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問題しかない! 3


 見なかったことにした。

 この森は、私たちが到着したときには、すでにこういう状態だったのである。

 きっと巨大な魔獣が暴れたのだ。

 大怪獣大激突とか、そういう感じのヤツだ。

「仕方がないの。まさか我が力加減を間違えたと本当のことを言うのも、いささか恥ずかしいしの」

「うん。私が心配したのはティアの恥じらいじゃないよ」

 まったく、これっぽっちも、そんなことは気にしていない。

 問題はそこではなく、戦略兵器みたいな威力の方である。

 ティアマトがやったのだとばれたら、間違いなく大騒ぎになる。

 過ぎた力というのは禍根(かこん)を生む。

 怖れられ排除されるか、あるいは抱き込まれて利用されるか。

 どっちにしても幸福な未来とは直結しない。

 多くの俺つえー系ファンタジー作品で主人公が隠しもせずに力をばかばか使っているのは、まさにフィクションだからだ。

 あるいは、主人公も周囲の人間も、思考レベルが中高生の域を出ていないか。

 出る杭は打たれるの言葉通り、優れた能力を示せば示すほど生きづらくなってゆくものなのだ。

 社会に出れば否応なく実感できる。

 だからこそ、物語の中(フィクション)では主人公が無敵の力を誇り、ともすれば傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いをするのである。

 できないことをするから爽快感がある、というわけだ。

 現実にそんなことをすれば、怖れられ、利用され、恨まれ、孤立し、待っているのは孤独死エンドくらいだろう。

 哀しいかな、それが人間というものである。

 学校でも会社でも良いが、いつもちやほやされている性格の悪い実力者がいたとして、そいつと心の底から仲良くできるか、という話だ。

 私だったら無理である。

 社会人なので表面上は無難に付き合うだろうが、内心ではその人の破滅を願うだろう。

「ようするに我の力は隠した方が良いということじゃな」

「そうだね。私はティアがその力を悪用するとは思わないけど、他人はそうとは限らない」

「んむ」

「それに、ティアばかりがすごいと言われ続けたら、たぶん私は嫉妬するだろうしね。我ながら徳の薄いことだけど」

 冗談めかしておくが本音だ。

 ティアマトは良い奴だし良き相棒。

 それは動かしがたい事実だが、横に非凡な者がいるというのは、けっこう凡人にとってはつらいものがある。

 ホームズにあれだけ才能の差を見せつけられながら、それでも変わらぬ友情を持ち続けたワトソン医師は、たぶん称賛に値する人格の保有者だろう。

「エイジは正直じゃな。それは美徳だと思うが、味方に嫉妬するというのも難儀な話じゃのう」

「きっと味方だからこそだよ。敵なら憎むだけで済むじゃないか。それに」

「それに?」

「誇りたい部分もあったりするんだ。私の友人はこんなにすごいんだぞってね」

 難儀というか複雑なことである。

 入り組んでるといっても良い。

 三十一年という人生では、心の迷路をクリアする解法は、まだまだ見つからないらしい。

「めんどくさい男だよね」

 肩をすくめてみせる。

「にんげんじゃものな。てぃあを」

 ティアマトが笑った。

 わだかまりを解くような笑顔だった。

 まったく、私の相棒は度量が大きい。

 見習いたいものである。




 実りがあるんだかないんだか判らない話を続けていると、森の方で動きがあった。

 ティアマトのブレスによって抉り取られた地面を踏みしめ、のそりと巨大な狼が姿を現したのである。

 でかい。

 ていうかでかいなんてレベルじゃない。

 先ほどのギャグドと比べても、二まわりは大きいだろう。

 白銀の毛皮に覆われた精悍な顔立ち。

 なんというか、王者の風格をたたえている。

魔狼(フェンリル)じゃな。かなり上位の魔獣、という位置づけじゃ」

 私に向かって解説してくれるドラゴン。

 のんきなことではあるが、魔狼に攻撃の意志がないことは私にも判った。

 むしろ話し合いにきた、という雰囲気である。

 二十メートルくらいの距離にまで接近したところで、狼が足を止めた。

「気高き竜神の姫よ」

 朗々と話しかけてくる。

 なんというか、狼が喋るのはとてもおかしいのだが私は驚かなかった。

 ドラゴンだって喋るから!

 内容の方に驚いたくらいである。

「ティアが女性だってわかったぞ。あいつ」

「そりゃ判るじゃろう。こんなオスがいたらびっくりじゃ」

 すみません。

 私にはドラゴンの性別が判らないんです。

 こんなとかいわれても、それがどのような特徴を指しているのかさっぱりです。

「なんの(ゆえ)あって、我が領域に攻撃をお加えあそばしたのか伺いたい」

 返答次第では一戦も辞さず。

 という覚悟が滲む。

 瞳のあたりに漂う悲壮感は、命を捨てた者のそれだ。

 竜と狼。

 たぶん戦えば、勝敗の帰趨(きすう)など論ずるに値しないのではないだろうか。

 つい先ほどティアマトのブレスを見たばかりだから、よくわかる。

 なんというか、あれは生物としておかしい。

「すまんのう。不幸な事故じゃ」

 顎のあたりをぽりぽり掻きながらティアマトが応える。

 事故じゃねえ。

 百パーセント、まぎれもなく人災だ。

「事故……ですと?」

「んむ。ギャグドを狩ろうと思うての。どの程度の力で倒せるのか判らぬから、とりあえず最大出力で撃ってみたのじゃよ。したら、このありさまじゃ」

 びっくりじゃよと笑う。

 私の方がびっくりである。

 秘密にしようねーって約束をした舌の根も乾かないうちに、ぺらっぺら喋ってるし。

 まあ相手は人間じゃないし、私たちがやったことなのは最初からバレているので隠しても意味はないが。

「貴女は! ギャグドごときを仕留めるのに閃光の吐息(レーザーブレス)を放ったのか!?」

 良かった。

 魔狼(フェンリル)氏もびっくりしてくれたらしい。

 妙な親近感を感じちゃうぞ。

 勝手に。

「んむ。だってしかたないじゃろ? 突っ込んでくるし、格闘戦とかしたらエイジまで巻き込むやもしれぬし」

 ちらりと私を見る。

 うん。

 それは事実だ。

 たとえばティアマトにギャグドがジャーマンスープレックスとかで投げ飛ばされて、私の方に落ちてきたら死ぬ。

 主に私が。

「ニンゲン……?」

 魔狼が私に視線を投げた。

 まるで今まで存在に気付いていなかったように。

 いや、たぶん気付いてなかったんだろうな。

 どう考えても、ティアマトしか目に入ってなかっただろうから。

「んむ。一応は我の名付け親じゃ」

「竜神の名付け親(ゴッドファーザー)ですと……」

 私に注ぐ視線に恐怖が含まれた。

 え?

 ちょっと待ってください。

 たしかに私がティアマトって名前をつけました。つけましたけど、何でしょうかこの雰囲気は。

 なんか私すげーやばいこととかしちゃいましたかね?

「気にするでないエイジ。古い習慣じゃよ。竜は自らが認めた相手に名を付ける栄誉を与える。そして名を付けた者を親のように愛し、慈しみ、大切にする。その者の血筋が絶えるまで」

 歌うように教えてくれる。

 すげー大事(おおごと)っすね。

 さらっといって良い話じゃないと思うんすけどね。

 どうなんすかね。

「……そういうのは最初に説明するべきじゃないかい? ティアさんや。私なんにも知らないで君の名前を付けたんだけど」

「古い習慣だというたじゃろ。我はナウでヤングなドラゴンじゃからな。とくに気にする必要はないぞ」

「そのモダン古語(死語)が非常に気になるよ……」

 なんだろう。

 すごい疲れてきた。

「ニンゲンよ……」

 視線に含まれたのは、次は同情だった。

 無視から恐怖、そして同情。

 私に向けられる感情は、とてもバラエティ豊かだ。

 誰か代わってくれないかな。

「それでじゃ。魔狼どの。先ほどのギャグドは消えてしまったのじゃ」

 何ともいえない視線を交わし合う私と魔狼にかまうことなく、ティアマトが話を続ける。

 フリーダムな女性(ひと)である。

「これから森に入ってギャグドを狩るゆえ許可が欲しいのじゃ。汝が森の主なのじゃろう」

 要請だ。

 想像しちゃった。

 実験と称してのべつ幕なしにレーザーブレスを撃ちまくるティアマトを。

 私だけでなく、たぶん魔狼も。

「ギャグドが欲しいならば、我が眷属に持ってこさせます。貴女はここから動かないでいただきたい」

「んむ? それはラクでよいが、迷惑ではなかろうかの」

「易きことなれば。動かないでいただきたい」

 だよね。

 あんたが動く方が迷惑だから、とはいえないよね。

 判るよ魔狼氏。

 ティアマト(こいつ)はけっこう考えなしだね。すげー頭も良いし性格も良いけど、本質的に思いつき(ノリと勢い)で行動するよね。

 私も今気付いたよ。

「そういうことならば頼もうかの。手数をかけるの」

「安んじてお任せありたし」

 朗々と請け負った魔狼氏がちらりと私を見た。

 お前も大変だな、と、その瞳が語っていた。



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