動き出す歯車 7
日に日に気温が上がり、盛夏へと近づいてゆく。
仙豆こと枝豆の売れ行きもうなぎ登りに上昇中だ。
もちろん、ずんだ餅も。
連日、売り切れ御礼だ。
家畜のエサに回す分が無くなってしまうのでは、と心配になるほどである。
ちなみにこの問題は、砂糖を絞った後の甜菜を与えることである程度は解決をみた。
群生地には調査隊と収穫隊が送られ、街近くでも栽培できないか、大規模な実験もはじまった。
苦戦中なのはギャグド肉である。
需要は高いのだが、供給が追いつかない。
私たちがそれをもたらしてから半月ほど。狩ることのできたギャグドはわずかに四頭。
狩りの結果としては上々らしいが、これでは数万を数えるリシュアの民には、とても行き渡らない。
まして、季節は保存に向かないものになってきている。
北海道と似たような気候といっても、当たり前のように夏は暑いのだ。
「冷蔵庫を作るしかないのかな……」
「最も原始的なタイプでも、電気を使うヤツはいまのアズールの技術力では不可能じゃな」
「だよねぇ」
すっかりミエロン家の住人となった私たちである。
事業そのものはもう手から離れたので、けっこう暇だったりする。
で、小人閑居して不善を為す、の故事成語どおり、冷蔵庫の開発談義なんぞをしていたという次第だ。
現在の冷蔵庫の原型になったものは、氷を利用して冷やした。
構造としては難しくない。
扉が二つあるタイプの箱、上部には氷を入れ、下部には冷やしたいものを入れる。
冷たい空気は下にさがるから、入れたものが冷えるという寸法だ。
ただ、これをこの世界で再現するには足りないものがある。
断熱素材と氷。
前者がなくては中の氷があっという間に溶けてしまう。そして後者は、この季節にどうやって入手するのか、という話だろう。
万年雪のあるような山から運んでくるか、魔法使いに氷系の魔法でつくってもらうか。
どちらにしても現実性が薄すぎる。
そんな遠くからえっちらおっちら運んでいる間に氷は溶けちゃうし、人力で氷を作るとか狂気の沙汰だ。あっという間に魔法使いたちが使い潰されてしまうだろう。
魔法でも超能力でも良いが、特定個人の能力に依存した社会などありえない。
もし仮に魔法使いたちの力で冷蔵庫が実現したとして、それが家庭に普及し、不可欠の存在となったとき、一斉に魔法使いたちが離反したらどうなるか。
食べ物の保存ができず、家庭生活が破綻してしまう。
それを防ぐためには、魔法使いたちが不満を持たないよう、つねに高給優遇し続けなくてはいけないし、休みを取れるように数も揃えなくてはいけない。
特別扱いだ。
つまり、特権階級としての魔法使い。
彼らがいなくては社会が維持できなくなってゆく。
「魔法王国の誕生じゃな」
かかか、とティアマトが笑う。
力での支配などという可愛らしい話ではない。
生活そのものを魔法使いたちに握られてしまった世界。
私の愛読していた小説にもそういうテーマのがあった。女子高生が魔法がすべての世界に転生するというやつだ。
魔法の使えない人々は支配されるのではなく、保護され、守られる。
まるで人間が動物を保護するように。
面白かったなぁ。
「ともあれ、私としてはそういう未来は避けたいわけだよ」
「未来という名に値するがどうかもあやしいところじゃしな」
「冷蔵庫は無理かなぁ」
「手がないわけではないがの」
「拝聴しましょ……」
言いかけた私を遮って、私室の扉が開く。
飛び込んできたの商会の従業員だ。
「エイジさま! 大変です!! 王宮から使者がっ!!」
そらきた、と、私は思った。
私たちの行動を、アズール王国が座視するわけがない。
ここ半月のミエロン商会の売り上げを見るだけで、どれほど巨額の金銭が動いているか判る。
政府が注目しない理由はないし、それがアズール王国に蔓延する病から人々を救うとなれば、なおのことだ。
そしてそれは良い意味での注目ではない。残念ながら。
たとえば現代日本なら、人を救うのも善行を積むのもボランティアをするのも個人の自由だ。
しかし、中世的な社会というのは、そういうわけにはいかないのである。
国内で最も人気のある人物が国王でなくてはならない。
王様以外に人々を救う英雄が存在するなど、言語道断というべきだろう。
何度も言うが、ファンタジー作品で異世界から召還された高校生が華々しく活躍するのは、フィクションだからである。
危機に際して都合良く呼び出された人物だ。
当然のように都合良く使われるし、必要が無くなれば処分される。
身も蓋もない話ではあるが、それが現実というものだ。
「勇者様に荷物をすべて押しつけて、問題を全部解決してもらおうという横着者じゃからの。その後の処遇について、最も安直な手段をとるのは当たり前じゃな」
とは、ティアマトの台詞である。
私もだいたい同意見だ。
「そして、勇者様がそれを回避しようとすれば、方法は二つしかないんだよね」
戦いが終わり、平和になったら、さよならと告げてどこかへと去ってしまう。
あるいは、与えられたチート能力とやらを使って、自らが最高権力を握ってしまう。
どちらかだ。
「アズールでは、後者だったようじゃの」
「まあね」
王宮からの使者に会うため、服装を整えながら私は苦笑した。
この国に伝わる伝承では、勇者は魔王を討伐した後、王の娘を娶り、義父となった王から王位を譲り受けたのだという。
どこまで本当か判ったものではない。
というのも、国でも軍でもいいが、力を得たものが、そう簡単にそれを手放すわけがないからだ。
日本の歴史を振り返ったって明白である。
徳川慶喜が大政奉還をしたって、幕臣すべてが唯々諾々として従ったわけではない。
斉藤道三に国を譲られた織田信長も、実際に美濃を支配下に置くまで、十年の歳月を必要とした。
無血で譲られる国などない。
考えてみずとも当然のことだ。
勇者様だって、おそらくは邪魔者をことごとく殺して王位を奪ったのだろう。
それ自体は妙でも珍でもない。
王国の始まりなんて、簒奪か侵略しかありえないのだから。
かの大英帝国だって、スタートは山賊とか海賊の首領だろうし。
案内された客間では、すでに使者が待っていた。
えっらそうに上座にふんぞり返った中年男。
一目見た瞬間、私はこいつが嫌いになった。
上座はまあ、客人だからいいとしても、なんでミエロン氏とミレア嬢を床に座らせているのか。
しかし、どれほど嫌っても軽蔑しても、私はそれを顔に出さないという特技を持っている。
私に限らず、木っ端役人ならたいていは使える技だ。
なにしろ、役所にクレームをつける市民というのは、だいたいこんな態度だから。
自分は偉いと思っているのか、役人を下に見ているのか知らないが、こういう輩をまともに相手にしても時間の無駄である。
ひたすらセオリー通りに接する。
謙っては調子に乗るだけだし、かといって正論を振りかざせば役所は高圧的だとか言い始めるからだ。
「はじめまして。エイジと申します。私にご用と伺いましたが」
「ザリード子爵である」
尊大に名乗る使者。
ほほう。
爵位を持つ貴族が使者に立つか。
まずは下っ端の役人で様子を見るとかはしないらしい。
余裕がないのか、あるいは他に理由があるのか。さてどちらだろう。
「して、ご用の向きは?」
正対するように私もソファに腰掛ける。
べつに勧められていないが、ザリード子爵とやらは咎めなかった。
「貴君らがあやしげな知識をもちいて、国民を惑わしているとの噂がある」
わりとストレートな問いかけだ。
この人、えらそうに振る舞ってるけど、たいした権限は与えられてないかも。
「なるほど」
「神仙の知恵をあやしげと誹謗するとはのぅ。この国の王家は礼儀もしらぬのか?」
私は軽く頷いたたけだが、後ろに立ったティアマトが不快げな声をだした。
ぴき、と、使者の頬が引きつる。
参考資料
唐澤 和希 著
ヒーロー文庫 刊
『転生少女の履歴書』シリーズ