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問題しかない! 1


「……もう帰りたい……」

「何を言っておるのじゃ。汝は」

「疲れたよ……足痛いよ……」

「しょうもない泣き言を」

 ティアマトが呆れるが、疲れたものは疲れたのである。

 初夏の街道。

 行けども行けども変わらない景色。

 私でなくとも心が折れちゃうだろう。

「まだ三時間も歩いておらぬ。しゃんとせぬか」

「うう……」

 そのへんで拾った棒きれを杖がわりにとぼとぼ歩く。

 だいたい、おしゃれな革靴というのは長距離歩行に向いていないのだ。

「営業マンは足で稼ぐものじゃぞ」

「私は事務職だよ」

 一介の区役所職員(こやくにん)だ。

 肉体労働など、庁舎前の花壇に花を植えるくらいしかやっていない。

 学生時代だって運動部に所属した経験もない。

「軟弱すぎるの」

 かか、と、ドラゴンの牙が打ち鳴らされる。

 笑っているらしい。

 竜と人間の体力差というよりも、文字通りに私が貧弱すぎるのだろう。

 どうして異世界に転移した主人公たちは、あんなに元気があるのか。

 何年も引きこもっていた人間など、私より体力がなくても不思議ではなかろうに。

「くそ。チート能力の差か」

「いやあ。若さの差ではないかの。たいていは高校生くらいじゃろ? 三十代のおっさんとは比較にならぬじゃろうて」

 ひどいことを言う。

 私だって好きで三十路に入ったわけではないんだぞ。

「ティアの背中に乗せてくれるとか、そういうサービスはないのかい?」

「べつにかまわぬが、どうやって乗るつもりじゃ?」

 呆れたように首を振るドラゴン。

 彼女は二足歩行している。体長は私の身長と同じくらいで、百七十五センチほどだろうか。

 太く頑丈そうな尻尾があるので、それを入れると二メートルを超えるだろう。

「おんぶ?」

「阿呆か」

 まったくである。

 そもそも掴まるところがない。両腕で首にぶら下がるというのは、きっと歩くより疲れるだろう。

「四足歩行もできなくはないがの。あまり乗るには適していないと思うぞ?」

 そういって両腕を地面につく。

 足に比して腕が短いため、かなり前方が低い。

 背中に乗ったら相当怖いのではないだろうか。

「ほれ。乗ってみよ」

 乗った。

 私の両足は地面についたままだ。

「デスヨネー……」

 身長差がほとんどないのである。

 同じくらいの身長の人が四つん這いになったとして、その背中にまたがった場合、自分の足をどうすれば良いのか、という話だ。

「足を曲げよ。動いてみるぞ」

「お、おう」

 なんとか足を折りたたむと同時に、ティアマトが走り出した。

 どすどすと。

「いぎゃあっ!? 痛い痛いっ 尻が割れるっ」

 鞍も何もないため、振動が百パーセント私の臀部に伝わってきた。

 あと、掴まるところがないという事実もまったく動いていない。

 手綱だってないのである。

 揺れるわ、痛いわ、すごい前傾だから怖いわ。

 最悪だ。




 結局、自分の足で歩くことにした。

「どうして人間が馬以外の動物にほとんど乗らないのか、判った気がするよ」

 尻をさすりながらの感想である。

「馬より速い動物は多いし、従順な動物も少なくはない。それでもどうして馬なのかといえば、走る姿勢が安定しているというのが最大の理由じゃろうな」

 親切にティアマトが解説してくれた。

 ダチョウみたいな鳥にのるゲームもあったが、やはりあれはフィクションだからということなのだろう。

 人類が騎乗するのに適しているのは、やはり文字通り馬のようだ。

「それにしても、私には移動手段すら与えられないというのか。なんと理不尽な世界だ」

「芝居がかって嘆いてみせたところで観客もおらぬぞ。親からもらった二本の足があろう。健康に生んでもらえたことに感謝せぬか」

「チートももらえない。移動手段とかアイテムももらえない。もらったのは口うるさい相棒だけ。ひどい人生だよ」

「なるほど。我もいらぬと。なれば汝との付き合いもこれまでじゃの」

 なんてことだ。

 コンビ解消の危機である。

 ともあれ、これは私の失言だろう。

「申し訳ない。口が過ぎた」

 頭を下げる。

「わきまえよ。エイジ。我らは相棒であって主従ではない」

「悪かったよ。ティア」

「んむ」

 軽く頷いて、相棒が謝罪を受け入れてくれた。

 日本人というのは、とかく舌禍(ぜっか)事件を起こしやすい。政治家が失言によって地位を失うなど、ほとんど日常茶飯事(にちじょうさはんじ)だ。

 謙虚な国民性と言われているが、つい調子に乗ってぺらぺらと余計なことまで喋ってしまうのである。

 どうやら私もご多分に漏れなかったらしい。

「日本人の種族特性というより、エイジの場合は異世界ファンタジーの読み過ぎじゃろう」

「一言もないよ」

 多くの異世界転移系ファンタジー作品において、主人公は何の脈絡もなく肯定される。

 共感され、尊敬され、愛され、崇められる。

 私自身、それを標準設定(デフォルト)としてしまっていたのだろう。

 だからティアマトにどんな失礼なことを言っても許される、と、勘違いした。

 そんなわけがない。

 固い絆で結ばれるには、ともに過ごした時間は短すぎる。

 普通の人間関係であるならば、まだまだ手探りの状態だろう。

 補佐という役割を与えられて登場したから、なんでも受け入れてくれると思いこんでしまった。

 最大限に好意的に解釈しても、彼女は職制上、私とともにあるにすぎないのである。

「慢心だね。我ながら」

 三十一年もの人生から何を学んできたんだって話だ。

「汝はそれに気づき、改めようとした。それで良い。反省するのは大事じゃが、引きずるのはやめた方が良かろうよ」

「心に留め置くよ」

 ティアマトの言葉に苦笑を浮かべる。

 ざわざわと、初夏の風が草原を凪いでゆく。

 愛しみあって夫婦となった男女ですら、ささいなすれ違いから離婚に至るケースは珍しくない。まして出会ったばかりの私とティアマトである。

 連携の齟齬(そご)など、これからいくらでもあるだろう。

 だからいちいち引っ張るな。

 失敗したなら反省してやり直せば良い、と、ティアマトは言っているのだ。

 まったく、過ぎた相棒である。

「感謝するよ。相棒(バディ)どの」

「ところでエイジよ。知っておるか?」

「なにを?」

「本来、バディというのは男性同士の相棒につかう言葉じゃ。我はメスであったと思うがの」

「ぐっは……」

 ツッコミも忘れない。

 本当に、私には過ぎた相棒である。




 私たちはギャグド(イノシシ)を狩るためにリシュアの街を出た。

 なんでも、生息地というのはそう離れてもおらず、充分に徒歩でいける場所らしい。

 草原を越えれば森があり、そこから先が魔獣の縄張り(テリトリー)だという。

 ギャグドというのは魔獣のなかでも、危険度においてそう上位にあるわけではない。

 性格もどちらかといえば臆病で、人間を見たらとりあえず襲いかかってくる、というほど攻撃的ではないらしい。

 私はともかく、能力評価オールSのティアマトにとっては苦戦するような相手でもないとのことだったため、まずは二人で様子を見に出掛けることにした。

 というのが、ここまでの状況である。

「ガリシュ氏に(おとしい)れられたよ」

 とぼとぼと歩きながら私は呟いた。

 丸一日も歩くような場所を、徒歩圏内とはいわない。

 日本広告審査機構(JARO)から注意とかあってもおかしくないレベルだ。

「エイジの足では二日じゃな。先ほどから何度休憩しているのじゃ」

「私が悪いの? そんなに私が悪いのか?」

「べつに判ってやるつもりもないがの。休めば休むほどきつくなってゆく、というのを知っておるか?」

「え……?」

「じゃから登山家などは座って休憩することはないのじゃ。荷物だけを岩などに預けて立ったまま小休止するのう」

 座ってしまうと、なかなか立ちあがれなくなる。

 立ちあがるエネルギーというのは、けっこうバカにならないのだ。

 肉体的にも精神的にも。

 説明してくれるティアマト。

「さきに教えて欲しかったよ……」

「教えたところで汝は座ったじゃろうよ。自ら経験せねば体得などできんものじゃて」

 呵々大笑(かかたいしょう)する。

 

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