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リスタート! 1


 使者を追い返した後、私はティアマトを散策に誘った。

 街を見おろす小高い丘を目指して歩く。

「出不精の汝から誘うとは、珍しいこともあるものじゃの」

「謝りたいとおもってさ」

「なにか謝罪が必要なことを、エイジはしたのかの?」

 当然の問い。

 私は小さく息を整えた。

「君の弟を、何度もくそやろう呼ばわりしてしまったね」

「……気付いていたのかや?」

 光が三百万キロの旅を終えるくらいの沈黙を挿入し、ティアマトが私を見た。

「死んでから気付いたよ。自分の至らなさにびっくりさ」

 かいつまんで、ここまでの経緯を説明する。

 幾度も頷きながら、相棒が私の話を聞いてくれた。

監察官(インスペクター)がそんな仕込みをしていたとはのぅ。食えぬ男じゃて」

「男?」

「あれはそういう存在じゃ。男だと思えば男に見えるし、女だと思えば女に見える。そのあたりの説明はなかったかの?」

「ああ……なんかちらっと言ってたような……」

 私の心象をかたどっているとかなんとか。

 ようするに、私たち人間が知覚できる姿を見せている、ということなのだろう。

 這い寄る混沌(ニャルラトテップ)みたいな姿で登場されたら、私のSAN値は、一発でゼロになってしまう。

「その例えはどうかと思うがの。クトゥルフ神話TRPGを持ち出して、誰の理解を得るつもりなのやら」

 さーせん。

 つい。

「ところで、どうしてその姿と喋り方なんだい?」

「せっかくのファンタジー世界じゃから、人間以外をやりたかったのじゃ」

 ひっどい理由ですね!

 そんな理由でドラゴンなんですかね!

 だいたい、人間以外だってもっといろいろ選択肢あるよね!

 金髪碧眼の楚々(そそ)たるエルフとか、グラマラスな女魔族とか、愛らしいホビット族とか。

 竜人(ドラゴニアン)ですらなく、まんまドラゴンって。

 ちょっとエキセントリックすぎませんかねぇ!

「で、そのエルフと浮気するわけじゃな。じつは自分の恋人だったともしらずに」

「しししししないよ! わわわ私は一途だよ!」

「そういう台詞は、我の目を見て言うことじゃ」

 かかかとティアマトが笑う。

 豪快だなあ。

 私の記憶にある恋人は、愉快な女性ではあったけどここまで弾け飛んではいなかったはずだ。

「それに、元の姿のままでは、さすがにシズルと似た面影がありすぎるじゃろうしな。何代も過ぎた後とはいえ、同一視されるのは避けたかったという理由もある」

 やや真面目そうな口調。

 こっちが本音か、と、彼女を知らない人なら思うだろう。

 しかし私は騙されない。

 まぎれもなく、掛け値なしに、最初に言った方が本当の理由だ。

 もっともらしい話をあとからくっつけることで、相手の心理を誘導するのはこいつの得意技だから。

 話術の達人なのである。

 伊達や酔狂でスクールカウンセラーなどを生業(なりわい)としていない。

「ちなみに、元の姿にはもどれないのかい?」

 私は話題を変えた。

 仮に後から挙げた方が本音だとしても、あるいは他に理由があったとしても、それがどんな深刻なものだったとしても、彼女は全力で冗談めかす。

 命を賭けても。

 そういう女性なのだ。

 悩んだり苦しんだりするする姿を、けっして他人に見せたりしない。

 私はそれを知っているし、だからこそ支えたいと思った。

「戻れぬ。というより、この世界ではこれが本当の姿じゃ。変身魔法で人の姿になることはできるが、むしろそちらが仮じゃな」

「なれるんだ……」

 できればそっちの姿がよかったなぁ。

「なれるぞ?」

 言うが早いか、どろんと姿が変わる。

 屈強そうなおっさんに。

 コナン・ザ・グレート、みたいな感じの。

「なんで男になったの!?」

「変身魔法じゃからな。なりたい自分になれるというやつじゃ」

 おっさんが笑う。

 胸の筋肉とか、ぴくぴく動かしながら。

 うん。こういうのはまったく求めてないです。

「……ドラゴンでおなしゃす……」

「んむ」

 元の姿に戻るティアマト。

 ああ。慣れている見た目っていいなぁ。

 安心感が違うよ。

 ちくせう。




「しかし、使者を追い払ったところで、危機が去ったわけでもないの」

 街を見おろしながらティアマトが言った。

 小高い丘。

 はるか遠方に王城が見える。

 あそこで私は殺された。

「まあね。直近の危機を回避しただけにすぎないよ」

 のこのこと使者について行ったら殺される。

 それを避けただけだ。

 追い払った以上、すぐに相手は次の手を打つだろう。

 紳士的な手段で退場させようとするか、強硬策に打って出るか。

「んむ。いちおうベイズとヒエロニュムスには念話(マインドボイス)で警告しておいた。急襲されても、まずは大丈夫じゃろう」

「魔法便利だなぁ」

「汝には使えぬがの」

「ティアだって、元は道産子(北海道人)じゃないか」

「身体はこちらの存在じゃもの。しかも全種族の中で、最も強いドラゴンじゃもの」

「くっそくっそ」

「ともあれ、強硬策をとってくることはまずなかろう」

「そのこころは?」

「我を含め、エイジの愉快な仲間たちは強いからの。まともに戦えば、アズール王国側も相当な損害を覚悟せねばならんじゃろ」

「そりゃそうか」

 ティアマトの意見には、私も頷くところ大だ。

 だからこそ、彼らは私を毒殺したのである。

 一息に頭を潰して、組織だった行動がとれないように。

「となれば搦め手かな。私たちのやっていることにケチを付けるとか」

「ありそうな話じゃな」

 枝豆やギャグド、甜菜糖とかを悪魔の食べ物(・・・・・・)として禁止したり、弾圧したり。

 地球でも、宗教なんかではけっこう常套手段だったりする。

 現代日本だって、なんの科学的根拠もない健康食品が、テレビのバラエティ番組などでばんばん紹介されてたりするし。

 ああいうのって、売った業者が検挙されることはあっても、紹介したマスコミが責任を取ることはないんだよなぁ。

 雑誌でもテレビでもネットでも良いが、飛び交う情報を鵜呑みにしてはいけない、という証左だろう。

 文責(ぶんせき)のない文章など、奥様方の井戸端会議と同じだ。

「それはそうじゃが、人の噂とは怖ろしいものじゃし、そこに根拠や責任を求めても仕方がないと思うがの」

「そうだね。個人レベルで対抗できる類のものじゃないよ」

「して、王国政府がそういう手を使ったら、どうするつもりじゃ?」

「どうもこうもないよ。尻尾を巻いて逃げ出すだけさ」

「ほう?」

「監察官に聞いたんだけどさ」

 言い置いて、私は説明を始める。

 隣国のノルーア王国でも、脚気に苦しむ人は多くいるらしい。

 というより、大陸全体でこの病気が蔓延していると考えるべきだろう。

「まあ、大陸というても、人間の生存圏などたかがしれたものじゃしな」

 具体的には、北海道よりちょっと広い程度だ、とティアマトが説明してくれる。

 さすが中世的な世界観である。

 地球全体、というほどの規模ではない。

 だからこそあっという間に稲作も広まったのだろう。

 まともな情報伝達の手段もないのだから、影響の出る範囲というのは自ずと限定される。

 ともあれ、アズール王国だけを救っても意味がない。

 白米を食し副食が少ない地域全体に広めなくては、最終的な解決にはほど遠いのだ。

「だからさ、旅に出るのもいいかなって」

 各地を巡りながら、人々を救う。

「諸国漫遊世直し旅じゃな」

「そんな立派なもんじゃないけど、その中で私たちが国の中枢部に食い込めそうなところがあったら、ぐっと影響も高まるだろうし」

 アズールにいては、それすらもおぼつかない。

 常に命を狙われるというのもストレスだし、本音を語ると、一度殺されたのは、ちょっとしたトラウマになっている。

 私の中で、アズールの王族に接近したいという気持ちは、すっかり萎えてしまってた。

「ちきんじゃのう」

「でも私が殺されたときのティアの取り乱し方はすごかったんだよ。すごく可愛かった」

 にやりと笑ってやる。

「うっさいわ」

 ぶんと振られたドラゴンの尾が、私の尻をしたたかに打ち据えた。



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