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動き出す歯車 1


「たすけてー ティアえもんー」

「んむ。シリアスな顔で格好つけておった男と同一人物とは、とても思えぬな」

「さーせん」

 大見得を切ったところで、私にできることなどたかが知れている。

 甜菜(ビート)の原種を手に入れるにしても、それがどこにあるのかすらわからないのだ。

「甜菜は、もともと地中海の方の植物じゃな。生育範囲としては温帯なのじゃが、べつに亜寒帯くらいなら普通に育つし、日較差(にちかくさ)があった方が甘みが増す」

 一日の最高気温と最低気温の差。

 それを日較差という。

 そして私は、そういう土地を知っている。

「つまり北海道ってことだよね」

「じゃな。北見(きたみ)などが、じつに栽培に向いておるの」

「たしかかなりの規模のビート農場があったはずだよね」

「んむ。そしてこの前から我らが食している米じゃが、汝は銘柄をなんと読む?」

 また難しい問いかけだ。

 私は食通(グルマン)ではないので、食べただけで米の銘柄など判らないぞ。

「ぬう……」

「普段食っておるじゃろうが。汝は自分の家で使っている米も知らぬのか?」

「うえ?」

「きららじゃよ。きらら397」

「北海道米だったの!?」

「じゃな。この地の気候は道南地域によく似ておる。ゆえに北海道米の育成に最適じゃろうよ」

 夏は乾いており日照時間が長く、反対に冬には湿度が高くなる。

 本州、とりわけ関東地方とは逆の気候だ。

「この気候で育てるならば北海道米。勇者はそう考えたのじゃろうな」

「そこまで考えたんなら、その後のことまで考えて欲しかったよ……」

 あるいは九州地方の米とかを持ち込んで、育成に失敗して欲しかった。

 なんでよりによって道産米にいっちゃうのか。

 寒さに強いうえに収穫量はばかみたいに多い、しかもきららはかなり美味しい部類の米だ。

 こういう部分だけ最適解を選ばなくても良かろうに。

「ともあれ、ビートは近くにあるってことだよね」

 北海道ならば、自生していておかしくない。

「んむ。ミエロンよ。リゲルはどのあたりに生えておるか?」

 問いかける。

 甜菜の、こちらでの名前である。

「リゲルでございますか……」

 ふむと考え込むミエロン氏。

 その顔には、またぞろ変なものを求めだしたぞ、この神仙は、と大書きしてあった。

 当然である。

 たぶん、ただの雑草だという認識だろうし。

「ミエロンさん。これから甘味料の作り方を伝授します。神仙の」

「なんと……!?」

 私の言葉に、ミエロンの目が大きく見開かれる。

「しかし、心してください。これはおそらく世界を変える知識となるでしょう。米と同様に」

「はい。重々承知しております」

 勇者のもたらした白米によって、脚気がひきおこされた。

 では、砂糖によってどんなトラブルが起きるか。

 正直なところ私にも判らない。

 判らないが、文字通り世界を変える可能性はある。

 もしかしたら、新たな滅びを呼び込む扉かもしれないのだ。

「ですから、この先を聴くべきではないとあなたが思ったなら、私は話しません」

「エイジ様。ここまで話しておいて、それは殺生というものにございましょう」

 ミエロンが笑い、サイファとミレアもこくこくと頷いた。

 甘味が手に入るかもしれない。

 メープルシロップやハチミツ以外の。

 目を輝かせない者がいたら、少なくともそれは商人ではないだろう。

 サイファは冒険者だが。

「わかりました。では、採りに行きます。リゲルを」




 甜菜(リゲル)の群生地は、リシュアから北に四日ほどの場所にある丘陵地帯とのことだった。

 もちろん、こちらの世界の人々の足で四日である。

 私のペースだと一週間くらいはかかるだろう。

 むしろ一週間も歩き続けることができるか、そっちの方が問題だ。

 はっきりと言おう。無理である、と。

「んむ。まったく威張れた話ではないのう」

 そんなわけで、私たちは馬車を仕立てることとなった。

 二頭引きの荷馬車が四両。

 ちょっとした隊商(キャラバン)である。

 信じられないことに、リーダーは私。アドバイザーはティアマトとベイズで、護衛役としてサイファのチームと、ミエロン商会を代表して番頭(ばんとう)のリガーテさんという人が同行する。

 それに甜菜を掘るための人足(にんそく)が十六名。

 資金と物資の提供はミエロン商会。人員の手配は冒険者ギルドが請け負ってくれた。

 一大プロジェクトである。

 いくらA級冒険者とはいえ、護衛がサイファチームの四名だけでは不安が残る、とミエロン氏は心配していたが、私としては杞憂だと思う。

 だって、貴重品の輸送とかじゃないし。

 なにしろ、大根(ビート)を掘りに行くだけだし。

 さらに、ティアマト(ドラゴン)ベイズ(フェンリル)がいるし。

 野盗とかが出ても、たぶん瞬殺だろう。

 ところで、途中何度か野営をしなくてはならないため、私の装備品も新調した。

 こちらに来たときの、スーツとお洒落革靴(デートファッション)では、さすがに冒険には向かない。

 初夏とはいえ夜は冷えるので暖かい衣服と膝丈のブーツ。それにマント。

 あと護身用としてショートソードを腰に()いた。

 何の役にも立たないだろうけど!

「エイジ様は背が高いから、短剣より長剣の方が良いと思うんですが」

 とは、装備を調えるのに付き合ってくれたサイファくんの台詞である。

 良く気もつくし、優しいし、性格も良いし、イケメンだし、私が女だったら惚れちゃったかもしれない。

「嫌だよ。重いもん」

「重さで叩きつけるのが本来の使い方ですよ。軽くしてどうするんですか」

 無茶なことをいう。

 皮鎧すら重くて着れない私に何を求めているのか。

「んむ。まったく威張れた話ではないのう」

「ティアはそればっかりだねぇ」

「我とて、同じことばかりいうのは好みではないのじゃがな。ツッコミ担当としての力量を疑われそうじゃし」

 いや? あなたはツッコミじゃないでしょう。

 満場一致でボケだと思いますよ? ワタクシは。

 ともあれ、出発の日である。

 ガリシュ氏やミエロン氏が街門まで見送ってくれた。

 もちろん奥方やミレア嬢も。

 なんというか、魔王討伐に出発する勇者! という風情だ。

 農作業に向かうだけなんだけどね!

「出発してください」

 御者台の隣に座った私が指示を出した。

 頷いた御者が頷き、手綱を操る。

 がらごろと音を立て車輪が回る。

 この世界に来て初めての冒険。

 幕があがる。



 といっても、道中に特筆すべき点はなにひとつなかった。

 モンスターの襲撃もなく、野盗の来襲もなく、行き倒れの美女を助けるとかいうイベントも発生しない。

 まさに平和そのものである。

 退屈だと言い換えても、まったく過言ではない。

 むしろ大変だったのは、群生地とやらに到着してからのことであった。

 なんとなーくビート畑のようなものを想像していたのだが、考えてみたらそんなわけはないのである。

 ちょっと起伏のある草っぱら。

 ぼうぼうに生い茂る草の中から、甜菜(リゲル)を探し出して掘り起こさなくてはならない。

 当初、作業は難航した。

 重機もなく、ひたすら手堀りだから。

 しかもリゲルの根がどんなものなのか、人足たちは知らない。

 試しにティアマトが掘り起こしたリゲルを手本に、文字通り手探りで集めなくてはならなかった。

 ちなみに最初に根を上げたのは、私ではなくベイズだった。

 飽きちゃったらしい。

 なんで森の王たる自分が、イモ掘りなんぞしないとならんのか、という趣旨のことをほざいていた。

 イモじゃないよ?

 ビートだよ。

 ともあれ、魔狼の爪はスコップなんかよりずっとたくさん土を掘れるんだから、彼のサボタージュは痛い。

 一計を案じたのがティアマトである。

 収穫したリゲルの根をベイズに食わせたのだ。

 糖の含有率が一パーセントくらいとはいえ、ちゃんと甘みを感じる。

 これを集めて甘いものを作るのだと再認識したベイズは、がぜん張り切って作業に戻ってくれた。

 ていうか魔狼(フェンリル)って雑食だったらしい。



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