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動き出す歯車 9


 ひょいぱくひょいぱくとティアマトがお菓子をつまむ。

 おいばかちょっとは遠慮しろ。

 どんだけ飢えててんだこの神仙って思われちゃうでしょ。

「んむ。なかなかに美味い。我らの作るずんだ餅よりずっと洗練されておるの」

 そりゃそーでしょうよ。

 甜菜糖じゃなくてハチミツとか使ってるだろうし、専門の料理人とかが作ってるんだろうし。

 私たちの素人甘味と比べてどうするって話だ。

「それよ。貴公らが売り出しいるものについて、いささか興味があったためご足労願った」

 すっと自然に本題に入るラインハルト王。

 さすがだ。

 それとも、そのなるようにティアマトが水を向けたのか。

 なんか駆け引きが高度すぎて、私は口を挟めないぞ。

 ずず、とお茶を飲む。

 なんかやたら甘い。

 ハチミツをふんだんに入れてるぞー 金持ちだぞー という自慢だろうか。バランスというものがあるだろうに。

「その話をするには、市中に蔓延する病の話から始めねばなるまいの」

「病だと?」

「んむ。白米ばかりを食べることによって起こる病じゃ。我ら神仙は、脚気(かっけ)と呼んでおる」

 王が考え込む素振りをする。

 聞いたこともない病名だろう。

 しかし、もう何年も前から脚気を遠因とする死者はでている。

 彼の耳にも当然入っていなくてはおかしい。

 市中では原因不明で治療法不明とされているそれを、ラインハルト王はどう解釈しているのだろう。

「貴公らの売り出している仙豆(ハミットビーンズ)とやらが、薬だというのか?」

「薬ではないがの。仙豆の中には脚気を防ぐ栄養が含まれておるのじゃ。ギャグドの肉にもの。ゆえに我らは、それらを食させるため方法として、ずんだ餅の作り方も教えたという次第じゃ」

 ティアマトが笑う。

 だいたい過不足のない説明だ。

 私から付け加えることはないかな?

「ふむ。貴公らが我が民を救ってくれるというわけか」

「そんな立派なものでもなかろ。我らが為しているのは、シズルの尻ぬぐいじゃよ」

 あ、その言い方はだめだよ。ティアマト。

「なんだと?」

 ほら機嫌を損ねちゃった。

 先祖の失敗を(あげつら)われたら、どんな温厚な人間だって不本意だろう。

 まして英雄王は、彼にとっても誇りだろうし。

 私は雰囲気を変える必要性を感じた。

 半ば挙手するように……。

 あれ?

 腕が上がらない?

 ていうか、なんでこんなに身体が重いの?

「ど……」

 どうなってるんだティア、と、私は相棒に呼びかけようとした。

 しかし、できなかった。

 喉の奥からせり上がってきたのは声ではなかったから。

 赤いカタマリ。

 ごぼりと吐き出す。

 なんだこれ……?

 なにがどうなって……?

衛慈(えいじ)!? きさまぁ! なにをしたっ!!!」

 怒りを爆発させた相棒の声。

 それが、私がその世界で知覚した最後のものだった。




「一ヶ月足らず。ずいぶんと早い帰還だね。風間エイジくん」

 何もない空間。

 徐々に鮮明になってゆく意識。

 耳道の滑り込む声。

 私はここを知っている。

「……そうか……私は死んだんですね……」

 はじまりと同じ。

 バカみたいにぼーっと突っ立ている私と、正面には絶世の美女。

「ああ。君は生を終え、約束にしたがって戻ってきた。半月ちょっとというのは意外な短さではあるけれど、毒殺というのはべつに意外な結末ではないね」

 そうか、私は毒殺されたのか。

 たぶん飲んだお茶。

 あれに毒が入っていたのだろう。やたらと甘かったのは毒の味をごまかすためとか、そんな感じ。

 なかなかに慎重なことである。

 そんなことしなくても、私には毒の味など判らないのに。

「フレンドリーに思えたんですがね……」

「最初から君を殺すつもりで呼び出しているのだよ。友好的に見える程度の演技はするだろうね」

 話し合いの余地などはじめからなかった、ということだ。

 ラインハルト王は質問の形式をとっていたが、当然のようにあれも演技だろう。

 すでに調べはついていた。

 私たちがやってきたことも、その目的も。

 動機としては至極簡単。

 国に英雄は二人も必要ない。

 英雄王シズルの治績を否定するような存在など、邪魔以外の何者でもない。

 だから殺した。

「そうだね。おおむねその通りだろう。良く気がついた」

「阿呆の知恵は後から出るってやつですよ。殺された後に気付いても、なんにもなりゃしませんて」

 私は肩をすくめた。

「もっともだ。もう少し詳しく説明すると、君たちの行動に関して王国政府はずっと監視していた。街に入るときに神仙と名乗ったからね」

「おっと。そこから始まっていましたか」

 門兵さんは、じつに職務に忠実だった。

 私とティアマトについて、ちゃんと上に報告していたのである。

 見た目通り、真面目な人物なのだろう。

「つまり私たちは泳がされていた、というわけですね」

「正解だよ。理由の説明は必要かな?」

「だいたい判りますよ」

 ふらりと立ち寄った旅の神仙。

 彼らが目撃するのは、住民たちの病。

 放置するか、救おうと動くか。

 王国政府は後者だと踏んだ。かつての英雄王がそうだったから。

 困っている人を放っておけないお節介。

 英雄王も私も典型的な日本人気質の持ち主だったというわけである。

 そして、私は脚気の治療法を示した。

 アズール王国が待ちに待っていた解答だ。

 ついでに、砂糖の精製法まで教えてくれた。

 これはアズールに巨額の富をもたらすだろう。

 うん。

 もう充分だよね。生かしておく理由はないわ。

 必要な知識を得た。あとは私の名声がこれ以上あがる前に処理(・・)する。

「まったく見事な算術ですね。お利口なことです」

「私に悪意をぶつけても意味はないよ。風間エイジくん」

「……失礼いたしました」

「ともあれ、少し未来の話をしようか」

 そう言い置いて、監察官(インスペクター)が語り始める。

 私こと神仙エイジは殺害され、脚気の治療法は英雄王の末裔が考案した、ということにされた。

 それが虚偽だと知っている人間は、王国にとって非常に不都合な存在である。

 私の死と前後して、ミエロン商会と冒険者ギルドには刺客が送られていた。

 結果、ミエロン氏とガリシュ氏、その奥方が凶刃に倒れる。

 かろうじて難を逃れたミレア嬢は、サイファのチームに守られて王都リシュアの脱出に成功した。

 ベイズやヒエロニュムスとともに。

 そして逃避行の中、王城で一暴れして逃げてきたティアマトと合流する。

 彼らが新天地を求めたのは、隣国のノルーアだった。

 ノルーアもまた、英雄王のもたらした米食によって食糧事情が飛躍的に向上したものの、脚気に悩まされていたからである。

 一方、知識を独占したアズール王国は、枝豆と砂糖の専売化をおこなった。

 謎の奇病に対する特効薬と、新しい甘味料。

 それは空前の富をアズールにもたらすはずであった。

 しかし、そうはならなかった。

 二年後、ドラゴン、フェンリル、ケットシーの力を借り、ノルーアを簒奪(さんだつ)して王となったサイファが襲いかかったからである。

 数十年に渡る戦乱のはじまりだった。

 大陸は乱れに乱れ、多くの人が死んでいった。

 のんきに稲作にいそしむ余裕は、まったくなくなった。

 食糧事情は悪化の一途をたどり、米の生産も減り、精米してかさ(・・)を減らすような真似はできなくなった。

 ちょっとでも量を増やし、栄養を摂るため、玄米を食べるようになった。

「こうして、大陸から、世界から脚気の猛威は去っていった」

「戦によって?」

「戦によって」

「そんな馬鹿な話がありますかっ! もっとたくさんの人が死んだんじゃないですかっ!?」

「だろうね。この戦争によって亡くなった人間の数は、直接間接を問わず数百万にのぼったよ」

「そんな……」

「しかしそれは、ありえない病気による死ではない。闘争による死は地球世界でも幾万幾億とあった」

 一度、監察官が言葉を切る。

「おめでとう。風間エイジくん。君はあの世界を救ったよ」


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