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問題しかない! 5


 馬車に乗っていたのは、冒険者ギルドのガリシュ以下、四名の冒険者だった。

 日帰りできるような場所に行ったきり戻ってこない私たちを心配して捜索に出てくれたのだ。

 なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 ガリシュが伴った冒険者の中には、狩りを専門にする者がいた。

 まさに時の氏神(うじがみ)というべき登場だ。

 彼がいたことで、ギャグド(イノシシ)の解体が成功したのである。まあ、ちょっと紆余曲折(うよきょくせつ)はあったのだが。

「紆余曲折の一言ですませて良いものかのぉ」

 苦笑混じりにティアマトが論評してくれる。

 ガリシュたちは、私たちを簡単に発見することができた。

 同時に、別のものも発見してしまった。

 森の王たる魔狼(フェンリル)、ベイズ氏である。

 普通はびっくりするだろう。

 その中で、冒険者四人の行動は、たぶん称賛に値するものであった。

 いずれも青ざめた顔色だったが、馬車を守るように展開したのである。

「俺たちで足止めする! ガリシュさんは逃げてくれ!!」

 悲壮きわまる言葉とともに。

 映画なんかだと、まさに見せ場ってシーンだ。

 だからベイズ氏も付き合ってあげたんだと思う。

「ニンゲンども。我が前に立ちふさがるか」

 とかいって。

「見せてやる。人間の底力ってやつをよ」

 これ、剣士っぽい身なりをした冒険者の台詞。

 便宜上、Aとする。

「ああ。この仕事が終わったら結婚するんだ。こんなところで死ねるかよ」

「足止めっていったけど、倒しちゃっても良いんだよね」

 このふたつはBとC。

 盗賊(スカウト)っぽいのと魔法使いっぽい感じである。

 最後のひとり、狩人(ハンター)っぽい冒険者Dが、胸にさげたペンダントを左手で持ち上げ、無言のまま口づけした後に弓矢を構えた。

 きっとすごく思い入れのあるペンダントなんだろう。

 恋人の形見とか、そういうやつだ。

 もうね。

 どんだけフラグが大好きなんだよって話である。

 これ絶対、死んじゃうパターンじゃないか。

「良い覚悟だ。我が牙にかかることを誇りとして旅立つがいい」

 白銀の剛毛を逆立てるベイズ。

 あと、こいつも問題だ。

 なんでそんなにノリノリなのか。

 ちなみにこの間、私はティアマトを肘でつつき続けていた。

 つっこめよ、という意思表示だ。

 もちろん丁重に無視された。

 しかたなく私が事情を説明したのである。

 盛り上がっている茶番に、冷静に踏み込んでいくのはけっこう疲れるのだ。

 嘘だと思ったら、ぜひやってみて欲しい。

 あのしらっとした空気は、一言でいってすごいストレスだから。

「しかし魔狼(フェンリル)友誼(ゆうぎ)を結んでしまわれるとは。さすがエイジさまですな」

 着々と進んでゆく解体作業を見守りながら、ガリシュ氏が言った。

 心得のある冒険者が中心となって、じつに手際が良い。

 ベイズもティアマトも手伝っている。

 すっかり仲良しさんだ。

「その功績はティアのもので、私はべつになにもしていませんけどね」

「謙遜ですな」

 度が過ぎると嫌味ですぞ、と、ガリシュが続ける。

 残念ながら謙遜などではまったくなく、まぎれもない事実だったのだが、私は軽く頷いてみせた。

 議論するような話でもないし、ティアマトと私の功績はイコールで結びつけられる類のものだからだ。

 それが相棒というものである。

 逆もまた真なりで、私が不始末をしでかせば、そのままティアマトの恥になってしまう。

 まあ、組織でも企業でも同じだろう。

 ひとり何かやらかしたら、全員がそう見られるのだ。

 まして私たち公務員(やくにん)は、風当たりが強いこと強いこと。

「ともあれ、うまく肉にできたら次は調理ですね。ガリシュさんが馬車で来てくれて良かったですよ」

「まったくですって。エイジさま。街まで運ぶ手段を考えてなかったとか、さすがに驚きましたぞ」

面目(めんもく)ない」

 我ながら計画性の欠片すらないことである。

 ギャグドを狩ったとして、その先のことをまったく考えていなかった。

 解体して肉にすることも、街までの運搬手段も、どこでどうやって調理して、どのように食べるかも。

 びっくりだ。

 よくこれで狩りにいこうとか言いだしたものである。

 私が野垂れ死ななかったのは、超優秀な相棒とガリシュ氏の機転のおかげに他ならない。

「あ、そういえば、街まで保ちますかね? 肉」

 ふと心づいて訊ねてみた。

 初夏である。

 けっこう過ごしやすい気温ではあるが、生鮮食料品をいつまでも常温に晒しておくのは、あまり良いことではないはずだ。

 食中毒とか、そういう意味で。

「大丈夫でしょう。一日もかからないのですから。それに、多少いたんでたって死にゃあしませんよ」

「まあ……生で食べるわけではないですしね……」

 すっかり忘れていたが、そもそも冷蔵庫などない世界である。

 日本ですら、昭和の初めころまで山間部で海の魚なんかほとんど食べられなかった。

 食べる習慣がないということではなく、ただ単純に輸送や保存の問題だ。

 口に入るまでに腐っちゃうのである。

 冷蔵庫や冷凍食品のご先祖が生まれたのだって、たしか十九世紀に入ってからの話。

 現在のような形が整うのは一九七〇年になってからだ。

 これはレトルト食品などの誕生と重なる。

 当たり前のように、この世界にそんなものはない。

 冒険者たちが携行する保存食だって、ちゃんとした知識に基づいて賞味期限が設けられているわけではない。

 細菌や栄養素の概念すらまだ生まれていないのである。

 なんとなーく長もちする食べ物と、なんとなーく腐りにくいっぽい食べ物、の詰め合わせにすぎない。

 具体的には乾し肉とか漬け物とか。

 ようするに『干す』か『漬ける』という二択しかないわけだ。

 水分を飛ばして菌の繁殖を防ぐ。細菌など存在も知らない状態で、経験則によって培われた保存の方法なのである。

 といっても、そんな保存では、せいぜい保っても一週間か十日が限度だろうが。

「煮れば食べられますて」

 からからと笑うガリシュ氏。

「そっすね……」

 出たな。煮れば食べられる理論。

 日本でもたとえば戦中戦後の食糧難の時代を経験した人々は、食べ物に対して非常に執着する。

 本来的に捨てることができない。

 あきらかに傷んでいる食べ物でも、なんとかして食べようと試みる。

 その際に最も用いられるのが、煮るという方法だ。

 で、それで腹をこわしたりするわけである。

 腹痛くらいなら、まだ笑い話で済むが、古くなった食べ物をもったいないからと食べて食中毒で死ぬという結末は、かなり控えめにいってもバカバカしすぎて笑えない。

「保存と輸送も考えないとな……」

 けっこう問題は山積みっぽいぞ。

 脚気の対策というだけにとどまらない。

 (いびつ)に発達してしまった世界。自然な流れに近づけるのは生半可なことではないだろう。

 壊すのは簡単なんだぜ? 勇者(くそやろう)さま。

 しかし、保存や輸送の部分もきちんとしていかないと、今度は壊血病が蔓延することになってしまう。

 あっちはビタミンCの不足だから、脚気よりは簡単そうではあるが。

「なんじゃ。また思い屈しておったのか? エイジ」

 ぶつぶつと呟いている私を心配したのか、ティアマトが近づいてきた。

 鮮血の竜(ブラッディドラゴン)が。

 なんというか、真っ赤っかである。

 返り血で。

 ふつーに怖い。

「まっこと汝は真面目よの」

 呵々大笑(かかたいしょう)する。

 その姿で笑うのは、ぜひやめてほしいところだ。

「乗りかかった船だしね。我ながら陳腐(ちんぷ)だけどさ」

「人を救うのに陳腐も臀部(でんぶ)もなかろうよ。それより水浴びをせぬか? 近くに泉があるとベイズが言っておる」

「いいね。汗でべたべただよ」

 私は汗と埃くらいのものだが、ティアマトとベイズ、冒険者たちは返り血でどっろどろだ。

 この格好で街に戻るのは、ちょっと剣呑すぎるだろう。



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