気が蔓延してしまうか想像もつかないからだ。
しかし、王国が間に入るなら流通量をコントロールできる。しかも中間マージンを王国とミエロン商会が計上することになるから、バカみたいな低価格にはならない。
「それは願ってもいないことだが……問題は買い取り価格だ」
慎重に言葉を選ぶラインハルト王。
私はミエロン氏に視線を向けて頷いてみせる。
「一キロあたり、金貨十枚でいかがでしょうか」
揉み手をするように告げる大商人。
十万円の砂糖。
現代日本なら、ふざけんなって怒られるような値段である。
ラインハルト王が目を丸くした。
「キロだと……!?」
驚きの方向は、現代の日本人とは逆方向だが。
「はい。キロでございます」
満面の笑みをミエロン氏が浮かべた。
勝利を確信した者の顔である。
甜菜糖の精製に成功したあたりから、王国に公定価格を決めてもらおうという話は出ていた。
いくら大商人とはいえ、ミエロン商会だけで甜菜糖を扱うのは危険だ。
利益が上がりすぎてしまうから。
もとは雑草の根から絞り出しただけ。
この前収穫してきた一トンの甜菜からは、約五十キロの甜菜糖がとれた。
その量に、ミエロン氏は喜ぶどころか青くなったものである。
多すぎる、と。
一回や二回ならともかく、恒常的に収穫できるとしたら、利益はとんでもないことになってしまう。
利に聡い商人であるがゆえ、これはやばいと思ってしまったらしい。
国に買い取ってもらうというアイデアを私とティアが出したとき、かれは諸手を挙げて歓迎した。
一キロあたり金貨十枚というのも、かなり考えて決めたラインである。
五枚でも充分に利益が上がるのだが、それでは末端価格が安くなりすぎるらしい。
ちょっと無理すれば庶民でも手が届く、くらいのラインでいかないと、流通量が増えすぎてしまうのだ。
そりゃもう悩みましたよ。
「まずは百キロほど、すでにお渡しする準備が整っております」
「ひゃ、ひゃくぅ!?」
素っ頓狂な声をあげて、ザリード子爵がペンを取り落とした。
これ、と、王がたしなめたが、彼の声もまたうわずったままだ。
金貨千枚の取引。
仮にアズール王国が二倍の値段を付けて卸したとしても容易に買い手がつくだろう。
外交の武器にも使えると考えれば、利益は倍々ゲームなんてレベルじゃない。
「そしてこの甜菜糖を使ったずんだ餅を、アズール王国に販売していただきたく思います」
王国御用達の看板があれば一気に普及するだろう。
伊達政宗公がやったように。
それが私の計算だ。
「正直、狐につままれたような気分だ。エイジどの」
ふうと息を吐くラインハルト王。
両手で頬を叩く。
「しかし、この提案、貴公らにどんな利益がある?」
ん?
そんなんあるわけないじゃん。
これは尻ぬぐいなんだよ。勇者殿がやらかしちゃったことに対するさ。