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動き出す歯車 8


「わ、吾輩が疑っているわけではない。ひとえに役儀によるものである」

 ちょっとヨーデルになりかかる使者の声。

 あまりいじめては可哀想だ。

「まあまあティア。役人のつらいところなんだからさ」

「んむ。役目なれば仕方がないのう」

 私がたしなめ、ティアマトが引き下がる。

 茶番だ。

 ひとりが難癖(なんくせ)を付けて、もうひとりがとりなす。

 聞き込みをおこなう警察などが使う手らしい。

 ザリード子爵とやらが、ティアマトに怯えるほど、相対的に私は話しやすい人物と印象を与えることができる。

 べつに役割はどちらでも良いのだが、私が難癖を付けても迫力がない。

「偉大なる我が王より、貴殿らにご下問がある」

 なんとか声を抑制し使者が告げる。

「つまり、私たちに王城まで出向けと?」

「然り」

 用がある方が呼びつけるとは何事か、と、怒ったのでは交渉も何も成立しない。

 専制君主の意志というものは、すべての法と常識に優先する。

 王様が白と言えば、カラスだって白くならなくてはならないのだ。

「承知いたしました。私としましても、この国の王には申し上げたき儀があります。良い機会を得たと思うことにしましょう」

「それは重畳。おもてに馬車を待たせてある」

 準備の良いことである。

 頷いて、私が席を立った。

 ティアマトも続く。

 横目で、子爵のほっとしたような顔を確認しながら。

 神仙(ハミット)というのは、やはり特別視されるものらしい。




 建造物としての王城について、私は特別な感情を抱かなかった。

 なにしろ建築様式とかの知識がないから。

 ただ、夕張(ゆうばり)のメロン城や、登別(のべりべつ)のニクス城より立派だなとおもった程度である。

 通されたのは謁見の間ではなく、内院のような場所であった。

 ミエロン家のものより数倍も広くて手入れも行き届いている。

 四阿(あずまや)とかも設置されてるし。

 すげー豪勢だが、大商人とはいえ庶民の邸宅と王家のそれでは比較になるものではない。

「私的な会談、という意味かな?」

「そうじゃろうな。公的に我らの為したことを非難するわけにもいかず、かといって称揚すれば王の権威に傷を付ける。しかし、直接に会って存念は確認したいというところじゃろう」

 待たされている間、私とティアマトはごく軽い作戦会議をおこなっている。

 といっても、いまさら決めるべき事は少ない。

 王と面談して、甜菜糖の価格を決定させ、流通をコントロールする。

 さらに、枝豆やギャグド肉を大いに食するようお触れ(・・・)を出してもらう。

 この二点について依頼するのだ。

 交渉術の選択などの、こまごまとした打ち合わせは、この半月ほどで完了している。

「私としては、謁見の間で申し開きをするって流れになるかと思っていたけどね」

 じつはその方がありがたい。

 公的な場だからだ。

 そこでの決定は、そのまま国政に反映される。

 ……はずだ。

 中世的な国家運営というのには、あまり詳しくないため、じつは確証があるわけではないのである。

 ただ、他人のいる場で約束したことなら、そうそう破られないのではないか、と、勝手に思っているだけだ。

「それは難しいじゃろうの。我らは神仙じゃ。仮にも英雄王と同じ出身のものを、他の謁見者と同列に置くわけにもゆくまいよ」

「勇者様って神仙だったのかい?」

「言ってなかったかの?」

「初耳だよ」

「より正確には、神仙と思われていた、じゃな。本人がそう名乗ったわけではない。竜の郷よりまかりこした神仙にして英雄、と、立志伝に描かれておる」

 権威付けの(箔を付ける)ために後づけされた設定だろう、と、付け加えるティアマト。

 神格化、偶像化。

 どこの国の建国記にも見られるような記述だ。

 現代日本なら笑い飛ばされる話だが、ここは中世的なファンタジー世界である。

「だから私たちも神仙って名乗ったってことかな?」

 その後の動きに権威をつけるため。

 ただの人間が人を救おうとするよりも、人々が納得しやすい理由だ。

「んむ。それに嘘というわけでもないしの。出身が同じなのは事実じゃろうて」

 かかか、とドラゴンが笑う。

 現代日本を竜郷と思いこんでいるのはこちらの人の勝手だ、と。

「詐欺師も真っ青な論法だよ」

 私は肩をすくめてみせる。

 相手が誤解することを前提に話を進め、誤解を解く努力をいっさいおこなわない。まさに確信犯というべきだろう。

 ティアマトにかかれば、この世界の純朴な人々など特殊詐欺事件(オレオレ詐欺)の被害者よりも簡単に騙せてしまう。

「褒められたと思っておこうかの」

「うん。わりと褒めてないけどね」

 馬鹿な会話をすすめるうちに、内院に人影が現れる。

 この世界の人にしては体格も良く、だいぶ薄くなってはいるがモンゴロイドの特徴が残っている。

 茶味がかった金髪とこげ茶の瞳。

 堂々たる青年。

 年の頃なら私と同じか少し上といった風情だが、見た目だけで年齢を推し量るのは難しい。

 この城の主にして、アズール王国の主権者。

 ラインハルト五世だ。

 本名は、ラインハルト・ミシマという。

 この国を乗っ取った勇者の末裔である。

 続柄(つづきがら)としては、子の子の子の子の子。難しい言葉だと昆孫(こんそん)

 ちなみに五世というのは、王位を継ぐ彼の直系は代々ラインハルトと称しているためだ。

 それで姓の方はミシマなのだから、ちょっと笑ってしまう。

 もちろん誰のどんな名前だって本人の責任ではない。笑うような失礼な真似はできないのだが。

 王が伴った護衛はわずかに三名である。

 鷹揚なのか無警戒なのか。

 私とティアマトが席を立ち一礼する。

「初めて御意を得ます。国王陛下」

「お呼び立てして申し訳なかった。神仙どの」

 さすがに頭までは下げなかったが、けっこうフレンドリーな態度だ。

 あるいは、使者がティアマトの機嫌を損ねかけたことが報告されているかもしれない。

「まさか陛下みずからが赴くというわけにもいきませんから。仕方のないことだと理解しております」

「そういってくれると助かるよ。エイジ卿」

 身振りで椅子を示す王様。

 悪政を敷いているような人物には見えない、と、そこまで考え、私は内心で苦笑する。

 べつにラインハルト王は悪政など敷いていない。

 租税は高くもなく、戦乱もなく、ありきたりな表現を用いれば民は泰平を楽しんでいるのだ。

 彼は知らないだけ。

 平和と反映の影で、静かに滅びが近づいていたことを。

「お聞き及びかもしれないが、(ちん)の祖先も神仙だったのだ」

「んむ。知っておるよ。シズルじゃな。彼とは幾度か言葉を交わしたこともあるでの」

 応えたのはティアマトだ。

 本当かどうかは判らない。

 というかたぶん嘘だろう。

 このドラゴンは息をするようにホラを吹きやがる。

 なんてやつだ。

「ほほう!」

 そして簡単に騙される王様。

 うん。もうちょっとだけ警戒しようね。

 ドラゴンが言うことだってホントだとは限らないんだよ?

 それにしても、シズル・ミシマね。

 私の記憶層に引っかかる名前だ。

 しかもあんまり良い記憶じゃない。

 まさか異世界に来てまで聞く名前だと思わなかったよ。それとも、勇者とは本当に彼なのか?

 自ら命を絶った後、この世界に導かれたとでもいうのか。

「さほど親しかったわけでもないがの」

「いやいや。これも何かの縁というものだろう。朕は祖先の顔すら知らぬがな」

 ラインハルト王が呵々大笑(かかたいしょう)する。

 当たり前である。

 六代前の先祖と話したことがあったりしたら、そっちの方が異常だ。

 写真などもまだ発明されていないのだから、顔だって肖像画くらいでしかみたことがないだろう。

 冗談として笑い飛ばす程度の器量を持っている、というアピールか。

 軽食とお茶をトレイに載せた使用人が、しずしずと近づいてきた。

 なるほど、この王様は私たちのために午後の一刻(ひととき)を使うつもりのようである。


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