問題しかない! 7
がらごろと重い音を立て車輪が回る。
馬車は一路、リシュアの街へ。
御者台で手綱を操るのはガリシュ。私はその横に座っている。
残ったメンバーは徒歩だ。
荷台にはギャグドの肉が満載してあるため、人間が座るスペースがないのである。
ざっと五百キログラム。
これでも内臓とか頭とか背骨とか、食べ方が判らないようなものや、使い道のない部分などはだいぶ捨てたのだが、積載量としてはかなりぎりぎりだ。
結果として、乗ってきた冒険者たちは歩くことになった。
剣士のサイファ、斥候のユーリ、魔法使いのメイリー、弓士のゴルン。
役割と名前については、紹介を受けたばかり。
このほかに、ドラゴンのティアマトと魔狼のベイズがとことこと一緒に歩いている。
私だけラクをして申し訳ありません。でもけっこうお尻いたいです。
サスペンションとか、そういう用語すらないので仕方がない。
ちなみに、私だけが車上の人なのには、複雑でもなんでもない理由があったりする。
私の歩調に合わせると、全体の行動速度が著しく低下してしまうのだ。
ちょっとせつない。
極端に先を急ぐ旅ではないものの、生鮮食料品を積んでいるのだから速い方が良いに決まっている。
「このペースなら夕方までには街に入れますな」
御者台のガリシュが言う。
ハイペースだ。
なにが信じられないって、徒歩組の健脚である。
こいつら談笑とかしながら歩いてるクセに、私の小走りくらいの速度なのだ。
なに食ったらこんな体力が身に付くんだ?
「助かります。夜になってからベイズを連れて街門に近づいたら、問答無用で攻撃されそうですからね」
「いえいえ。攻撃どころではないかと思いますよ」
返ってくる苦笑の気配。
魔狼というのは、そう簡単に敵対しうるような存在ではないらしい。
A級冒険者四人が、敗死を覚悟して戦うような相手。
王都を守備する兵隊たちだって、最終的には数で勝てるものの、勝利を得るまでに何人が冥界の門をくぐることか。
それほどの魔獣を神仙の二人組が連れていたら、攻撃どころか平伏しかねない。
「悪目立ちするのは避けたいんですがね……」
馬車の横を歩くベイズをちらりと見る。
街に帰る私たちに魔狼の長は同行を申し出た。
理由としては、今後ギャグドを人間が狩るとするならば、狩猟域について取り決めを交わしたい、というものだ。
いささか気の早い話である。
ギャグド肉が受け入れられるとは限らないのに。
これは、実効的な交渉というより、まずは人間たちに対して先制の一撃を与える、というのが目的か。
いずれにしても彼らの生存域が狩猟場となってしまうのだ。
ぼーっと事態を見守っているというのは、あまり賢い選択ではない。
「もっとも、そんなのはただの口実で、物見遊山が目的って可能性も否定できないんだよね」
口中に呟いた。
まさか魔狼の長がそんなしょーもない理由で森を出るとは思えないのだが、ティアマトと談笑しながら軽い足取りを運ぶベイズからは、残念ながら固い決意とかはまったく漂ってこないのである。
さて、調理するといっても私にそんなスキルはない。
異世界に渡った主人公たちは、どういうわけかやたらと調理技能が高いが、実家暮らしの独身男を舐めないでもらおう。
自慢ではないが、インスタントラーメンくらいしか作ったことがない。
あと枝豆と。
「ただ茹でるだけの簡単な仕事を料理と呼んで良いなら、エイジにも料理経験があるということになろうの」
とは、我が相棒の言葉である。
まったく、なんで主人公たちはプロ顔負けの技能があるんだ?
全員、調理学校でも出ているのか?
というわけで、入手したギャグド肉を料理に変えるのは、私の仕事ではない。
滞りなくリシュアに入ることができた私たちは、商人のミエロンが用意してくれた調理場へと向かった。
もちろん場所だけでなく、大店の主人は料理人も揃えてくれている。
至れり尽くせりだ。
「むしろエイジは、なんの役にも立っておらぬの」
「本当のことを言うなよティア。泣いちゃうぞ? おもに私が」
半日でいけるような場所に二日もかかり、肝心の獲物はベイズに取ってもらい、解体はサイファパーティーに丸投げ。
運搬にはガリシュ氏が用意した馬車を使い、調理場も料理人もミエロン氏の手配。
ここまでの役立たずは、ちょっと類を見ないだろうってくらい私は役に立っていない。
「自分で言っているほどには嘆いておらぬようじゃがの」
「餅は餅屋ってね。私の能力が及ばない部分を嘆いたり嫉妬したりしても意味がないさ」
肩をすくめてみせる。
戦闘力もないし体力もない。それはどこまでいっても事実だ。
コネクションや影響力だって微々たるもの。
それは当たり前のこと。
人間ひとりにできることなど、本来的にたかが知れている。
べつに私でなくとも、三十年も人間業を営んでいれば気付くことだろう。
「私は知恵を出したからね。零点ではないだろ?」
「んむ。百点でもないがの」
くだらないことを言い合う私たちの視線の先、ギャグドの肉が調理されてゆく。
薄切りにして野菜と一緒に炒めたり、鍋に入れたり、煮込んだり、挽いてハンバーグのようにしたり。
いずれにしても、肉単体で食べるというより、ご飯のおかずになるように。
リクエストは私で、レシピの提供はティアマトだ。
もちろん彼女には料理などできないが、インストールされた無駄知識によって分量とかは判る。
しかも、こちらの世界に存在する食材の中から、だいたい似たようなものを挙げることもできる。
「問題は香辛料じゃの。やはり日本ほど豊富ではない」
「仕方ないんじゃないかな? 日本並みに揃ったらそっちの方が怖いよ」
「なれど、塩とハーブくらいしかないのでは、味にバリエーションが出せぬ。恒常的に食わせるとなると、問題になるのではないか?」
「それはあるかもなぁ……」
どんなにうまい料理だって、毎日食べ続けたら飽きてしまう。
ただ、肉料理自体はアズール王国でも普通に食べられているので、ある程度はご家庭でアレンジできるのではないだろうか。
私たちとしては、ギャグドの肉が美味しい、と、思ってもらえればまずは第一段階クリアである。
やがて、すっかり姿を変えたギャグドが、私たちの前に並べられた。
エール酒なども運び込まれる。
うん。まあ、そうなるよね。
冒険者ギルドでも思ったし、ミエロンの邸宅でも思ったが、基本的にこの国の人々はお酒が好きだ。
ほとんど水がわりに飲んでいるといっても良いくらいに。
「じゃあ、さっそくいただいてみましょうか」
私が口火を切って食べ始める。
これは、多少の心理的効果を期待してのことだ。
多くの人にとって未知の食材だから。
最初の一人になる勇気というのは、なかなか湧いてこないだろう。
匙をつけたのは野菜炒め。
見た目は普通だ。
たっぷりの野菜と一緒だし、これは充分におかずになる。
「けど、ちょっと味付けが薄いかな?」
もぐもぐと咀嚼しながら感想を述べる。
ごく薄い塩味。
素材の味がいきているというば聞こえが良いが、少しばかり寂寥感がある。
もっとこう、がつんとくる味が好みだ。私としては。
具体的にはジンギスカンのタレなんかと一緒に炒めたら、すごい美味しいんじゃないかと思う。
「はじまったぞ。何にでもジンタレを使おうとするどさんこの悪いクセが」
「なんだとぅ?」
「そんなに濃い味好みなのは汝だけじゃ。エイジ。まわりを見てみるが良い。おおむね満足げに食しておる」
ティアマトにいわれて視線を巡らすと、参集したメンバーは思い思いに感想を述べ合いながらギャグド料理を楽しんでいた。
相棒の言葉通り、不満な様子はなかった。
「私だけがおかしいのか?」
「現代人じゃからの。強い味に慣れすぎじゃ」
かかか、と小さなドラゴンが笑った。