動き出す歯車 2
「気付いておるかや? ベイズどの」
「むろん」
ティアマトとベイズが話している。
二日目である。だいぶコツを掴んだ人足たちの作業効率は上がり、順調に収穫量は増加中だ。
一応の目標は千キロ。一トンである。
四両の馬車を満杯にする量ではないが、さすがに帰りの水や食料を捨ててまで積み込むわけにはいかない。
このペースなら、一両日中には目標量に達するだろう。
人足たちの気合いも充分だし。
充分な報酬、充分な食事、充分な休息。
これでやる気が出ないような人間ならば、そもそもガリシュ氏が紹介したりしないし、ミエロン氏も金を出さない。
そして人足たちが頑張ってくれているため、私たちの出番は減った。
ティアマトは農作業に向いた身体の構造をしていないし、私などが手を出したら邪魔なだけである。
ベイズは穴掘りも得意だし体力もあるのだが、大雑把すぎるとのことで、ぽいっと戦力外通告をされてしまった。
役に立たない一人と二頭だ。
ともあれ仕事もせず、ただぼーっとしているのもアレなので、私たちは歩哨に立っている。
襲撃の危険がある、というわけでもないのだが、まったく無警戒というわけにもいかないのだ。
しっかりと守ってもらっていると思えばこそ、人足たちも安心して作業できる、という側面もある。
その歩哨中に、ティアマトとベイズが小声で言葉を交わした。
「何がむろんでしょうか? ベイズさん」
当然のように私は気付かない。
気配を読む、とかいう特殊技能は、どうやったら身に付くのだろう。
「昨日から、こちらの様子を伺っている者がいる」
さらりと教えてくれる。
おもわずきょろきょろする私だったが、目に映るのはどこまでも連なる緑の波濤だけ。
背の低い木なども多いため、身を隠す場所ならいくらでもあるだろう。
草だってけっこう背が高い。
気配を消されたら、かなり接近されるまで気付かないのではないか。
ティアマトやベイズ、サイファチームはともかくとして、人足たちはかなり危険な状況だといっていい。
「みんなに警告した方が……」
「無用じゃろう。敵意は感じぬよ。注がれる視線は興味津々な感じじゃ」
「なるほど……」
人間どもが竜や魔狼と一緒になにやってるんだ? というところか。
じつに良く判る。
端から見て、あきらかにおかしな団体だもの。
興味は尽きないが、声をかけたいとは正直思わない類のヤツだ。
うん。自分で言っていて哀しくなってきた。
なにしろ私が、この変な集団のリーダーである。
誰か代わってくれないかな。
「じゃが、ただじーっと見つめられても照れてしまうのう。どうせならかててやろうぞ」
「なんで北海道弁でいったの? ティア」
かてて、というのは仲間に入れてやる、というほどの意味だ。
おそらく、加えてというのが縮まったのだろう。
「もともとは東北、津軽あたりの言葉じゃ。北海道の言葉はあちこちの方言が混じって生まれたからの」
「その情報、べつにいらないよね?」
「ウィットに富んだ会話というやつじゃな。というわけで、こちらにこぬか? 一緒に飯でも食おうぞ」
なーんにもない方向に呼びかけるティアマト。
やがて、背の高い草の上に、ぴょこんと顔が出た。
「おおう!?」
驚いた。
猫である。
いや、もうちょっと精悍な感じかな。
体長は目算で二メートル弱。
耳が大きく、全体的にグレーがかった毛並み。
でっかいロシアンブルーを想像してもらえば目安となるでしょう。
「ほほう。妖精猫だな。草原に現れるとは珍しい」
ベイズが解説してくれた。
魔獣の一種だが、人間を襲うことは滅多になく、だいたいは勝手気ままに暮らしているという。
特徴としては、好奇心旺盛で悪戯好き。
知能も身体能力も高いが、さほど好戦的というわけでもない。
「ふむふむ」
説明に頷く私の視界から、ふっとケットシーの姿が消える。
次の瞬間、それはティアマトの前にいた。
すごい跳躍力である。
軽く二十メートルは離れていたのに。
「お招きに預かり光栄の至り。竜の姫よ」
しっぶいバリトンボイスで言って、ぺこりと頭を下げる。
すげー気品がある。
「森の王、ならびに人の仔にも、お初にお目にかかります」
長い尻尾がゆーらゆーらと揺れている。
優雅だ。
ベイズには王者の迫力のようなものがあるし、ティアマトはコケティッシュにみえてどことなく威厳がある。
対して、このケットシーは、貴族のような雰囲気だった。
「小生はヒエロニュムスと申す愚物にて。以後、お見知りおきを」
名乗り。
ああ、そりゃ優雅なわけだ。
かの有名なほら吹き男爵と同じ名前なのだから。
こうして、私ことエイジのチームは四名になった。
サイファチームと同数である。
男性三名と女性一名で、男女比も一緒だ。
決定的な違いとしては私のチームには人間が私しかいないという点だろう。
……くやしくなんかないんだからね?
「いやいやエイジさま。戦力が比べものにならないじゃないですか。俺ら四人が束になっても、ヒエロニュムスさんにすら勝てるか判らないですよ」
サイファが慰めてくれる。
戦闘力の比較としては、ヒエロニュムスが十頭くらいで、なんとかベイズと互角くらい。ベイズが十頭くらいでティアマトに勝ち目があるかないか、という感じらしい。
それを率いる私というのは、それだけですごいという。
そうかなぁ?
国民的コンピュータロールプレイングゲームの第五弾みたいな雰囲気じゃないかな。
いや、あの主人公はけっこう強いか。
どう考えても私じゃない。
となると、
「私は花の子です?」
「名前はエイジじゃな。いつかはあなたの住む街には行かぬと思うがの」
横から口を挟んだティアマトが、私の世迷い言を続けてくれる。
ありがとう。
「そも、汝の歳で知っているというのは、おかしいがの」
「ネットは偉大なんだよ」
ともあれ、人外ばっかりのパーティーになってしまった。
戦闘力はサイファが言うように申し分ないだろうが、それゆえにこそ起きる問題もあるだろう。
私自身はただの人間にすぎない。
しかし、神仙という、謎の称号を持っている。
神仙、ドラゴン、フェンリル、ケットシー。
嫌でも目立つ。
まして、人を救うために動くともなれば、神格化、偶像化という事態にもなりかねない。
「また考えすぎの虫が騒ぎ始めたようじゃな。汝の姿を見て、誰が神の化身などと思うものか」
かかかと笑うティアマト。
正直な感想ありがとうございます。
かなりの線で私も同意見だ。こんな木っ端役人がカミサマに見えるとしたら、眼科か心療内科の受診をおすすめする。
「けど、私が言いたいのはそこじゃないんだよ?」
今は良いのだ。
私がリシュアの街に居住し、情けない姿を晒しているうちは良い。
問題は、私が去った後の話である。
勇者がもたらした米食によって病気が蔓延した。そして私がもたらした仙豆やギャグド肉によって救われた。
甜菜糖によって生活の質が向上した。
では、この地の人々は何をした?
ただ正解を与えられ、豊かさを享受する。
それは人々から、思考力と発想力、チャレンジ精神を奪う行為に他ならないのではないか。
危機が訪れるたびに、勇者なり神仙なりが現れて救ってくれる。
それが当たり前なのだと思うようになってしまったら、それこそ誰も救われない。
「だから、それを考えすぎだといっておるのじゃ」
呆れたようにいったティアマトが、私の頭に噛み付いた。
がぶっちょ、と。
「なななななにをするんだよっ!?」
甘噛みみたいなもので、たいして痛くはない。
ひたすら驚いただけだ。
「少しばかり頭をかじりとってやれば、難しくばかり考える悪い脳がすこしは減るかと思っての」
「やめてください死んでしまいます」
私の知っている人間というイキモノは、頭を減らされたら死んでしまうんです。
考える葦ですから。
参考資料
テレビアニメ 『花の子ルンルン』
放送局 テレビ朝日
放送時期 1979.2~1980.2