リスタート! 2
枝豆の買い上げが始まった。
アズール王国政府は、生産者に働きかけ、好き勝手に流通させることができないようにした。
かつての日本と同じである。
米はすべて国が買い上げ、価格を決めて市場に流した。
ようするに、国民の主食だから好きなように値段を決められては困る、ということである。
「ストレートに阿呆じゃな」
とは、我が相棒のご意見だ。
私も同感である。
主食の米ならそれで良い。国民は否応なく買うしかないのだから。
けど、枝豆は違う。
まだまだ定着していないし、料理への応用だって研究段階だ。
だからこそ、ずんだ餅のような甘味で興味を惹く必要があったのである。
国が強制的に食えといったところで、調理法も知らない人々はどうして良いかわからない。
しかも家畜のエサを。
上からのごり押しで解決するなら、枝豆やギャグドなんて手段は必要なかった。
王様が、玄米を食すようにお触れを出せば、それで済んだのである。
ちなみに江戸幕府中興の祖、徳川吉宗は、玄米を自ら食べていたし、それを家臣や庶民たちにも勧めたわけだが、相変わらず江戸の人々は白米を食べ続けた。
そんなもんである。
飯までえらい人に決められたんじゃたまったもんじゃねぇや、という気持ちは、現代人の私にだって理解可能だ。
まして食べているシーンを確認できるわけではないのだから、ふつーに捨てられているだけだろう。
「最悪ですな」
苦笑するミエロン氏。
肝心の枝豆が手に入らないため、ずんだ餅の販売もストップしている。
甜菜糖だけ売ったら、市場が大混乱に陥ってしまうから。
本来であれば笑っている場合ではない。
それが苦笑いで済んでいるのには、当然のように理由がある。
脚気から人々を救うための代替商品は、すでに開発済みで、もう販売開始を待つばかりという状態になっているからだ。
使者を追い払ってから十日あまり、私もティアマトもただ遊んでいたわけではないのである。
次の武器は、ポテトコロッケ。
じゃがいもというのは荒れ地の植物なので、たいていどんな土地でだって採れる。
ただ、芽の部分にちょっとした毒があるので、そんな昔から食べられてきたわけじゃない。
あと、継続的に栽培しようとすると土地を痩せさせるらしい。
中世ヨーロッパでは、こいつの収穫量次第で人口が半減したり倍増したりしている。
主力となる作物にするには、ちょっとリスクが高いのだ。
なので、最初から加工したものを売る。
幸いなことに、材料はすべてこの地で揃う。
ライ麦はあるのでパン粉を作ることも可能だし、鶏卵ではないが鳥っぽい家畜もいるから卵もある。
コロッケの中に入れる挽肉も、ギャグド肉で何とかなる。
充分に対応可能だ。
ただ、肉は保存の問題があるので、やはり冷蔵庫がほしい。
というわけで、アズール王国の次の手を待つ間に、私たちがやっていたのは冷蔵庫づくりである。
アイデアはティアマト。
またしても彼女の無駄知識が役に立った。
電気を必要としない、氷も必要としない冷蔵庫。
ジーアポット。
じつは紀元前の昔から習慣的に使われてきたものらしいが、科学的に構造が解明され実用化されたのはわりと最近になってからだという。
大きさの違う二つの瓶と土。あとは水があれば作ることができる。
作り方はいたって簡単。
大きな瓶の中に小さな瓶をいれ、隙間を土で埋める。
で、その土にたっぷりと水を吸わせる。
これだけ。
まあ、埃が入ったりしないよう上に濡れた布とかをかぶせる必要があるが、それでもとっても簡単だ。
こんなもんで冷えるのかと疑っちゃうような構造だが、これがまた魔法のように小さい瓶の中は冷たくなる。
魔法のタネは、気化冷却。
水が蒸発するとき周囲の温度を奪う、というあの現象だ。
日本でも、盛夏に打ち水をしたりするのは、気化冷却のためである。
ただ、東京とかだと湿度も高いためあんまり効果がないが、この地域の地域の気候は北海道に似ている。
つまり、夏は非常に乾いているのだ。
常に風が吹き、乾いた場所で使った場合、ジーアポットの内部温度は四度くらいまで下がる。
実際、電気のないアフリカの農村部などでは、これの普及によりワクチンの保管とかが可能になって、多くの命が救われたらしい。
それだけでなく、もちろん生鮮食料品も保存できるようになった。
「あいかわらず、神仙さまの知恵には驚かされてばかりです」
ポットから取り出したトマトっぽい野菜をかじりながら、ミエロン氏が笑う。
盛夏に冷たい野菜を丸かじり。
きっとすごく贅沢なことなんだろう。
まあ、野菜なら井戸に沈めておいてもOKなんだろうけど。
「ティアのアイデアですからね。私の知識からは、さすがにこんなものは作れませんよ」
肩をすくめる私に、また謙遜ですかと返す。
事実なんだけどね!
「ともあれ、今夜からコロッケの販売を開始しましょう」
「そのお言葉、待っておりました」
タイミングを見計らっていたのである。
王国政府が何かを仕掛ける、そのタイミングを。
私やティアマトの読みでは、むしろ禁止令を出すと考えていた。
仙豆などというふざけた名前なのだから、なおさらだ。
禁止するのではなく買い占めるという方向に動いたということは、
「アズールも苦しいのじゃろうな」
やっぱりトマトっぽいのを食べながらティアマトが言う。
ヘタくらい取って食えよ。
ほんと、なんでも食べるなぁ。
「まあ、脚気は若くて元気で良く動く人ほど発症するからね」
具体的には兵隊さんとかだ。
明治時代、日露戦争に出征した兵士たちは、なんと戦死者より脚気による死者の方が多かったのである。
アズール王国軍が同じ状態に陥っていないとは、ちょっと私には考えられない。
「じゃな。いまのアズールは戦争どころではあるまいて。我らを邪魔に思うたとしても、兵を差し向ける余力など、あるかどうかわからぬじゃろうよ」
「だからこそ、暗殺部隊とか送り込まれるわけだけどね」
この十日あまりで、三チームほどきたらしい。
らしいというのは、私は見ていないからだ。
一組はヒエロニュムスが、もう一組はベイズが、最後の一組はサイファチームが難なく撃退してしまった。
魔狼と妖精猫はともかくとして、いかにA級とはいえ市井の冒険者に負けちゃう正規軍ってどうなんだって話である。
「あんな連中が束になって襲ってきたって、負けやしませんよ」
私たちの話を聞きつけたのか、邸内からサイファがでてくる。
頭にはバンダナをしめ、エプロンに身を包み。
うん。君は私の護衛としてここにいるのであって、料理人として雇用されているわけではないと思ったよ?
どうして日々、料理の修行に勤しんでいるのかね?
というツッコミを、私はしなかった。
知っているからだ。
彼が幼い弟たちのために腕を磨いていること、余った食材をもらうために厨房を手伝っていることを。
この程度の公私混同も許容できないほど、私は狭量な人間ではない。
それに、サイファが他のことをしていられるというのは、王国軍は弱いというひとつの証拠だ。
「そんなに弱かったのかな?」
「ふらっふらですね。何にもないところで転ぶし、武器は落とすし。弱すぎたんで殺さずに追い払う余裕がありました」
「あー……」
脚気の典型的な症状だ。
末端部が意志のコントロールを受け付けなくなってきているのである。
激しい訓練をする兵士だからこそ、白米をばっかばっか食べる。燃料は入ってくるわけだから、表面上は元気に見えるだろう。
しかし身体そのものは悲鳴をあげているのだ。
だるさを気合いで乗り切るといったって限度がある。
対するサイファチームは、体調万全、気力充実、しかも後にはベイズやヒエロニュムスも控えている。
肉体的にも精神的にも優位に立っているわけだ。
そりゃ負ける要素がない。
「なんか、王国軍が気の毒になってきたね」
肩をすくめる私だった。