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33/82

リスタート! 3


 ポテトコロッケは、予想通り好評を(はく)した。

 これならけっこうご飯のおかずになる。

 しかも栄養価としては、枝豆と比較しても遜色ない。

「けど、さすがにコロッケだけじゃすぐに飽きられるけどね」

 今日もコロッケ、明日もコロッケ。

 昭和時代の歌かって話である。

「原典は大正時代じゃな。昭和に歌われたのはリメイクじゃ」

 でたな、無駄知識。

 私がちょっとトリビアを披露すると、すぐにかぶせてきやがる。

「当時はハイカラな洋食だったのじゃが、さすがに毎日続いたら飽きてしまう。そういうのを皮肉った歌じゃよ」

「え? そうなの?」

 コロッケしか作れない奥さんが、それでもいつもいつもニコニコして食べてくれる旦那さんに感謝するって歌じゃなかったっけ。

「リメイクされたとき、意味合いも変わったのじゃ。昭和三十年代も後半に入れば、高級品でもハイカラでもなくなってしまったからの」

「なるほど……」

 料理に歴史ありだ。

 しかし、ティアマトの言葉は示唆性に富んでいる。

 いまは物珍しくて売れているコロッケだって、すぐに飽きられるだろう。

 やはりバランス良く副菜を食べる習慣を身につけさせなくては、根本的な解決にはほど遠い。

 豚肉が手に入ればかなり話は簡単になるのだが。

「無い物ねだりしても仕方ないの。ふと思ったのじゃが、米ぬかを使った料理などはどうじゃ?」

 ああ、それなら材料はいくらでもある。

 脱穀したときに大量に出るんだから。

 けど米ぬかなんかで……。

「漬け物?」

「んむ。ぬか漬けとかなかったかの。たしか」

 ある。

 そして米ぬかにはたっぷりとビタミンB1が含まれている。

 ということは、ぬか漬けならけっこうビタミンB1を採れるかもしれない。

「たぶん。だけど作り方がわからない」

 残念ながら、私の知識ではどの程度のものなのか判らないのだ。

「仕方ないのう。我も汝も漬け物を食わぬものな」

 ティアマトの言うとおり、こればっかりは仕方なのである。

 漬け物とか酢の物とか、どうにも私は苦手なのだ。

 当然のように作り方も知らない。

 ぬかの中に、適当に野菜を突っ込んでおけばできあがる、というモノでもないだろうし。

 ちなみに、ティアマトというか、私の恋人も漬け物を好まなかった。

 あと納豆とかも。

 もちろん彼女にはインストールされた無駄知識があるから、作り方はわかるだろうが。

 なんというか、嫌いなモノをわざわざ作る気にはなれないんですよ。

 わかってください。

 作ったら試食して見せないといけないし。

 美味しいよ! 食べてみて! と宣伝しないといけないし。

「保存方法のひとつとして伝授する、というあたりかの」

 ティアマトまで日和(ひよ)った。

 食いしん坊ドラゴンとは思えないチキンっぷりである。

「それに、この国に滞在するのも、そう長いことではあるまいしのう」

「そだね」

 コロッケが発売されてから一週間。

 そろそろ王国政府に動きがあってもおかしくない。

 枝豆の買い占めでは思うように結果が出なかった。対して私たちの料理は順調に人を救い続けている。

 王国への評価はさがり、神仙への評価があがる。

 この状態で気分は上々ってなるほど、アズール王国首脳部はトロピカルな思考を持っていないだろう。

「普通に考えて、次は禁令じゃろう」

「だろうね。で、私たちには国外退去を願う。そんなところじゃないかな」

 私は肩をすくめてみせる。

 これ以上、私たちの声望が高まるのは避けたい。

 かといって実力で排するのは困難。

 であれば、出て行ってもらうのが一番だ。

「エイジさま。ティアマトさま。まだ起きておいででしょうか」

 上品に扉が叩かれ、戸口から声が聞こえる。

 ミエロン氏である。

「はい。何事でしょうか」

「王宮より使者が」

「きましたか」

 腰掛けていたベッドから立ちあがる。

 コロッケの販売開始から一週間。王国政府が枝豆の買い占めをはじめてから、二十日ほどが経過している。




 使者は、いつぞやのザリード子爵。

 その横にフードを目深にかぶって顔を隠した人物がいる。

 私にとっては見覚えのある人だ。

 いくら私が愚鈍でも、自分を殺した人間を忘れたりしない。

「はじめまして、ラインハルト・ミシマ陛下」

 ふてぶてしく声をかけた。

 つもりだが、ちょっとうわずっちゃったかもしれない。

 やっぱりけっこうトラウマになっているようだ。

 フードを取る前に言い当てられ、ぴくりと動きを止める客たち。

 伝わるおびえの気配。

 これでおあいこだ。

 私は自分を殺した相手が怖い。

 相手は、会ったこともない私に素性を知られていて怖い。

 やっと同じフィールドに立てるというわけである。

「……用があるなら出向いてこいとの仰せだったのでな。押しかけさせてもらった」

「立ち話もなんですからね。おかけください」

 応接テーブルを挟み、二組が正対する。

 私の正面にはラインハルト王。

 ティアマトの正面にはザリード子爵だ。

 ゆっくりと王がフードを取る。

 素性を知られている以上、隠しても仕方がないというところか。

「では、改めて用件を伺いましょうか」

 私が口火を切った。

 ティアマトは沈黙したままだ。

 横顔からはぴりりとした警戒が伝わってくる。

 彼女にしてみれば、目の前で私が殺されたのは有り得ないほどの失態だったのだろう。

 ちょっとだけ自惚れて良いなら、恋人を目前で殺されたら私だってそうなる。

 二度目はない。

 絶対に。

「エイジどの……いや、神仙さま」

 なんで言い直したし。

「はい」

「どうか。どうかこの国を救って欲しい」

「ふむ? 私はリシュアを訪れて以来、ずっとそのように行動してきたつもりですが」

 いまさら救えとは、ちょっと意味が判らない。

「先日、我が軍の精鋭の中から死者が出た。例の奇病による初の死者だ」

 抑えた声量で告げる。

 内心で、私は苦笑した。

 それはまたずいぶんと遅い犠牲ですね。

 嘘ですよね。

 市井では、もう何年も前から人が死にはじめているのだ。

 兵士たちだって、おそらくは何人も死んでいる。

 こんな都合の良いタイミングで初犠牲者など出るものか。

「ご愁傷様です」

 せいぜいしおらしく低頭して見せる。

 本当か嘘かはともかくとして、死者が出たという言葉を笑い飛ばすほど、私は無神経でも常識知らずでもない。

「なぜだ! 仙豆を食べるように申しつけていたにもかかわらず! なぜ死んだ!!」

 声を高めるラインハルト王。

 そりゃあ食べなかったからでしょうよ。

 食べろと命じたから食べると思ったら大間違いだよ。王様。

「貴公は、仙豆が買い上げられたから加護を消したのか!」

 なるほど、そういう解釈か。

 もともと加護もへったくれもないんだけどな。

 しかし、本当のことを告げてもこの王様は信じないだろう。

 見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないタイプだ。

「神仙の加護とは、そんなに簡単に付けたり外したりできるようなものではありませんよ」

「ならばなぜ!」

「本当にその兵士は仙豆を食べたのですか? 必要な量を。それを陛下は見ておいででしたか?」

「……それは」

「ですよね。兵士全員の食事を監視することなどできません。見ていないところで捨てられても気付きません。まして家畜のエサだった豆を、いきなり食えといわれて従う者など、どれほどいるでしょう」

「…………」

「私どもが、美味しい料理に仕上げて提供していた理由、お判りでしょうか?」

 黙り込むラインハルト王に、さらに追い打ちをかける。

 ようやく軌道に乗り始めたのに台無しにされたから。

 ちょっとくらい意趣返ししてもいいよね?

仙豆(ハミットビーンズ)だけでなく、ギャグドの肉にしても同じです。命じるのではなく、食べたくなるような細工と工夫が必要だと、私は考えますよ」

 がっくりと、この国の主権者の肩が落ちた。



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