表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/82

動き出す歯車 3


「先のことなど考えたところで無意味じゃよ。汝はスーパーヒーローなどではないからの」

 すべてを救うことなどできない。

 せいぜいが目に見える範囲のことを何とかしようと努力するだけ。

 それだって完璧からはほど遠い。

 救える人がいる、力及ばず救えない人もいる。

 命の選択(トリアージ)だ。

 災害救助などを行うレスキュー隊にも求められる考え。

 助からない人にいつまでも手をかけるわけにはいかない。それよりも、助けられる人を助けなくてはならない。

 冷たいというより、彼らはギャンブラーではないからだ。助かる確率が高い方から確実に助けてゆく。

「そういうものじゃよ。割り切れとまでは言わぬがの」

「ティア……」

「汝は汝のできることをする。できないことまでせよとは、監察官(インスペクター)も現地神も言わぬじゃろ」

「ティア……」

「それでもなお重いと感じるならば、そのときは我に言うが良い。ひと思いにその頭を噛み砕いてやろう。さすれば汝の役割は終わりじゃ」

 ぐっと顎に力を入れる。

「痛い痛い! 牙刺さってるっ! 牙!」

 ぜんぜんひと思いじゃなかった。

 むしろ拷問のように、じわりじわりとなぶり殺しにするつもり満々じゃないですかやだー。

「ありがとう。ティア」

「んむ。相棒じゃからの」

 頭から口を離してくれるドラゴンであった。




 ところで、ヒエロニュムスが加わったことにより、作業効率がいっそうあがっている。

 妖精猫(ケットシー)というのは、非常に魔術に長けた種族で、彼もまた様々な魔法を使うことができた。

 そしてその魔法のひとつ、標的(ロックユー)とやらが大変に役に立った。

 ヒエロニュムスの身体から飛び散った無数の光点が、甜菜の在処を示してくれるのだ。

 人足たちはそこに走っていって掘り起こすだけ。

 探す、という手間がまったくなくなった。

「ターゲッティングの応用なんだろうけど、こんなにたくさんロック(マルチロック)して意味があるのかしら?」

 とは、チーム唯一の魔法使い、メイリー嬢の弁である。

「意味があるかないか、それはまさに意味のない議論でしょう。お嬢さん(フロイライン)

 優雅に尻尾を揺らす妖精猫。

「小生が必要と思い、魔法がそれに応えた。それだけのこと(シンプルリーズン)

「今作った魔法ってこと?」

「さて。魔法とは作るものですかな? あるものをただあるように、心の赴くままに歌とする。そのようなものではないですかな? (さと)娘さん(フロイライン)

 判ったような判らないような言葉だ。

 もちろん私には魔法の知識などないし、彼の言っていることが正しいのかどうなのか判断は付かない。

 ただ、メイリー嬢は感心したように目を輝かせているし、ティアマトもなんか頷いてるので、きっと正しいのだろう。

 あるいは、カール・フリードリヒ・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン男爵よろしく、巧みな話術と柔らかな物腰で煙に巻いているだけかもしれないが。

 なにしろ、この妖精猫の紳士と同名の男は、ほら吹き男爵として有名である。

「いやいや。おおむね間違っておらぬよ。風が吹くこと、潮が満ちること、月が欠けること、それらにはすべて意味があるし、まったく意味がないともいえるじゃろ? 魔法というのも同じことじゃて」

 ティアマトの解説だ。

 すみません。

 かえって理解不能です。

「ティア。もうちょっと判りやすく」

「これ以上判りやすくはならぬし、汝には魔法の素養がないゆえ、説明しても無意味じゃ」

「ひどい! 私だって頑張れば魔法が使えるかもしれないじゃないか」

「エイジ個人が、というより、地球の現代人には無理なのじゃよ」

 ふうと息を吐くドラゴン。

 魔法、超能力、異能、どういっても良いが、それらを扱うためには適性というか、そのようなものが使える肉体的な構造が必要らしい。

「もともと人間は魔力も小さいし、扱いそのものにも長けておらぬ」

 だからこそ、この世界でも魔法使いは数多くはない。

 誰でも彼でもできるということではないのだ。

 その上、地球人はオカルトに頼ることをはるか昔に放棄している。

 かつては神の声を聴き、予言や占いによって国政すらも運営されたが、そんな時代は過ぎ去って久しい。

 現代の地球は、完全に科学主義の立証主義だ。

 同じ条件のもとで誰が実験しても、いつ実験しても、何度実験しても、どこで実験しても、同一の結果が出なくては法則としては認められない。

 透視能力者や占い師が、たとえば殺人事件の犯人を言い当てたとしても、証拠を示すことが出来なければ、逮捕も立件もできない。

「それを、馬鹿げたことだと思うかや?」

「思わないよ。逆よりはずっとましさ」

 捜査員(けいかん)の直感とやらで犯人逮捕とか、ありえないだろう。

 どんだけえん罪を量産する気なんだって話だ。

 そもそも、その捜査員が、私怨に基づいてこいつが犯人と言っているのではない、と、誰が保障してくれるのか。

「んむ。健全な考えじゃよ。ゆえにこそ、汝らは魔法を行使するに向かぬ」

「よくわからないな」

「魔法とは歪みじゃ。歪みを解き明かせば、そこに不思議は存在しなくなる。そうやって地球から魔法は消えていったというわけじゃ」

 非常にほんわかした説明である。

 とりあえず、私を含めた地球人に魔法は使えない、という理解で良いのだろう。

「でも、勇者たちは使ったんじゃないのかい?」

「だから反則(チート)なんじゃろうよ」

「ごもっともで」

 私は肩をすくめてみせた。

 使えるはずのないものが使えれば、持っているはずのないものを持っていれば、それは反則というものだろう。

 さて、あまり実りのない会話を繰り広げているうち、甜菜が着々と収穫されてゆく。

 このままいけば、想定していたよりも早く予定量に達するだろう。

 ヒエロニュムスさまさまだ。

「エイジ卿のお役に立て、光栄の至り」

 私の視線に気付いたのか、妖精猫が優雅に尻尾を揺らした。

 卿ときた。

 なんというか、こそばゆい。

 様とかなら私も使うし、そんなに違和感はないのだが、やはり小説で読むのと実際に呼ばれるのでは大違いだ。

「いやいや。むしろ私の方がお礼を言いたいくらいですよ。ヒエロニュムス卿」

 真似して使ってみた。

 ちょー恥ずかしい。

 人間、三十も過ぎると格好いい言葉遣いというのは、かなりくる(・・)ものがある。

「頬を染めて名を呼ぶおっさんの図。薄い本が出そうな展開じゃな」

「どこにそんな需要があるんだよ?」

 でっかいロシアンブルーと三十男の絡みとか、すくなくとも私はまったく見たくないぞ。

 むしろ、ティアマトにはそんな知識までインストールされているのか。

 無駄知識といっても無駄すぎるでしょう。監察官(インスペクター)卿。

「この分なら、今日中に作業が終わりそうじゃの。終わり次第、街の戻るのかや?」

 進捗状況を確認しながらティアマトが問う。

 出発のタイミングはけっこう重要な問題である。

 薄い本談義の片手間にするようなものではないほどに。

 収穫地からリシュアの街までは馬車で四日。

 つまり最低三回の夜営を挟まなくてはいけない。

 で、この回数というのは、少なければ少ないほど良い。

 現在はベースキャンプを張っているから、全員がきちんと休息を取ることができるが、移動中ともなれば食事も休息もかなり手を抜いたものになるし、なにより周辺の警戒のために人手が割かれる。

 往路と違って、復路は荷物があるからだ。

 甜菜の価値は現在のところ私たちしか知らないとはいえ、どこから情報がもれるか判らないのだ。

 野菜を運んでいるだけに見えて、じつはすごい価値のあるものを輸送している。

 そう勘ぐる人間がいても、べつにおかしくも何ともない。

 まして大商人のミエロン氏や、冒険者ギルドの支部長たるガリシュ氏が絡んだ仕事で、A級冒険者が護衛についている。

 ただの野菜掘りだと思う人の方が、たぶんおめでたいだろう。

「明日の朝一番に出発しよう。食料とかは、五日分を残して、今夜全部放出するよ」

 宣言した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ