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動き出す歯車 5


 道中の襲撃はなかった。

 が、ずっと監視はされていたらしい。

 もちろん私に、そんなものを看破(かんぱ)する能力などない。

 ティアマトやベイズが気付き、ヒエロニュムスと交代で寝ずの番を引き受けてくれたため、襲いかかるタイミングが掴めなかったというところだろう。

 ちなみに、夜番の組み合わせは、ティアマトとサイファ。ベイズと弓士(アーチャー)のゴルン。ヒエロニュムスとメイリー、というコンビである。

 なんか、妖精猫ばっかり良いポジションな気がする。

 年相応に見える数少ない女性だ。

 あとはミレア嬢くらいしか、私の知己に独身女性はいない。

 メイリーは十六歳、ミレアは十五歳なので、残念ながら私の守備範囲には入っていない。

 分別(ふんべつ)のある大人ですので、さすがに高校生くらいの年代の少女に欲情したりしませんよ。攻略対象とするのは、自分の年齢プラスマイナス五歳くらいまでですって。

 ただ、こちらの世界のその年代は、はっきりとおばちゃんである。見た目的に。

 せちがらい世の中だ。

 ところで、サイファチームのもう一人、斥候(レンジャー)のユーリは夜営の準備や後かたづけ、その他様々な雑事があるため、夜番には参加しない。

 あ、私もね。

 だって参加したって意味がないもんっ!

 人足たちやミエロン商会の番頭さんと一緒に雑魚寝である。

 役立たずでさーせん。

 ともあれ、問題なくリシュアの街に帰還した私たちは、出迎えたミエロン氏とガリシュ氏から、熱烈な歓迎を受けた。

 どうして帰ってくるタイミングが判ったかといえば、ユーリが先触れをもって走ってくれたからである。

 まさに斥候(せっこう)の役割だ。

「お帰りなさいませ。エイジさま。こちらは準備万端ととのっております」

 ミエロンの言葉だ。

 え。

 休ませてとかくれないの?

 このまま砂糖造りに移行する流れですか?

「戻りました。準備していたんですか?」

「そりゃもう」

 にこにこ笑ってるし。

 これ、私がリゲルを収穫してこれなかったらどうするつもりだったんだろう。

 むしろ、砂糖が精製できなかったら血を見るんじゃないか?

 怖すぎる。

「過剰な期待はしないでくださいね。私たちの精製技術を完全に再現することは不可能ですから」

 これは事実だ。

 濾過(ろか)器もなければ、遠心分離器もない。冷蔵庫だってないのである。

 となれば、もっとも原始的な方法で作るしかない。

 私の知識だけではかなり曖昧なため、ティアマトのサポートが必須だ。

 といっても、方法としてはさほど難しくはないのだが。

 収穫してきた甜菜の根を洗い、きれいにする。

 皮を剥いて、さいの目に切り、沸騰していない程度のお湯につけておく。

 こうして、ビートからお湯に糖分を溶け出させるわけだ。

 かなりの水と、火を焚くための(まき)が必要になる。

 これに関しては、収穫に出発する前にミエロンに確認している。

 リシュアの街というのは水が豊富で、薪にも不自由はないとのことだった。

 まあ、公衆浴場があんなにあるくらいだし、水の豊富さは疑ってもいなかったが。

 古来、町が発展するのには水が不可欠である。

 だからこそ、大きな川の近くに文明が生まれていった。

 薪に関しても、米食をしているから、相当の消費量である。

 その結果が、草原が突然終わって森林になるという情景に、如実(にょじつ)にあらわれているだろう。

 人間が、どんどん木を切り倒していった結果だ。

 蚕食(さんしょく)するように。

 植樹という概念もないし、これは将来的に大問題になるだろう。

 だが、今の私には、森林保護まで手を伸ばす余裕はない。

 まずはアズール王国の人々を脚気から救わなくてはいけないから。

 ビタミンB1を摂らせるために、枝豆を食べさせるために、砂糖を作ろうっていうんだから、遠回りも良いところだ。

 玄米を食べてくれれば、半分くらいは解決するのに。

 話を戻そう。

 お湯につけたビートからは、だいたい一時間か二時間もすると、糖分が溶け出す。

 そうしたら、ビート本体はお湯から出してしまい、残った汁を煮詰めてゆく。

 灰汁を取りながら、ことことことこと。

 で、煮詰まってとろみが出て、固まってきたら、何か適当な器に入れて水分を自然に蒸発させる。

 乾いたら、甜菜糖のできあがりだ。

 上白糖なんてものじゃない。

 色は茶色いし、ちょっとクセもある。

 それでも、この世界では稀少な甘味だ。料理にも利用できる。

 つまりレパートリーがぐっと増えるはず。

 料理の「さしすせそ」ってやつである。

 前のふたつ、砂糖と塩が揃うことになるのだから。

 酢、醤油、みそに関しては、申し訳ない。私では作り方が判らない。

 ティアマトに製法を聞くことはできるし、大豆はあるのだから作ること自体は不可能ではないと思うのだが、たぶん相当な手間と時間がかかるだろう。

 その時間を、私には捻出することができないのだ。

 季節は初夏。

 夏になれば、脚気の患者は爆発的に増えてゆく。

 汗をかくから。

 そうなる前に、ある程度までギャグド肉と枝豆を住民に浸透させておきたい。

「町医者たちに仙豆を紹介しておきました。試しに患者に食わせたところ、症状が改善に向かったと喜んでおりましたぞ」

 砂糖の精製作業を見つめながら無作為な思考に身を委ねていた私に、ミエロン氏が語りかけた。

 曖昧な笑みを返す。

 枝豆を治療薬とするには、一日あたりの必要摂取量が多すぎる。

 毎日五百グラムは、さすがにちょっと食べられないだろう。

「煎じて飲ませるとか、いろいろ研究を始めているようですよ」

「ほほう。それはそれは」

 これだ。

 これが人間の底力である。

 私は大きく頷いた。

 この世界の人々は、ちゃんと自分を救う努力をしている。

「実を結ぶと良いですねぇ」

「まったくです」

 ミエロン氏の顔にも屈託がない。

 約束してくれた通り、枝豆に関してはある程度までは利益度外視で臨んでくれているのだろう。

 もちろんそれは、損をするということではない。

 捨て値みたいな値段で卸しても、巡り巡ってちゃんと利益になるような計算を立てている。

 なにしろ流通させる量が半端でないし、仙豆(ハミットビーンズ)というネームバリューもある。

 まして、その仙豆を使った甘味が売り出されれば、利益は莫大なものとなるだろう。

 人を救い、感謝され、富も得る。

 見事な算術だ。

 大商人の大商人たる所以(ゆえん)だろう。

 私としても、商売人にボランティアで動けと言うつもりはない。

「甘い匂いがしてまいりましたな」

 頬を弛めるミエロン氏。

 雑談に興じている間に、砂糖づくりも佳境に入ってきたようだ。




「んむ。思ったよりとれたようじゃな」

 試作された甜菜糖を眺めやり、ティアマトが頷いた。

 使われたビートは約十キロ。できあがった甜菜糖は五百グラム以上はある。

 上々の結果だ。

 ちなみに、糖分を放出したビートの絞りかすは、家畜の飼料とされる。

 人間が食べても美味しいものではまったくないが、ごくわずかに糖分は残留しているので、家畜は喜んで食べるらしい。

「じゃあ、さっそく試食してみましょうか」

 固まった茶色い甜菜糖を軽く叩き、一口サイズにする。

 上白糖のようにさらさらしたものではなく、少しもったりした感じだ。

 完全に水分が抜けきっていないのだろう。

 機械的な乾燥方法がないため、これは仕方がない。

 口に入れてみる。

 けっこうコクがあり、独特の風味があった。

 優しい味というか、自然な感じというか。

 しかし、

「そんなに甘くない……失敗したのか……?」

 砂糖を直接口に入れたような、圧倒的な甘さはない。

 比較すれば、半分よりちょっと上くらいだろうか。

「……何言ってるんですか。エイジさま」

 私の横に立ったサイファ。

 何かをこらえるように言葉を紡ぐ。

「美味いっすよ。ほんとに美味い。これがあの病気の薬になるんですよね」

「うん。より正確には、これをつかった豆の料理が、だけどね」

「そっか……母ちゃんに食わせてやりたかったな……」

 剣士の頬を一筋の涙が伝った。


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