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19/82

問題しかない! 9


 翌日のことである。

 朝一番にサイファがやってきた。

 そして、私を無理矢理ベッドから引きずり出し、奴隷のようなボロ着に着替えさせ、ミエロン邸の内院に連れていった。

 あげく地べたに座らせ、這いつくばらせるように背中を押すのだ。

「むごい……なんて仕打ちだ……」

 まるで悪鬼羅刹である。

「なに言ってんですか。エイジさま。ちゃんと柔軟しないと怪我するでしょ」

「うう……」

 無駄に爽やかな笑顔が眩しい。

 なんでこんなに元気なんだ。

「エイジが貧弱なだけじゃの。筋肉痛で動けないとか。おっさんすぎじゃろう」

 ティアマトまでひどいことを言っている。

 一昨日から昨日にかけて、私はたくさん歩いたんだよ?

 しかも野宿だったからあんまり眠れなかったんだよ?

 何が面白くてトレーニングをするのだ。

 ようやく町に帰ってきたんだから、少しくらいゆっくりさせてくれてもいいぢゃないか。

 身体中が悲鳴をあげているぢゃないか。

 私の身体はぼろぼろすぎるぢゃないか。

 これはもう事務職ぢゃないぢゃないか。

 若者よ、

 もうよせ、こんなことは。

「風間エイジ著、ぼろぼろな役人」

「すみませんエイジさま、俺にはあなたが何を言っているかさっぱり理解不能です」

「うん。ザレゴトだから気にしないで。サイファくん」

 昭和三年に発表された高村光太郎の『ぼろぼろな駝鳥』をもじって、異世界人たるサイファが理解できたらそっちの方が怖い。

 ともあれ、彼に基礎トレーニングを頼んだのは私である。

 とってもとってもはめられた感があるが、頼んじゃったものは仕方がない。

 泣きながらでも鍛えるしかない。

 もう帰りたいよ……。

「柔軟で痛いとか、なまりすぎではないのかのぅ」

 頑丈そうな尻尾で、びったんびったん地面を叩きながら地面を叩きながらティアマトが笑う。

 ちなみに彼女はベイズと遊んでいる。

 組み敷かれたら負け、というゲームらしい。

 全長四メートルはあろうかという魔狼と、二メートル足らずのドラゴン。大きさの比較なら勝負にならないが、ベイズの方が一方的に翻弄されているだけだ。

 組み付くどころか、有効打を放つための攻撃圏内に入らせてすらもらえない。

 もちろん私がそんなものに混じったら一秒以内に死んでしまうので、それなりに距離を空けている。

 ベイズの攻勢を捌きながら、私とサイファの会話に入ってくるくらいだから、どんだけ余裕あるんだって話だ。

「それにしてもエイジさま。身体かたすぎませんか?」

 左腕を掴んでぐーっと後ろに反らしながらサイファが言う。

 ストレッチというより整体のようだ。

 けっこう気持ちいい。

「申し訳ない。身体を動かす仕事をしていなかったからね」

「謝るようなことじゃないですけど、これいきなり動かしたらかえって怪我しちゃうかもですね」

 半笑いでため息を吐くサイファくん。

 それはあるあるだよ。

 子供の運動会を応援にいったお父さんが、父兄参加の競技で張り切りすぎてアキレス腱をきっちゃったりするからね。

 日頃から運動不足の人間を舐めてはいけないのだよ。

「べつに舐めてませんて。とにかく今日はしっかりほぐします。動かすのは明日からですね」

「ずっとほぐし続けてくれても良いのよ?」

 かなり気持ちいいから。

 サイファががマッサージ師になったら、通っちゃうレベルで。

「それじゃいつまでも鍛えられないじゃないですか」

 うん。

 正論すぎて泣けてくる。

「けどまあ、本当にサイファくんはうまいね。どこでこんな技術をみにつけたんだい?」

「勝手に憶えますよ。壊し方が判るってのはそういうことです」

 さらっと怖いことをいっている。

 やはり彼は、戦うことに特化した男なのだ。




 さて、朝のトレーニングを終えた私たちは、そろって朝食の座についた。

 ミエロン氏の体調は、ますます良くなっているようだ。

 おそらくまだ充分な量のビタミンB1は摂取できてはいないと思うが、それでも慢性的な不足状態からは脱したのだろう。

「仙豆の効果が、はやくもあらわれたようです。エイジさま」

 席上、ミエロン氏が口を開く。

 今日も食卓にはたくさんの枝豆料理がのっている。

 なかでも目を惹いたのは、豆をいれたまぜごはんだ。

 これはいい。

 白米に塩味が染み、じつに進む。

「というと?」

 一度匙を止め、私は問い返した。

 効果というのは、もちろん彼個人の体調のことでしないだろう。

 快方に向かっているのは、一昨日にも確認している。

「エイジさまがたのいなかった間に、知人の営む酒場などに仙豆を提供したのですが、今朝から追加の注文が殺到しておりますよ」

「なるほど」

 苦笑する。

 昨日の試食会、ギャグド料理だけでなく枝豆料理も妙に完成度が高いと思った。

 私たちの戻る前から、すでにちゃくちゃくと準備は進んでいたということである。

 まさに機を見るに(びん)

 しっかりと商機をつかまえてくる。

「ただ、問題がないわけではございません」

「なんでしょう? まさか枝豆が品薄になってきたとか?」

 だとしたら一大事である。

 たった数日で枯渇してしまったら、とても全住民になど行き渡らない。

「いえいえ。そちらは問題ありません。もともとが飼料用ですので大量に作られておりますし、むしろ勝手に増えるので農家では手を焼いていたくらいですからな」

 豆の生命力、侮りがたし。

 その厄介者である豆を、ミエロンの商会は大量に買い付けている真っ最中である。

 生産者はほくほく、ミエロンも充分に利益が見込める。

 WIN-WINだ。

 さらにそれで町の人々を救えるのだから、もうひとつWINがつく。

「では、なにが問題なのですか?」

「女性層から不満が出ております。大きなものではありませんが」

「というと?」

「酒のアテばかりじゃないか、と」

「ああ、それは……」

 これには苦笑しかでない。

 私が教えた塩ゆでなんて、まさにビールのおツマミだ。

 そこからスープとかご飯とか、いろいろ研究してくれてはいるが、やっばり枝豆の本領はお酒のおともだと私も思う。

 ギャグドの肉だって、どっちかというとパワー系の食材だろう。

 あんまり女性受けはしないかもしれない。

「いわれてみれば、うちのメイリーもそんなに食ってなかったですね」

 とは、サイファの弁だ。

 彼のチームの紅一点である。

 あまり飲酒をたしなんでいる感じでもなかったから、エールと一緒にガツガツと肉や豆を喰らう、というわけにはいかないだろう。

「ふうむ。枝豆で女性の好むような料理か……」

 難題である。

 なにしろ私には料理の知識がまるでない。

「ティア? 何か知ってる?」

「女子供は甘いものを好むのではないかの?」

 朝からベイズとギャグド肉を奪い合っている彼女は、生物学上の女性であるはずだが、じつに安直な意見を出してくれた。

 酒を飲まないから甘党、というのは、ちょっと短絡しすぎじゃないかな。

「ほほう。甘味ですか」

 食いついたのはミエロンである。

 視線を巡らせば、サイファやミレアも興味津々の体だ。

 思い出した。

 古来、甘いものというのは憧れだったのである。

 現代日本のように、手軽にお菓子など手に入らない。

 はるかな昔、日本人は甘味を求めて甘葛の根をかじったりなどしていたのである。

 もちろん私はそんな時代など知らないが、この世界の人々の生活は、むしろその時代に近いだろう。

 であれば、枝豆を使った甘いお菓子などがあれば、爆発的に普及するのではなかろうか。

「つっても、枝豆のお菓子なぁ」

 記憶層を掘り返してみる。

 思い浮かぶのはしょっぱい系か辛い系ばっかりだ。だいたい、スナック菓子なんか味は知っていても作り方など判らない。

「あるじゃろ。日本伝統のやつが」

 悩む私にティアマトが笑った。

 そんなのあったっけ?

 イメージとして、枝豆はしょっぱいんだが。

「ずんだじゃよ。ZUN-DA」

「なんでそんな発音で言ったの?」



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